第159話 大野外演習その25
ダリアとの交わした話以降会話は無く、俺達は地面に舞い落ちた落ち葉に足跡を残して森の中一足一足、奥へ向かって前に進む。冒険者グループと平民出身の教師陣グループが二つに分かれたまま木々の間を歩く彼等だったが周囲の警戒は続行している。
そして…ついに山間を抜けた視界に映る斜面を下った位置に天頂で佇む太陽の光に照らされた古代遺跡が黒曜石のように、黒く輝いていた。人の手が加えられた名残か建物の周りは木一本生えてない。
森を抜けた斜面から見下すように遺跡を眺める俺達だったが冒険者組のリーダー、リーバスが全体を軽く見渡せば口を開いた。
「建物内に不審者が侵入したのは間違いないな。焚き火の跡始末が雑だ」
『特に向こう』と付け加えたリーバスが一画を指す。経験不足故まだ疑問符を頭上に浮かべたE級の青年は目の上に両手を置いてリーバスが指差した前方を見つめる。目を凝らして注意深く遠くを見ていた彼だったが突如、全員の耳に入る驚きの声を上げた。
「あっ!」
「あれに気付かないようじゃあⅮ級昇格の道はまだまだ遠いぞ、経験と技量を積むべし!」
「はい!ご指導ありがとうございますリーバスさん!」
傍でいきなり二流漫才が繰り広げられたが、彼が言う通り間違いなく遺跡手前の広場には集団が配置した活動痕が鮮明に刻まれていた。それも小勢では足らず結構な人数が野営したと観測できる。
「ん~ダメね、乱される」
突然リーバスの傍で穴があくほど遺跡を注視していた彼のパーティーメンバー『レンナ・ミシュベル』が声を漏らした。婚約者エレニールの面影がある燃えるような真っ赤な髪を後ろで束ねた女性は『業炎のレンナ』の二つ名を持つBランク冒険者。
一方でレンナの性格は渾名に反する冷静沈着で落ち着いている、常にリーバスの近くで行動を共にする彼女、釣り目気味で活発そうな印象を与えるが実際は常時何処か遠くを眺めているボンヤリした性格。彼女は決して無愛想というわけではなく、誰かに話しかけられれば緩みなく返答していて、愛想良く言葉を交わしていた。しかし原則として彼女は多くを語らない人間だった。他人を警戒して気を緩めないレンナの視線には絶えずリーバスが映っていた。
「内部の気配を感じ取ったかレンナ?」
「探知魔法を妨害する魔道具が設置されて内側を探れなかった。不甲斐ない私でごめんなさい」
「自分を責めるな、要するに悪意を持つ侵入者が中に蔓延っている裏付けは取れた。目標は現在不明だが攻撃対象が貴族の学生等が狙われる可能性は非常に高い…」
そこで一旦、口を貝のように閉ざして言葉を一区切りしたリーバスだったが、再び唇を動かせて言葉を引き出す。
「もし毛筋い一つでも傷を負ったなら、責任問題になって、此度の演習に関わった俺達冒険者もただでは済まされない。最善策として生徒等が異変に感づいて此方に合流する前に敵戦力部隊を叩く必要性が出てきた。…ダリアは何か掴めたか?」
語り終えたリーバスが今度は俺の隣で肩越しに見えない鳥と戯れるダリアに探りを入れた質問を要求する。いきなり問われた彼女だったが慌てる事なく妙に落ち着いた調子で答えた。
「ピーヨ―ピヨッ…そう、鳥さん曰く遺跡の周囲は一切の人気は感じないって。人に限らないで生き物の気配という物も無かったそうだよ!」
「魔物ならず野生の動物すら?」
「うん…ホーホケキョ!飛び散った血は発見したけど死骸は一つも見てないって鳥さんが」
「死骸が残っていない…儀式魔法の前準備か?ふぅ…今考えても埒が明かない、一旦この場から離れた場所で作戦会議を開く。幸い敵側に露見した気配は感じ取れない、打ち合わせの好機だ」
会話を終らせたリーバスの後ろを追う他の面々、俺を含んだ一塊のグループは来た森路へ後退していき次第に瞳から遺跡の影が見えなくなった。
「っよしここら辺で平気だろう、皆も楽にしてくれ」
警戒を一段階下げたリーバスが声を発すればドサリ、所構わず地面に座り座り込む。彼に倣うふうに他の冒険者達もその場に腰を落ち着ける、地面に敷かれた落ち葉が絨毯の役割を代わりに務めている。嫌悪感は寸分感じない。
「薄汚い」
ボソッと小声で漏れた方角へ振り向けば、わざわざ魔力を消費させてまで土魔法で作成した椅子の背もたれに背中を預けて地面に座る冒険者を見下す教師陣だった。感情抜きに純粋な視線を向ける教師は僅か数名。葉巻を唇の間に挟んだ男性教師と眼鏡を掛けて広げた手帳に細かい字でペンを走らせる女性教師の二人。
「さて、では早速作戦会議を――」
「作戦も糞も無いっしょ。手っ取り早くA級両名を正面切ってぶつければ楽に終わる作業だろう」
例外は二人の教師のみ、誰よりも冒険者に対して卑賤意識を持つ一人の教師が短刀で物を断ち切るように会話に入り込んだ。口を挟む機会を窺っていた様子、頭を綺麗に丸めた外見年齢30前後の教師。風格からして平民出身、身長は凡そ165㎝程度と成人男性にしたら物足りないずんぐりした肉付きの悪い男性教師。
初めて顔を見合わせた瞬間から俺に対する憎悪と羨望と嫉妬に満ちた激しい感情を噛み殺す傍ら、漏れた嫉妬の情が燃えるように敵意を含んだ瞳で此方を睨んでいた。
「冗談は止してくれ!」
坊主頭の発言に誰よりも怒りに駆られたリーバスがその場から立ち上がり苛立ちを露わにした大きな声をあげる。
「我ら冒険者組合が誇る高位戦力をそう軽々しく扱わないで頂きたい!それに此方の『孤独狼』ショウ殿は隣国ランキャスターより来訪された使節団の護衛も務めた立役者です。貴方の勝手な振舞いで両国の関係に罅を入れるおつもりか!」
きつい目をしてナイフでも突き刺す様な口調で言い放つリーバスだが、教師には逆効果だったらしく彼方も顔を真っ赤にして憤然と立ち上がって反撃する。
「蛮族風情が、名誉ある学園で教える立場にある私に楯突くか!私が正しければ冒険者ギルドとは国家権力に対する不干渉を規約として掲げる組織だと記憶しているが…おっとすまない、学園の入学試験すら受けれなかった落ちこぼれ集団には難しい条約だったね」
坊主教師の言葉を聞き終えた冒険者達が憤怒に駆られて額に浮き出た血管がプチプチ音を立てている、リーバスだけじゃなく他の連中も激昂した魔力を体内に巡らせて攻撃態勢に神経を研ぎ澄ます。
特に正面切って喧嘩を売られたリーバスはゆっくりと左前を半身に構えて、手に持った槍の間合いに持ち込んだ。
「っふん早々に武力で行使するか!やはりギルドの実態は野蛮な輩しか居ないらしい!」
対する坊主教師も腰に差した杖ホルダーから鉛筆並みに細い、長さ30㎝の杖を抜きリーバスへ先端を向けた。詠唱は唱えていないが手に持つ杖には魔力が集中している。他の教師陣も杖は携帯したままだが何時でも抜ける体制を維持している。
一触即発した状況、緊迫した空気の響きは十分感じとれた。お互いが硬く強張った呼吸につれて動く喉仏、息を吐けば口から白い息が無限の天空へ立ち昇っていく。しかし、一瞬たりとも気が抜けない状況をぶち抜いた人族が居た。
「私は真っ向から攻めても構わないよ?ピ―ヨヨヨヨー!鳥さんもこう言ってるし、お兄さんはどうする?お兄さんも加われば向かう所敵なしだよ!」
…っふ、元から俺一人でも正面衝突する算段だった。脳筋万能神の俺に性分に合っている。知恵比べや軍略は賢神ナビリスに全部任せているからな。
「当然俺も参加するさ。何かの手違いで依頼者から難癖を付けられたら忍びない」
「そうだよね!チュンチュン…うんうん、鳥さんも同意だって!」
こうして名ばかりの作戦会議は終了した。最終的に実力が高い俺とダリアが小細工無しの魔法で正門を攻撃、騒ぎを起こす。反撃に外へ出てきた敵対者を撃退しつつある程度数を減らした後、視界が隠れた他のメンバーが戦闘に加わる。とても戦術とは言い難いゴリ押し満タンの作戦になった。
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