第160話 大野外演習その26

「ああ豪語したショウって若造は実際A級並みの強者か判別しかねます、噂だけ誇張して周辺諸国に広がったありがちな張りぼての人間ではないのか?面貌も随分若く見える。年齢も生徒達と変わらない十代と言われても疑問なく受け入れるでしょう」


 古代遺跡へ続く斜面に沿って歩く王国の来訪者『孤独狼』ショウとラーヘム魔導国ギルド支部の超一流に君臨する『鳥使い』ダリアの背中を高所より見つめる集団の中から零れた丁寧ながらも鋭い声が他の耳に聞こえてくる。皮肉な棘のある言葉を語る学園の教師、頭を綺麗に丸めた三十代の坊主教師とは違う教育者は到底信じられない様子をさらけ出して斜面を下りるショウを疑いの目で窺う。

 学園に務めて早15年、顔には皺が増えて40代の兆しが見えてきた教師レイドルフからすればショウを観察した印象では、やっと二十歳かそこいらの青二才の年齢に見えた。


 野外演習が行われる際、学園に通う生徒数の多さ故演習場所は複数に区分けて執り行うのが伝統の名残。幸運なら学園内で管理するダンジョンに挑む割合楽な行事。今回のような森林地帯で課題を遂行する場合、万が一に備えて冒険者を雇うのが習わし。その場合学園独自に調べた冒険者の情報を教師陣に共有される。これらにはキチンと理由が存在し、もし国家事業の魔法学園が雇った冒険者に盗賊や犯罪者が紛れ込んでいたら経歴に大きな傷と失望を負うことになる。それだけは絶対に避けたい学園側は常時有望そうな冒険者のリサーチを欠かさない。

 学園が調べ上げたショウと名乗る人物を簡潔に言うと『天才』の逸材に値する人物。稲妻ごとく突如現れたショウを調べ上げた学園側も初め、ギルドに加入した彼が次々成し遂げた経歴を到底信じる事は出来ず結局、二度手間する羽目になった。


 そんな彼がラーヘム魔導国で名を大きく広める由縁となった王国が開催する闘技大会。大国ランキャスターが年に一度開催される闘技大会では周辺諸国の注目が一点集中する催し。当然、表向きは友好関係を築いているラーヘムも強者を決める闘技大会には高い関心を寄せている。参加者が有用な魔法攻撃を放てば尚良し、魔法を観れなくとも魔力量を余らせた出場者を魔導国へ引き抜く時もあった。

 今年の闘技大会では百年に一度、異界より召喚された勇者が参加した原因で一段と各地より注目が集まった行事にショウの名は参加名簿に刻まれてなかったにも関わらず大衆に名前が響き渡った背後に吟遊詩人が居た。


 闘技大会を制覇し異界より参上した真の勇者トゥルーブレイバーは乱心を起こし、あろうことか 表彰式に中央大陸随一の美姫、王国の秘宝エレニール第三王女に求婚を申し込んだ。願いを冷静に断ったが態度を荒くした勇者が無礼にも美姫へ飛び掛かろうとした瞬間、風のように現れた姫の婚約者ショウが振りかかった右腕を見事に受け止め、彼の拳がブレると無礼を働いた勇者の頬に炸裂。直線を描いて会場の壁に激突させてみた。


 その光景を目の当たりにした吟遊詩人等は飯を種を得るためショウが立てた偉業を各地に広めた。勿論、吟遊詩人も金銭を稼ぐため歌に多少なりとも尾びれを付けるのは、おかしな話ではない。


「っけ、A級の最高戦力だがエレニール王女の婚約者か知らねえけどよぉ。その噂を信じるには少々無理があるもんだぜ」


 教師レイドルフから零れた会話に言葉を返すのは、何かとショウに反発する外見年齢30前後、髪を綺麗に剃った平民出身の教師、彼の名はトビモア。

 魔法学園の教師というのはプライドの高い人族が多い、崇高なる魔術を解き開き、自在に行使する自らのことを選ばれた人だと自負している者が多い仲。特に他人を見下す傲慢な性格故に学園からも評価は低く、彼を嫌う生徒達からはハゲモグラを意味合いを含んだ醜名の陰口を叩いている。


 教師トビモアは学園に訪れたエレニールの美貌に心を奪われ、彼女の姿を見た瞬間魔法が掛かったように瞬きを忘れて恍惚と見惚れてしまう。十五も歳の差が存在するにも関わらず一目見た時から彼の心はエレニールの美しさに支配されていた。

 恋の因縁からか、風の噂で耳に入ってきた婚約者の存在『孤独狼』ショウの人物像。恋に落ちたトビモアすれば受け入れがたい感情。

 加えてショウの体格はスラッとした長身だが肩幅もあり丈夫な体つき、切れ目の瞳が特色ある涼やかな美青年、付け加えて剣技も達者な魅力に溢れた男には嫉妬の一つや二つ覚える物。


 皆からチヤホヤされるショウを妬む教師トビモアは再び口を開いて言葉を語る。


「先生の皆さんもご存知かな、奴が宿す魔力が然程多く持っていないと。仮に高レベルなら誰しも身に帯びる魔力量と比較しても、奴の場合全くもって該当しない」


「根拠に証拠も無い憶測でショウを貶すのは止めて欲しい。彼が実際にA級並みの実力者である事は彼の力を実際に目にした俺達が保証します」


 批判を続けるトビモアに口を挟んできたリーバス、彼の視線もショウとダリアの背中一心に向けられているが、覇気とも言える闘志を教師陣に放っていた。これ以上の侮辱を許さない、と警告を含んだ圧を。


 リーバスの言葉に賛同する他の冒険者達も首を縦に振る、彼等も何度かショウが戦う勇士を見てきた。彼が持つ神技の剣戟を痛い程知っているのだ。




その頃、静かに硬い靴音を立てながら進んでいたショウとダリアの二人組は段々と古代遺跡へ近づき、出入口から40メートル離れた地点で一回足を止めて周囲を見渡す。


「見つかった様子は、差し詰め大丈夫だな。裏を返せば革命軍の根城のくせ見張り台も設置を疎かにする連中に小言を並べたいが…」


「チュンチュン…うん、鳥さんもお粗末って呆れてる。念の為、周囲を見渡したけど伏兵の影も無いって」


 ダリアより教えられた情報を糸口にショウの瞳は、ジッと暗黒に染まった遺跡の出入口へと視線を投げる。高さ10メートルを超えた入り口を見立てるなら、底が暗くて覗けないぽっかりと口を開けた洞窟。


「ダリア罠感知の魔法で内部を調べれるか?」


 質問を受けたダリアは肩に停まった鳥をやり取りした後、ショウに答える。


「業炎のお姉さんと同じく、建物内部は魔道具か何かで魔法が阻害されて詳しい事は分からない…チュンチュン、鳥さん落ち込まないで!私達なら平気だから」


 良くない知らせだが気にも留めないショウに表情の変化は見れない。そもそもダリアが観察する限り彼の喜怒哀楽といった感情を表に出す瞬間は無く、何時も澄ました顔つき。夜、同じテントでマットの上に横たわって石像みたいに動かない眠るショウの寝顔を盗み見るのがダリアの習慣となっていた。


「敵兵壊滅より捕縛を重視した方が良いか?そっちからすれば国に弓引く組織だが、魔導国に住む国民だろ」


「ッチッチ…うん、恐らく彼方も情報欲しいと思うから生捕りが望ましいかな」


「了解。ならば捕縛系の魔法を使う、詠唱を開始したらダリアは背後に合図を送ってくれ」


「うん」


 ダリアと話を合わせたショウ、微風が吹かれた草原の一画に魔力を帯びた嵐の音が体から放出される。急に魔力を増幅したショウに背後で見守る集団から驚きの声が風になびかれて聞こえてくる。


「風の魔力よ、薬指の願いを聞き届け、虚空に集いし渦巻き傘、指し手に倣い猛進せよ『疾風鳴彦』」


 猛り狂う突風を発生した大風が直線を描いて古代遺跡の入り口へ飛んで行く。何事もなければ建物内部に潜伏する革命軍は吹きまく風に当たって壁や地面に叩き付けるだろう…そう何事もなければ。


「カウンターインパクト!」


 風魔法が口を大きく開いた入口に突入しようとした瞬間、突如闇に覆われて見えない遺跡の中から凄まじい大声を上げた筋骨隆々の大男が姿を現し、大きく振りかぶった右腕を雑草を根こそぎ引っこ抜く威力を持つ魔法に堂々と殴りかかる。

 拳と魔法が接触する寸前、大男の腕に彫られた一対に絡み合う蛇が青白い光が星明りに光沢を浮かび上がる。すると、遺跡へ向かっていた筈の魔法が180度反転し、攻撃を放ったショウ本人に跳ね返した。


「右腕で触れた攻撃を反射する能力か…『魔封剣』」


 音もなく突然現れた大男に魔法を跳ね返されても動揺した様子を見せないショウは腰に差したロングソードを抜き放ち、剣を頭上に高く振り上げた構えから向かってきた己の魔法を狙って一直線に振り下ろす真向斬りで撃ち出した『疾風鳴彦』を消し去った。


「ガハッハッハ!『孤独狼』のショウ!此処で出会ったが百年目!テメぇの首を土産にジジィの仇討ちと洒落ようじゃねーか!!」


 身長は二メートルを軽く超えたスキンヘッドの大男、結社『福音黒十盟団』が幹部、第五柱ゾアバックが立ち塞がった。

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