第154話 大野外演習その20

「――来るぞ!」


 焚火が火の粉を爆いている闇の中、三度目の樹木を引き倒す音が聞こえてくる。生命探知で感知していたけど本当に第三陣、魔物集団の襲来に落胆した吐息をついた私。しかし穴の中に落ち込んだような気持ちになろうと全てをなぎ倒して進む魔物達の群れは停まる事を知らず、此方へ一目散にバラバラな速度で突進してくる。


「火の魔力よ――撃ち抜け!ファイアーランスっ!」

「我が炎の魔力よ――終点の白へと爆ぜよ!バーンクロス!」

「おぉ絶対主君で親愛なる光神よ、どうか弱き我らへ汝の祝福を。ホーリーガイデンス!」


 森の手前側に土魔法で生成した上に上った上級生徒達が次々に魔法を唱えて、森から溢れ出てくる魔物の群れを屠っていく。

 幸いにも知性が高い魔物は居ないのか、もしくは操られている訳か、突進の仕方は集団の塊となって直線に進む手口。お陰で壁の上に横一列にずらりと並んだ上級生の良い的になっていた。もし群れの中に地中を進む魔物や透明化になる魔物が居たらと考えるだけでゾッと寒気が全身を包む。私達では対処できないドラゴンとか出現していれば恐らく既に全滅している…。


 ことわざの塵も積もれば山となる。言葉の意味通り、数で押す魔物の群れには魔法を使ってきた魔獣も中に存在しており、不意打ちの魔法攻撃を受けた生徒達が何人もいる事から案の定一筋縄ではいかない。だけど怪我人は続出していても未だ死者が出ていない事態に、グレイシア先輩曰く奇跡に近いとのこと。


 本来ならば二年の私は他の低学年生徒達と一緒に後衛で怪我人の手当てを任される筈だったのに、何故か上級生と混じって最前線を張っているのか?これにはキチンとした…不合理な理由が存在していた。

 誰も納得する簡単でシンプルな理由…私とグレイシア先輩が持つ魔力の量が他より多いから、たったそれだけ。


「(水の魔力よ悪き魔を潰さんとせよ)…水柱ウォーターピラー!」


 魔力を加えた無言詠唱を唱えた私の水攻撃魔法。魔物の集団へ向けた杖の先からバスケットボールサイズの水滴が六つ浮かび上がると、水滴の中から円柱型の柱が突き出て押し寄せる魔物の群れへ弾丸のような勢いで伸びた水の柱にぐしゃりと言う鈍い音を立てて叩き潰す。私の魔法によって圧縮された魔獣、見たてるなら煎餅を思わせる位、薄く平たくなっており周辺にこびり付いた赤緑色の血肉が四散して行っている。

 当初、この惨劇を直視した先輩方は口を抑えながら怯えた表情で私を見つめていた。今は慣れた様子で各々に与えられた責任を熟している。


「グレイシア様!彼方よりオーガの群れが向かってきます、助力を!」


 壁の上から魔法遠距離を飛ばしていると一人の生徒がグレイシア先輩に焦りの声を荒げた。近くに居る私も方角を指し示す視線の先へ向ける。直前、森より溢れてきた身長3mを軽く超える二足歩行の人型系魔物、赤く染まった肌は鉄の刃を防ぐ程に頑丈、口から覗く長い牙は人の身体を簡単に嚙み砕くと言われている。前世でプレイした乙女ゲームの設定資料集では無かった設定だけど、こちらの世界のオーガは人肉を好んで何と好物は人の脳なんだとか。…グロすぎ!


「承知した。ヴィオレット嬢は詠唱中の防御を頼んだ」


 腹の底から、頼む、と縋るような眼差しを向ける男子先輩の頼みを即座に了承したグレイシア先輩の御姿は誰か見ても信頼された人格者。先輩に流れる膨大な魔力を杖一点に集めた彼女が詠唱を開始した。


「我は願う。水の源流。満月の巫女従えし冷嵐の女王。凍らん雪の涙よ。伏した邪物を刈り抜け!氷槍解放アイスランスバース!」


 先輩の口から発せられる心地よいメロディーを妨害せんと彼女へ降りかかる魔法攻撃や投石を私が水魔法障壁でカバーする。向けられた杖の先に直径一mの魔方陣が出現すると同時に先輩は詠唱を終えた。

 突如、視覚空間全てが照り輝く白色に染められる。無数に生成される氷槍が目に追いきれない速度で放射され軌道上に存在する魔物を地面の土諸々削り取る。

 魔法耐性の皮膚に自信を持ったオーガの群れですらジャイロ回転しながら撃ち出された氷槍は簡単にドリルの如く対象物を削った。


「凄いッ…!これが学園内実力一桁の強さ」


 先輩が成した光景に思わず声が零れる生徒達。


「オーガの気配感じられません!流石ですグレイシア先輩!」


「ありがとうヴィオレット嬢。其方の鉄壁な障壁を張ってくれたお陰で集中して魔力を錬れた。私こそ助かったよ」


 視界が晴れて広がった一面の凍り果てた景色。地面に激突して砕け散った細氷がキラッキラッとガラスを混じ合わすような音を立てる。見る限り、オーガの群れだけでは飽き足らず他の魔物達も巻き込んた名残か、凍って砕けた魔物の破片が夜の風に乗ってハラハラと舞い散る。実に豪快で幻想的。


 グレイシア先輩の広範囲氷攻撃魔法によって森より溢れた魔物の大部分が壊滅したらしい。

 先輩の華々しい活躍は他の先輩方を奮い起こして此方の戦意が向上する副産物も起った。

 太陽を飲み込んだみたいに意気込んだ男子達は強い意志を持ちながら再び前を向き、手に持つ杖を振るう。




 更に数十分の時間が経過し、手を取り合って築いた壁の正面には魔物の死骸で溢れていた。数は軽く三桁は超えた大群れの死骸から漂う耐え難い臭いに思わず鼻をつまみたくなる。


「……」


 魔法詠唱待機中のグレイシア先輩が杖を構えたまま鳴き声が消え去った森を睨み付ける。他の先輩方も同様に何時でも魔法を撃てる状態を保っている。


 近くで乾燥した咽喉に唾を飲み込んだ音が酷く響いた。


 一秒…五秒…そして、十秒が経った。魔物が現れる気配は感じない。


「四度目の襲撃は来ない、か。…ふぅぅ」


 警戒しながらも杖に集めた魔力を拡散したグレイシア先輩は長い溜息を一つ吐き出して杖ホルダーに仕舞う。すると次々に彼女を習うように杖を納める。お、終わった!終わったんだ!私は、生き残った!


「やったぁ!全部やっつけたんだ!」

「グレイシア様、流石でしたわ!」

「うおおおおぉ!俺もレベルが上がってるぜ!」


 もう魔物の襲撃は来ないと広まれば周囲の生徒達から、どっと溢れんばかりの歓声が平野に響き渡る。勿論私も漏れずに手を叩いて嬉しさの声を上げる。前衛より歓喜の声が届けば後衛で待つ下級生の若さを残した歓声が空中を揺らして私の耳に響き渡る。男子も女子も、全生徒達は笑顔で騒ぎ始める。ある者は握手を交わし、ある男女はハグを交わし、ある集団は横一列に肩を組んで並べば学園の校歌を口ずさむ。


「(本当に、本当に死者が出なくて良かった!)」


 皆の様子を見ながら一人佇んで眺める私の肩に手が置かれた。…あれ?前もこんな事あったような……。

 にじみ出た汗が首筋通り私の平たい胸元をぬらす。振り向きたくない!振り向いたらアカン奴だ…!天国から地獄に突き落とされるもんか!土にしがみついても絶対に行きたくない!!


「まだ魔力は残っているようで関心関心。それでは五分間小休憩を取った後、急ぎ遺跡に向かい此度のスタンピードを引き起こした元凶を叩きに行くぞ」


「い、いやぁ――!」


 生徒達がお互いの無事と勝利を分かち合う中、私の救いを求める悲鳴が上がった。

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