第153話 大野外演習その19

 生徒達が集まった中心手前に辿り着く頃には準備運動を怠った原因なのか、魔力で肉体強化して高速で走る足が大分負荷がかかった。私に腕を取られてコッチまで連れられたサブリナは、普段からの運動不足も加わり壮大な疲労感を味わっており苦しそうに胸を押さえて懸命に呼吸を整えている。…うん、緊急事態と言え本当にゴメンねサブリナ?胸の奥底から覗く罪悪感に蓋を被せる。


 けれど…。


「集まっている生徒、多いね。サブリナの班見つけられた?」


「うーん…、っあ!」


 一カ所に密集した生徒の数で体と体がぶつかり合うすし詰め状態の取り留めない声の束となった中央を眺める私達。念の為他生徒とぶつかってはぐれないよう腕を組んだサブリナにそう告げれば、キョロキョロ一帯を見渡した彼女だったが、誰かを見つけたらしくフリーの腕を大きく振り始めた。

 良かった大事に至らないで無事、彼女の班グループを発見した模様。彼方さんもリアクションを大袈裟に手を左右に振るサブリナに気付いたようで、班員の何人かがサブリナの動作を真似て大きく振り返した。中でも一番大人びた先輩が手先を上下に振り、彼方へ来るように合図している。


「リーダーっぽい人が手招きしているようだし、一旦お別れだね」


「…うんヴィオレットちゃん、気を付けてね?」


 前髪に隠れて表情は確認できないけど改まった声で私の顔を見上げるサブリナに自信げに笑う。鉄のように固めた信念を籠めて淀みないしっかりした口調で彼女に告げる。それは二度目の生を受けた私の役目。


「誰に言ってるの?魔術成績次席を圧倒した天才美少女と名高い私よ?例えドラゴンが襲来しても粘り強く生き残ってやるわ!サブリナこそ無理しないでね」


 自分で大威張って部外者から見れば明らかに痛い女に聞こえるけど、調子に乗ってでも熱気を向上させないとこの先、絶望から生き延びるのは至難の業。サブリナも分かっているのか神妙な態度で私のスベスベ御手手を強く握る。


「…またね」

「ええ、またね」


 短い別れの言葉を交わした二人はそのままお互いの班グループへ進む。


 少しほぐした両脚に再び強化魔法を施して駆ける私の視線の先に馴染みの魔力をキャッチした。この熔けた氷山の一角を想像させる印象深い魔力動作の持ち主は間違いない、グレイシア先輩だ。


「グレイシア先輩!」


 集まった生徒達が少々邪魔だったけどなんとか先輩の傍まで辿り着けた私は、腹の底から発した声に気付いて私を認識してくれた。


「ヴィオレット嬢!先の魔法で君も魔物の接近を察知したのか。其方の探知魔法で魔物の数、種類は判別出来たか?」


 さっき私が放った探知魔法に気付いた様子で問いかける先輩に脳裏に写った魔物の気配を思い出す。


「未熟者故に種類までは判別出来ませんでした。しかし、魔物の数は軽く数百は超えています!」


「ヴィオレット嬢も同じ認識か…、即ち間違いないな。感じ取った魔物の強さは分かるか?」


「そう言えば」と小さく零した私は脳に浮かんだ魔物の気配をもう一度思い直す。…そうだっ。


「数は多いですけど体内に溜まった魔力は少量でした!恐らくゴブリン、コボルド。ウルフ系の群れだと思います!」


 数は多いけど、学園生徒に対処できない高ランクモンスターじゃない!目の前に立ち塞がる厚い壁に入った微かな罅の向こう側に一点の希望の光が見えてきた。苦しいけど絶望するにはまだ猶予が残っている!


「…もし此度の魔獣襲来が革命軍による陽動の捨てきれない。厳しいが襲撃が止むまで守りを堅固にして防衛戦の策しかあるまい」


 私が伝えた情報や、自ら感じ取った思惑を総合するように目を深く閉じて考えを練るグレイシア先輩の姿。頬が夕陽に照らされて静かに佇む先輩の顔は白焼陶器の肌と遜色がないぐらい輝いている。

だけど、今この瞬間でさえ魔物との距離は一刻と近づいている。


「……よし『総員!刮目!!』」


 考えが纏まったグレイシア先輩が目を開けると突如、伝達魔法を唱えてこの場に集まって全生徒達に聞こえる程の声を響き渡す。


『七年のグレイシア・リッド・二プラントだ!襲撃まで時間が残されていないから一度しか言わない!神経を集中して聞くように。一、二年は後方まで移動ポーリーン先生の指示に従って簡易医療天幕を組むように!回復薬類は多すぎても構わないので決して切らすな!毒消し薬の生成も忘れずに。土魔法が得意三年、四年は広場の四方に防御壁の形成。出現させた土壁の間に砂を挟むのを忘れるな!五、六、七年の上級生は押し寄せる魔物の群れに対して攻撃魔法の詠唱準備!一匹残らず殲滅させる!――行動開始‼」


『はい!』


 凛とした先輩の声に生徒達が次々と返事を返し、俊敏な動きで行動を開始する。

 それより…よ、良かった…。二年の私は比較的安全地で待機。薬草学は得意だから後方の治療用天幕で大人しくポーション作りに清を…。

 先輩の指示に従って私も持ち場へ下がろうと膝を上げた瞬間、肩に手が置かれた。…おろ?す、進めない…!冷たい汗がにじみ出る、恐る恐る後ろを振り返れば眩しい程笑顔を私に向けたグレイシア先輩と金髪ロール先輩の姿が。ヤバいヤバい!


「え、え~と先輩方どうされましたか?そろそろ私も後方へ行かないと――」


「それには及ばない。上位クラスの魔力量を持つヴィオレット嬢を後方へ送る程私達には戦闘力が足りていないからな。優秀な魔法使いは多ければ多い程他生徒が魔力を温存できる、それに…」


 後悔で涙目になった私の顔に近づいたグレイシア先輩は耳元で決定打を囁いた。


「君は無言詠唱が得意なんだろう?ねぇヴィオレット嬢」


「喜んで生徒思いの先輩方と同伴させて頂きますぅ」


 完膚無きまで敗北したゲームオタクがそこに居た。

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