第41話 銀孤
本日買った奴隷をナビリスに託し、俺は自分の寝室へと戻って来た。
部屋に置かれたソファーに座り、インベントリから飲みかけの紅茶を取り出す。
『銀孤今良いか?』
『っ!、おにぃはん!?ど、どうしたさかい?』
紅茶を飲みながらラ・グランジに聳え立つ塔の天辺に住む九尾の銀孤に念話を繋いだ。
いきなりの念話に彼女がびっくりしてしまった。面白い。
『昨日俺達が住む家を購入したんだ。約束通りに銀孤を迎えに行こうと思ってな。念話はこのまま繋いでおくから持っていく荷物やら準備が出来たら教えてくれ』
彼女から約束を覚えていたんだという嬉しい感情が俺に流れてくる。
『分かったわぁ。直ぐに準備してくるのぉ。まっとぉってなぁ』
大急ぎで準備をしている音が念話から聴こえる。おっと、これも伝えておかないと。
『銀孤?出来たらステータスを偽造しておいてくれないか?銀孤のレベルは地上では有り得ない程だから』
もし召喚された勇者や、その血縁に銀孤を鑑定でもされたら面倒だ。特にエレニールの家族には気を付けないと。
『分かったさかい。神通力も抑えとくはん』
そうだった。彼女も微妙ながら神力が流れているんだった。
『ああ、助かる。それじゃ終わったら教えてくれ』
そう言って、近くに在った本棚か一冊の分厚い本を手に。静かな時間を楽しんだ。
『おにぃはん…準備出来ましたぇ』
『っお、意外と早かったな。もっと時間が掛かると思ったが。それじゃ、そっちに転移する』
本を朗読中、銀孤から準備が終わったと念話が入ったので。パタンっと閉じた本をインベントリに戻し、何となく気分で肩を回しながら俺も立ち上がる。
そして、彼女が住まう神社の入り口へ思い出しながら転移を唱えた。
転移した俺の目の前に白い尻尾が横切り。顔を上へ上げるとそこには変わらず下の丈が短い武装着物を崩した格好をした美女が立っていた。
「銀孤もインベントリを持っているのか?」
手ぶらの銀孤に一つ思ったことを尋ねる。
「ええぇ、そうやぁ。おにぃはんがどれだけ男前やけぇん。女性には見れぇとお無い物もありぃやんす」
背後の九つの尻尾を激しく揺らしながら照れるように教えてくれる。
「そうだな。それじゃ、もう行けるか?」
最後にもう一度一緒に来るか尋ねる。もしかしたら彼女にとって、地上は退屈で苦痛かもしれない。
「勿論や。…っあ、おにぃはんこれどないしましょ?」
そう言って彼女が指差した先を見ると。そこには神社の奥中央に設けられた神棚に置かれた、虹色に輝く丸く、野球ボール程の大きさをした宝玉だった。…恐らくあれがこの塔のコアだろう。
銀孤がその気になれば塔全体の難易度を数段階上げる事も出来たであろう。彼女も塔に挑む冒険者を眺めながら退屈を潰していたのか?それともお爺ちゃんが設定を変更できないようにしているのかは、別に知らなくてもいい。
「そのままにしておこう。限りなく可能性は低いが、地上の住民がここまで辿り着くかもしれない」
ほぼゼロに近いが、神にも未来は分からない。分かるのは過去と現在の出来事のみ。
そもそも神々はあまり未来に興味を持っていない。数千万、数億、数十億年と生きている存在にとって。数日、数年先に起こる未来なんて知っていても別に気にしない。
それに、世界が崩壊しても代わりの世界をを創るだけ。
「銀孤の代わりを造らないとな…」
銀孤の代わりにこの第100階層を守るための門番を作るための素材をインベントリから出し始める。
「銀孤は何かいい案がないか?」
一応ここは銀孤が長い年月住んでいた場所なので、彼女にも新門番のデザインを聞いてみた。
「んぅ~?うちはおにぃはんが作る門番なら。別に構わへん」
「そっか」
それじゃ、ここは神社があるし侍ゴーレムでも造るか。
デザインを決めると。早速創造魔法でゴーレムの核を作り出し。鎧部分は先程インベントリから出したアダマンタイトでコーティングをし。武器となる刀はヒヒイロカネを溶かして作り出した。
最後に兜は魔力が組み込まれた宝石をふんだんに埋め込み、魔法も発動出来る様に設定もした。
「うん。完成だ」
「おおぉ~カッコいい岩人形やのぉ」
隣で眺めていた銀孤も、完成した侍ゴーレムの姿に関心している。尻尾も楽しそうに左右に揺れている。
ゴーレムに魔力を流し作動させる。心臓部分に組み込んだ核には人工知能のそのわっており、口を加えると喋ることも可能だ。
「調子はどうだ?お前はこの階層にやってくる冒険者を撃退してもらいたい。神社の中にあるダンジョンコアは絶対奪われるな」
俺の言葉が理解出来たらしく、コクンと頷いた。
後は…そうだな。
「それにこの階層に結界魔法を張る」
そう銀孤に伝えると、階層全体に強力な結界を張った。これでどれだけ激しい戦闘が起きようとも、彼女が住んでいた神社には傷一つ付かない。
「それじゃ銀孤。今から俺の屋敷に転移するから手を握ってくれるかい?」
横で結界の耐久を確かめている銀孤の右手を伸ばす。差し出された手に気付いた彼女はオドオドと頬をほんのり赤く染めながら俺の手を握った。
――転移。
魔法を唱えると、既に俺達の姿は塔から消えていた。
「いらっしゃい。ここが俺達が住まう家だ」
本館の玄関前に戻って来た。俺の寝室でも別に構わなかったが、折角なので外見から見せる事にした。
銀孤も久しぶりの外の景色をぼんやりと眺めている。
そのまま彼女を待っておく。約千年ぶりの外だ。色々思う感情があるだろう。
数分後。彼女の瞳から一つの雫が流れ、地面に落ちた。
インベントリからハンカチを取り出し、彼女の濡れた目を優しく拭く。
「…ありがとうおにぃはん」
照るように笑顔を魅せながら礼をしてきた。
「気にするな、これから幾らでも外を眺める」
そういうと拭いたハンカチをインベントリに戻し、彼女を案内する。
初めに使用人専用の屋敷へ向かい、入り口を開き中へ入ると。メイド服や、執事服に着替えた奴隷達が忙しそうに働いていた。今日は休んでいても良いと伝えたがナビリスは許さなかったらしい。
俺に挨拶をくれる奴隷に横目に腕を組んでいるナビリスを見つける。
「ナビリス、銀孤を連れてきた」
俺と一緒に入って来た銀孤の姿を見るや満面の笑みの笑みに変わり。こちらまで寄って来た。
そして驚愕している銀孤の手前までやってくると彼女に手を伸ばした。
「この姿では初めましてですね。私ナビリスと言います。今はメイド長を任されています。お見知りおきお」
「お、おぉ。ごっつい美人さんやなぁ。うちこそよろしゅう。銀孤っとよんでくれぇや」
そして俺の方へと顔を向けた。
「な、なぁおにぃはん。もしかして彼女も神様なぃの?」
…ああ、ナビリスを鑑定してそのステータスに驚いていたのか。
「そうだな。実はちゃんとした身体を得たのは先日で、あの時俺と銀孤が戦った時にも実はあの空間に存在していたんだ」
「……はぁ、神様って凄いのぉ」
分かったような、分からなかったような。そんな感じで頷く銀孤に俺とナビリスは苦笑した。
「っま、銀孤も今日から一緒に住むわけだし。仲良くしてくれると嬉しい」
もし彼女二人が喧嘩でもしたら、王都は一瞬で破壊されるだろう。
「では銀孤?今から私と摸擬戦をしませんこと?丁度私達が全力を出しても平気な空間がありますのよ?」
俺の気持ちを読んだか知らないが、ナビリスが銀孤を異空間に誘った。
「ほぉ~そない場所がありあんすのぉ。ほないきましょ」
そう言って二人は俺を置いて、異空間へと繋がる本館の地下室まで向かってしまった。
俺が後ろを振り向くと、二人から距離を取る奴隷達との目が合った。
「今日はもう休んでいい。もし、足りないも物資や必要な食材があったら俺の所まで伝えてくれ」
そういうと、さっさと建物から出て。本館へ向かった。
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