第42話 エレニールその2

ベッドから目覚めた私が初めにする事、毎朝の習慣である剣と魔法の訓練を終え、湯船に入り生活魔法では取れない精神的の疲れを癒し。

私が普段使っている執務室で大事な書類が溜まった机にのんびりと座りながら。部下からの報告を待つ。


  私と、妹兼天使のアンジュリカの襲撃から早一ヶ月が経っていた。

 王都へ戻った日から、襲撃者を雇った黒幕を暴くため時間を掛け。確実な証拠を掴もうと行動していたが、結果は上手くいっていない。


 日に日に荒々しくなり、今朝の訓練でも思うように剣を振る事が出来なかった。

 椅子の背もたれに全身を預け、両手を頭の後ろで組み。視線をクリスタルシャンデリアが吊られた天井へと向ける。

「……はぁああぁ」


 思わず外では絶対に出せないであろう深いため息が出た。


「(私が出来る事は全て尽くしたつもりだ…でも、何も掴めない)」


 瞼を閉じながら深く深く俯瞰する。私が他に出来る可能性を思考して探る。


――コンッコンッコンッコンッ…


「…ん?あ、ああ。入れ」


「っは!失礼します」


 深く考えているとドアがノックされた事を気づいたので姿勢を正し。部屋へ立ち入りを許可した。

 扉のすぐ傍で控えているメイドが扉を開き、一人の騎士が入って来た。彼は私の部下の一人だ。


「ごきげんよう殿下。本日もお美しい限りで我――」


 私の前まで進むと、被っていたヘルムを脱ぎ脇で挟むと。反対の手で敬礼をしながら、聞き慣れた挨拶をくれた。…呆れる。


「余計なお世辞はいい。早く本題を伝えてくれ」


 そのままにしておくとずっと喋って居そうなので、軽く手を挙げて制した。

 それに私はこう見えても凄く忙しいのだ。無駄な事に時間を費やす余裕はない。


「…っは!畏まりました。…エレニール様とアンジュリカ様を襲撃した暗殺ギルドの者達を雇った人物を特定できるような物理的証拠を見つける事は出来ませんでした」


「そうか…。これ以上何も進展が無いな。何処が違う線から探してみるか」


 部下の報告に思わず小言が私の口から飛び出した。

 いけない、いけない。…私は王族。これ以上部下に失態を見せる訳にはいかない。


 すぐさま先程の小声は無かったかのように振り舞う。


「あと…それともう一つご報告がございます」


 部屋から出ると思った部下が未だに私の事務室に留まっており。不思議な顔をした私の見ながら何かもう一つ言いたそうな表情を見せている。


「構わん、言ってみろ」


 腕を前へ組みながら聞く姿勢を見せる。随分悩んだ部下が遂に口を開いた。


「襲撃の際に助太刀をしてくれた冒険者を覚えておりましょうか?」


「うん…ん?」


 全く違った言葉に思わず聞き直した。その内容に後ろの扉の傍で控えているメイドも、何を聞いているんだ。という疑惑な表情が顔に出ている。…メイド長に伝えないとな、可哀想に。地獄の研修期間に後戻りだな。


「あ、ああ。あの時助けてくれた冒険者だな。彼がどうかしたか?」


 実は王都に戻った翌日には冒険者ギルドに私が書いた手紙を部下に持たせ、彼の資料を持ったギルドマスターを城に召喚していた。孤独狼ショウと言われる彼の実績には関心を持った。


 好奇心の塊のような男。彼が最初に訪れたオーウェンの町で冒険者に登録をすると、颯爽と下級ダンジョンを一日足らずでソロ攻略。私も出来ない事は無いが、一日をソロで下級のダンジョンをクリアは不可能に近い。


 有り得ない速度でCランク昇格し。それから彼はアレキシア叔母様や、シノン婆様が住まうラ・グランジ移動すると、ほぼ毎日神の試練に挑み着々と上へ登っていった。


 冒険者ショウの情報が書かれた書類を流し読みしていると。ふと、気になる内容にページをめくる手を止める。


 それは、第50階層にて私でも存じ上げているSランクパーティー『鳥の遮り』と一緒に門番であるファイアードラゴンを撃退後、約一ヶ月のも間。誰も彼の姿を見ていない事だった。


 そしてふらりとギルドに姿を見せるとショウにイチャモンを告げた他の冒険者と決闘になり。決闘中にシノン様と一悶着あったと。示されていた。


私はこのページに示された内容に幾つかの疑問を持った。


 一つは、50階層の門番を撃破後。彼は何処で何をしていたのか。

 Sランクパーティー『鳥の遮り』の証言には彼は門番を倒したのちに一人で上の階へと昇ったらしい。

 しかし、ショウが持ったギルドカードに表示された到達した階層は51階と示されていた。


 不思議に思った私は、ギルドマスターに階層の偽装は可能かと尋ねた。


 だが世界を作り上げられた創造神様から教えられたとされるギルドカードを偽装するのは不可能だとハッキリ言われた。


 もう一つは、ランキャスター王国で最強と言われるシノン様との一悶着の件に関して。

 初代国王の勇者の流れる血縁が一番濃い婆様の実力は他の子孫と全く違う。

 この私とて、婆様に挑み。勝利した事は無い。


 それに彼女は愛国心が強く、この国の安全を脅かす存在が目の前に現れたなら、瞬時に消すだろう。

 でも、シノン様はそれをしなかった。…いや、それは正しくない。


 …消す事が出来なかったら?


 この書類にはシノン様が決闘後、彼に向けて全力を込めた矢を放っている。だが、ショウは今現時点で生きている。


 つまり、シノン様と同等か…………それ以上の実力を隠し持っているか。

 私には分からない。でも、初めて出会ったときには彼に勝てるヴィジョンが見えなかった。


 それ程の実力差が私と彼の間にあった深い溝。


「どうやらショウと名乗る冒険者が王都でAランクに昇格したらしいです。いきなりここに現れた冒険者がAランクに上がった事で騒ぎが向こうで起きておりました」


「そうか」

  

 部下の報告に私は驚きを微塵も感じなかった。あれほどの実力を持っているんだ、逆にSランクでは無かった事に驚きだ。


「…それで?その冒険者がどうした」


 もしこの場に私とアンジュリカだけの二人だったら、ショウの名を言っても構わないが。ここには王城に勤めるメイドもいる。彼女に私の口からショウの名が出た瞬間、忽ち噂が広がり貴族がうるさくなる。


「そのショウが有名になった事で、彼が住まう場所を見つけました。…それで、僭越ながらどうでしょうか。彼に指名依頼を出すには」


 そう言うと片膝を床に突き、ゆっくりと最敬礼をした。


「ふむ」


 部下から出された提案に考える振りをする為、顎に手を当て頭をフル回転させる。


「そうだな…その案で行こう、ではその冒険者が住まう場所まで案内してくれ。私の口から伝える」


「っは!少々お待ちくださいっ」


 頭に浮んだ考えを整理するかのように呟き。部下が部屋から出ると、端っこに掛けられた鎧に着替えるため控えているメイドを傍まで呼んだ。



「…え?ここお爺様が住んでいた屋敷」


 部下達が引く馬車の中にに入れられ、長い事待っていると。やっと着いたと事なので、開かれた扉から出た途端に見えた門にその先に見える巨大な建物には物凄く身に覚えがあった。というか何回か遊びに来たこともあった。


「………孤独狼のショウ。一体何者なんだ」


 部下の騎士が門番の一人に話をしに行ってる間。思わず言葉が漏れた。



「おはようショウ。今日も良い天気ですよ」


「おはようナビリス。今日は何しようか」


 神眼で毎晩変わらずこの世界を眺めていると。隣で横になっていたナビリスからの挨拶が耳に入り、スキルを停止した。


 閉じていた瞼を開け、眩しい日の光に反射的に目を閉じてしまう。その様子を横でクスクスと笑う彼女の方を振り向き、再び瞼を開ける。


 そこには既にメイド服に着替えていたナビリスが俺の横で寝転がっていた。ベッドに垂れる長い銀髪が窓の外から入ってくる太陽の光に当たり、結晶のようにキラキラ光る。まるで金ぱくを撒いたように輝く。その長く、綺麗な髪を手で子供をあやすように撫で。そのまま上へ上へ手を動かし、ぱらりと額に落ちる髪を優雅な手つきでかきあげる。最後に頭を撫でる。彼女も満更でもなく、頭を一撫でされて、気持ちよさそうに目を細めた。


 満足したようでベッドから降りると、俺もナビリスを従うようにベッドから降り。一番近くに置いている椅子に掛けられた服にと着替える。


 俺がこの土地を購入してから早一ヶ月が経っていた。


 奴隷も当初は予想していた暮らしぶりとは全く異なり、何故かナビリスに緊張した表情を見せていたが。今では自分に与えられた仕事の内容にも慣れ、問題なくこなしている。

 分からない事、必要な物等がある場合も俺やナビリスに気楽に話しかけてくるようになった。


 当初はびくつきながら恐縮顔で恐る恐る聞いてきたもんだ。


「んぅ、おはよぉ、おにぃはん。今日も男前のぉ」


 扉を開き廊下へ出ると、丁度同じタイミングで一緒に出て来た九尾の銀孤と目が合った。

 彼女は良く着物を着用しているが、今日は薄紫色のワンピースを羽織っている。


「おはよ銀孤。そのワンピースに似合ってるよ」


「ふふふ、ありがとぅの」


 彼女を褒めると嬉しそうに背後で揺れている尻尾を隠そうともせずに笑顔で答えてくれた。


 彼女は俺の横の部屋を使っており、部屋の内装も可愛らしい物で一杯に溢れていた。どうやら昔から可愛いぬいぐるみとかが欲しかったらしい。


 彼女の部屋にも立派な天蓋付きベッドが置かれているが。ちょくちょくナビリスと交代で俺のベッドに潜り込んでくるので、あんまり使われた形跡が見当たらない。


 それに今の銀孤はステータスを偽造しているが、彼女の背後からは九本の尻尾が見える。

 幻覚魔法で一本にすることも出来たのだが、銀孤曰く。面倒くさいのこと。…うん、分かるよその気持ち。


 狐族の奴隷なんか、銀孤の姿を見た瞬間。祈るように崇め始めたからな。今は大分慣れて銀孤の目の前では崇めなくなったが。実際は知らない。知りたくもない。


 今日はナビリスが朝食を作ったとことで。銀孤とナビリス、三人で一階のダイニングルームまで向かった。


「ありがとうナビリス。今日も美味しかったよ」


「そうのぉ、ナビリスはんは料理が上手よのぉ」


 全て綺麗に食べ終わり、料理の感想を背後で見守る様に立っているナビリスに伝えた。

 どうやら銀孤も満足したようで、彼女の皿には綺麗に食べ終わった後が見られる。


「ふふ、ありがとうショウ、銀孤も」


 嬉しそうに歩きながらキッチンへと戻るナビリスに、俺と銀孤は顔を合わせ苦笑した。



「ショウ。客が来たわよ」


 朝食を取り終わり、天気も良さそうだったので。中庭に置かれたロッキングチェアに座りながら揺れていたら。いつの間にかナビリスが真横に控えていた。


 それよりも俺に客、か…。


 門番の奴隷には約束が無い限り敷地に入れるなと言っていたが、今回の相手はそれだけ大物ってことだな。…まぁ相手は予想できるが。


「そうか、それじゃ客室まで通してくれ。俺も着替えたら直ぐに向かう」


 そうナビリスに伝えると、まだ残って居た紅茶を飲み干し。彼女が待っている部屋まで向かった。


――コンッコンッコンッコンッ


「家主のショウだ、入っても良いか?」


「……あぁ、構わない」


 俺に用事がある人物が待つ部屋まで向かい、扉をノックして名を伝えると中から返事がしたので扉を開け中へ入る。


「遅れて済まない、今日俺を訪ねてくる人物がいるなんて思わなったからな」


 そう言うと彼女が座るソファーの反対側に座り、目の前のテーブルに置かれて紅茶を飲む。ついでに皿の上にあるクッキーも一つ取り、口に頬張る。


「それで、本日はどのようなご用件で、エレニール王女殿下?」


 部下の騎士たちが囲む様に守られ、俺の目の前に置かれたソファーに座る女性騎士。第三王女エレニールに今日俺を訪ねてきた理由を聞いた。

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