第43話 エレニールその3

「それで、本日はどのようなご用件かな。エレニール王女殿下?」


「きっ!貴様っ!!冒険者たる分際でエレニール王女殿下に何たる無礼を!!」


 俺がエレニールの名を呼んだ途端、彼女に対する礼儀が気に食わなかったのか周りを囲むようにしている騎士の一人が声を上げて、その腰に差した剣を抜こうとした。剣を抜こうとしているのは彼だけでは無く、殆どの騎士が怒りに任せて。俺を殺しにかかろうとしている。さてどうしたことやら。


「…やめろ」


 ソファーに座ったまま、クッキーを頬張っているとぼそり。しかしながら力強い声が彼女が吐いた。武器を抜く寸前だった騎士たちが動きを止めた。きちんと部下の教育は出来ているようだな。


 騎士たちを止めたエレニールは、そのままテーブルに置いてあるクッキーを一つ取ると。ソレを口に入れた。口に入れた瞬間、その整えられた形が良い片方の眉がピクッと動くのを俺は見逃さなかった。それもそうだろう。なんたって今俺達が食べたクッキーは地球から取り寄せた物なんだから。恐らく王宮で食べた事が有るクッキーより美味いだろう。


 クッキーを食べ終え、口直しに前の前に置かれていた紅茶を一口飲むと、俺の目を見ながら口を開いた。


「私の部下が済まない。後で言い聞かせておく」


「「っ!」」


 王女自らの謝罪に気まずそうに顔を下に向く彼女の部下達。自分達の行動を恥じている様子で、強く握られた手が震えている。


「ああ、気にしない。俺も田舎育ち故。言葉遣いや礼儀作法は見逃してくれると嬉しい」


「ふふふ、そうか…。田舎育ちの冒険者にしては立派な屋敷に住んでいると思うが?私も何回かここに遊びに足を運んだことがあるぞ」


 エレニールは俺が伝えた言葉に笑っているが、そのルビーのように赤い瞳は一切笑って無く。体を突き通すほど鋭く見つめる。まるで万華鏡を覗き込んだ子供のように瞬きもしないでじっと眺め入ている。


 彼女の質問に肩を上げてとぼける感じを装う。


「塔で運良く珍しい素材や宝物を見つけただけだ。只の運が良かっただけの田舎者だよ」


「…そうか、そうゆうことにしておこう」


 暫く俺をじっと見ていたが、ふっと息を吐き出すと手に持った紅茶を再び口に入れた。


「美味しいな。良い茶葉に、これを入れた者も素晴らしいな」


 飲み干したカップを音も立てずにテーブルに戻すと紅茶と入れたナビリスの事を褒め始めた。


「はは、最高のメイド長だからな」


 これには嘘無く本音で答える。この会話を念話で通して聞いているナビリスも褒められて満更では無いだろう。


「…そうか、では折角だ。もう一杯貰えるか?」


「ああ、お安い御用だ」


 彼女の要求に、何時の間にかテーブルの端に置かれていたベルを鳴らす。

 本当に何時こんな物を置いたんだ?


「失礼します。飲み物のお替りをお持ちしました」


 聞き心地が良い鈴の音が鳴り、暫くしない内に扉がノックされ。俺の代わりに王族であるエレニールが許可を出すと扉が開かれ、紅茶が入ったポッドとカップを置いたカートを引いてナビリスが部屋に入って来た。


『…』


 彼女の美貌にエレニールの騎士達は驚きで一言も言葉が話させなかった。エレニールもナビリスを見た瞬間、驚きの表情を見せていた。しかし、騎士達とは違いナビリスに隠された実力を感じ取ったらしい、膝に置いた手が少し震えている。


 エレニールも意外だったのだろう。彼女より格上の実力を持つ人物がこの部屋に二人も居る事に。


 丁度いい。皆にナビリスを紹介するか。


「彼女が俺の所で働いているメイド長のナビリスだ」


「ごきげんよう皆様。ご主人様の所で厄介になっておりますメイド長のナビリスと申します。以後お見知りおきを」


 そうい言うと白い歯を見せながら顔を少し斜めに動き笑顔を振りまいた。王都でもエレニール以外居見掛けない程の美貌と彼女が見せる笑顔に騎士たちが呆然し皆メロメロになっている。騎士でも意外と正直だな。


「「…」」


 そんな光景に俺とエレニールは顔を合わせ何故か二人して苦笑した。すると突然エレニールの口が開いた。


「ナビリス殿。この素晴らしい紅茶をもう一杯頂けるか?」


「畏まりましたエレニール王女殿下様。失礼いたします」


 そう言ってナビリスに差し出された空のコップを手に取ろうとした瞬間。エレニールが座るソファーに立てかける様に置かれていた剣を抜き、他の人には見えない程の速度で攻撃を放って来た。


 全力で振りぬかれた剣技はナビリスの首を狙い一直線で向かってくる。


 だが彼女は笑顔を向けたまま魔法を唱えた。


――時空魔法発動「停止(ストップ)」


 瞬間。世界が止まった。いや、正確には俺達二人以外の時間が。


 攻撃を放っている途中で動きを止めているエレニールを無視し、彼女はそのままソファーに落ちそうになっている空のカップを手に取ると、近くに止めたカートまで向かい紅茶を注ぎ始めた。


 その何とも言えない眺めに思わずため息を漏らす。ため息を流す俺を見ながらナビリスが可笑しそうにクスクスと笑っている。


「あんまり女神とバレる行動は止してくれよ」


 少しぐらい小言を言っても文句は言われないだろう。


「分かっているわショウ。でも、攻撃をしてきたのは向かうなんだからちょっとぐらい、ね?――それに貴方に言われたくないわ」


 女神のカウンター攻撃。万能神は100精神ダメージを貰った。って…まぁ良いけど。


「そっか、それじゃ魔法の解除を宜しくな」


「ふふ、了解。丁度紅茶も注ぎ終わったし」


 そう言うと、入れた紅茶を目の前のテーブルに置き。カートの横に移動すると魔法を解除した。

 瞬間、時間の移動が始まる。


「……えっ?」


「ひ、姫様!?」


 時間が進んだ先には、そこに居たはずのナビリスの姿が無い事にポカーンとするエレニールに。そのいきなりの攻撃に戸惑う騎士達の姿があった。


「紅茶をどうぞ?淹れたてで美味ですわよ」


 このカオスな状況も楽しんでいるナビリスに剣を拭きりった動作で動かなかったエレニールだったが、即座に剣を鞘に戻すと、ソファー深く座り込んだ。


「すまない、少しばかり彼女の実力が気になったもんでな」


 いれたての紅茶に口を付け、そんな風に恥ずかしながら伝える彼女に、俺は可愛いと思った。


そして、面白いとも思った。


しかし、そろそろ本題に入ろうと思う。


「それでランキャスター王国の剣姫様が俺みたいな田舎者の冒険者に何か用か?」


 彼女も今こちらに来た用事を思い出したのか、ゴホンッ一回咳をすると直ぐに真面目な表情になった。

 こういう心替わりが素早いところはお姫様だな。


「そうだったな。…ショウは」


――ん?


「ショウは一ヶ月前に私が襲撃を受けた事は覚えているだろう?」


「ああ、覚えている」


 でも、今回の訪問と何が関係あるのか?


「実は…ショウに指名依頼を出そうと思っている。受けてくれるか?」


「…」


 一応、提案されているが、実質拒否権なんてもんは無いだろう。それが王族と平民の差だ。実際は王族より遥か上の神族なんだが、その事実は今。誰も知らないだろう。…教えていないし。知ってるのは神族になったナビリスと銀孤ぐらいか?


「分かった。その依頼受けよう」


「おお、感謝する!」


 俺が受けると言った途端、初めてエレニールの顔には笑みが浮かんでいた。


「それで詳しく教えてくれ?」


「ああ!勿論だ」


 この依頼から。彼女、エレニールと。長くそして深い関係になるなど、神の俺でもその時は知らなかった。


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