第44話 エレニールその4

「んんっ、少し取り乱してしまったな」


 ほんのり無自覚に浮いていた腰をソファーに下ろし、再度入れ直した紅茶を口にした。


「それで依頼の内容を教えてくれると嬉しんだが?」


「ああ、そうだな。依頼の内容は…私と妹であるアンジュリカを襲った愚か者の黒幕を探してほしい」


 なんかアンジュリカの部分だけ凄い圧が強かったな。凛っとした外見から意外と妹想いなのか。


「一つ疑問に感じた事を伝えても良いか?」


 聞いてみたい事がある。


「ああ、構わない」


「なんで冒険者の俺なんだ?周りの優秀な騎士様や、そうゆう役割を持った者ではなくて」


 そう、周囲の騎士も今はナビリスにデレデレだが。エレニールの部下だけあった無能ではない。それに王族なら、そうゆう面倒事を対処する国家暗殺者が持っていても不思議ではない。しかし、何故…。


「それは…」


 何か言いにくそうにしている。


「ああ、やっぱり言いたくなかったら別に構わない。そちらに首を突っ込むのはごめん被る」


 本音は面倒くさいだが。


「…感謝する」


 俺の気遣いにほっと息を落とし、礼をくれた。


「私達も出来る範囲で色々調べてみたが。私も身分があってな大胆に動けないんだ。だが冒険者であるお前なら、ある程度自由が効いた行動が取れると思ってな」


 成程な。一応筋は通ってるな。


「そうか、では依頼の達成目標は黒幕を見つけるまでか?それとも見つけ次第、勝手に消してもいいのか」


 更に内容を詳しく聞く。


「いや、殺すのは待ってくれ。確実な証拠を見つけたら私の騎士団を連れて直接叩く」


「そうか了解だ。それと…」


「ん?なんだ」


「部下の騎士達に俺へ威圧を当てるのを辞めさせてくれないか?誤解を生むかもしれないだろう?」


 そう伝えると、エレニールは周りを囲む部下を睨みつけ。こう告げた。


「お前達…帰ったら訓練三倍だ」


『え…』


 彼女からの内容に目をギョッとし、驚愕している。あーあ、ご愁傷様。

心の中で手を合わせておこう。

するとエレニールがソファーから立ち上がった。


「では私達は失礼しよう。こう見えてまだ仕事が溜まっているんでな。それと黒幕に繋がる確実な証拠を見つけたらこの手紙を王城まで持ってきてくれ。メイドが案内してくれるだろう」


 そう言うと鎧の胸部の中から一枚の手紙を取り出すと、テーブルに置いた。豪華に装飾された手紙だ。


 表に封蝋の龍の姿が押されている。


「ああ、分かった。今日から準備に取り掛かるよ。…ナビリス、彼等の案内を頼めるかい?」


「畏まりましたご主人様。では皆様こちらへ」


「ああ」


 ナビリスの案内で玄関まで送り出した。


 部屋に俺一人になると、ソファーの背に深く座り込んだ。


 面倒くさい……。それが依頼の内容を聞いて一番最初に思った本音だ。


 エレニールを助けたことは後悔していないが、もう少し姿を隠しながら助けていればと。そう思った。


 まぁ過ぎた事は仕方ない。この指名依頼が楽しくなればいいが。


 そう無理矢理前向きに思う事にした。


「ふふふ、お疲れショウ」


 ここ最近召喚された勇者達を眺めていなかったので。気分転換に神眼で彼等を眺めていたら、何時の間にかお姫様を玄関まで送りだしたナビリスが戻っていた。その顔にはクスクスと俺をからかうように笑っている。しかも上品に手で口を隠しながら。


 一回神眼を解除し、俺の横に座ってきた彼女の手を握る。握り返して来た彼女の手を親指で撫でながら、ポツリと言葉を口にする。


「大分面倒になったな。王族からの指名依頼と言う強制お手伝いに、証拠を掴んだら一番行きたくなかった王城に行きゃなきゃならんとは」


 可笑しいな?神なのに何故か頭痛がする。俺の無効化スキルは何処へ行ったのだ?別に頭痛無効化のスキルでも創造しようか。


「と言いながらも、貴方の顔には笑顔が浮かんでいますよ?」


 俺の身体に寄りかかり、空いている手で俺の頬を撫でるナビリス。


 …バレたか。


「っま、否定はしないな。丁度退屈になっていた頃だったし」


 そう言って立ち上がり、扉へ向かう俺。


「ねぇショウ?この依頼どう解決するの」


「ん~?」


 ナビリスの問いに彼女の方へ振り向き、腕を組んで思考する。


「今回は退屈になるまで地道に行こうと思う。パパッと片付けると逆に俺が疑われる」


 俺の案にナビリスも頷きソファーから立ち上がると、置きっぱなしのカートを押しながら先に部屋から出た。…あれ?何も反応は無し?



「案内感謝するナビリス殿。では、何かあったら王城まで頼む」


「畏まりましたエレニール王女殿下」


 ナビリスの案内で玄関前まで通され、既に開いていた扉を潜り外へ出た。 

 最後にエレニールが建物から出て、クルリと後ろに振り向き。玄関で立ち止まり微動だにしないナビリスに声を掛けた。


 それに、いきなり王族から話しかけられた事に関しても。驚きの表情など一切見せずに只淡々と礼をするナビリスをそのままに、玄関前の広い庭で停まっていた馬車に入り込むエレニール。


 彼女自身思い出深い建物から出ても、一切口を開かない彼女の様子を、馬車の中で待っていたメイドが心配そうに様子見る。


 そのまま一言も話さないエレニールは帰り道。さっきまで起こった出来事を詳しく脳内で分析していた。


 不穏な空気が漂う中。見るからに柔らかく豪華に置かれたソファーに座った彼女は王女らしからぬ体制に変え、頭を上へ向けると目を閉じた。


「(冒険者のショウに、メイド長と紹介されたナビリス…奴らは何者なんだ。今回も彼の感情も読むことは出来なかった。…それよりナビリスと言うメイドだ。あれは異常だ)」


 今でも彼女の攻撃を躱されたナビリスの姿を思い出すと手が震える。


「(私は彼女を殺すつもりで剣を振った。しかし、斬った感触が無いと思えば彼女はいつの間にか目の前から消えていた。転移魔法を唱えたのか?いや、私の鑑定で見た限りでは空間魔法のスキルは無かったはずだ。もし、ステータスを偽造をしていて空間魔法を所持していてもあの時魔力の流れを一切感じな感じなかった。指に嵌めている魔力探知のマジックアイテムにも反応は無かった。ならば転移の魔法とは限らないが。では何だったんだ…。恐ろしい、ナビリスとショウが私にはとても恐ろしく感じる)」


 さらに深く考える。


 エレニールはこの時ナビリスは空間魔法と言うランキャスター王国でも数人しか確認出来ていない魔法を所持していると考えていたが。実は空間魔法の上位、時空魔法とは知る由も無かった。


「(しかし彼等を恐ろしいと思うと同時に彼等が私をもう一歩前の段階に進ませてくれると。そう直感が言っている。私には力が必要だ)」


 そう、エレニールはここ最近自分の力を限界に感じていた。この前18の誕生日を迎えた彼女だったが。どれだけ訓練を重ねようとも、ダンジョンに潜りレベルを上げようとも。心の底から満足出来ていなかった。しかし、格上とも言える二人の存在を知った彼女には恐怖以上の興奮を得ていた。


「(ふふふ、さっきまでと矛盾しているな。まぁ、今回の依頼の結果次第だな。私を失望させるなよショウ)」


 そうは思っていても、王族であるエレニールさえ証拠を掴めなかった件だが。ショウなら簡単に見つけるだろうと承知していた。


「ああ…彼がこの国に居る限り、王国は安泰だろう。ふふふふ…」


 今の彼女の顔には他の人には見せられないだろう笑顔があった。運良くメイド以外乗っていない馬車からは彼女の笑みを見る事は無かった。



「怖~」


 寝室に戻った俺はベッドで横になりながら神眼で馬車に腕を組み大胆な格好で乗っているエレニールを眺めていた、すると目を閉じた彼女がいきなり彼女の顔には似合わない凶悪な笑みを浮かび始め時には思わず神眼を解除してしまった。…うん、見なかったことにしておこう。


「来客用の服は首元がきついな。…着替えるか」


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