第37話 現人神、屋敷を買う

 神眼を解除すれば後は瞼を開くだけ。


 目を開けた先には昨晩と同じ安宿の部屋に泊まったので、今朝も変わらず天井にへばりついた汚れが隅々まで見える。…うん、今日は家を買おう。そろそろナビリスの我慢も限界みたいだ。


 折角の王都だ、一番値が張る家を購入しよう。そうなると、もうそれは普通の一軒家じゃなくて貴族街の屋敷か城になるかもしれない。楽しみだ。神界を魔改造したように、新しい住宅も魔改造を実行しよう。


 既に気分はワクワク気味。


『ナビリス、不動産物件を取り扱う商会の位置を示しだしてくれ。今日はそこへ向かう』


『分かったわ。不動産にも平民街や貴族街の商会が有るけど。どんな物件がご希望なの?』


 ベッドから降り、真横に設置されたテーブルの上に置かれた水入りのコップを飲み干し、着替えながらナビリスに今日の目的地を伝えた。神は食べ物や水を摂取しなくてもいいが、やはり習慣で何か取らなきゃ、思ってしまう。どれだけ栄養を摂取しても出さなくてもいいのは非常に良い。


 彼女も声の雰囲気から楽しみの感情がこちらへ流れてくる。


『王都で購入できる一番値段が高い家を買う。色々改造もしてみたいし』


『…神界をあれだけ改造したのに、まだ足りないの?』


 あれ?今度は呆れた感情が流れてきた。彼女も魔改造後の神界を楽しんでた気がするけど。


『あぁ、勿論』


『…はぁ~。出来る限り下界の住民に神という事はバレないように』


『分かっているよ』


 っよし、ナビリスの許可は下りた。下界の住民に気付かれないようギリギリまで改造を楽しもう。


『…分かってないでしょう?』


 …ナビリスにはバレバレだったらしい。


『平気、平気。最悪幻覚魔法で何とか誤魔化す。…うん、実に良いアイディアだ』


『…』


 彼女の無言が怖い。でも仕方が無いよ、だって家をそれも一番高い家を買うんだから神でも楽しくなってしまうよ。


『分かったわ。それじゃ目的の場所を目の前に表示させるわ。この際だから思いっ切り高い家を買いなさい』


 言われなくてもそうするつもりだよ、ナビリス。それじゃ近くの店で朝食を取ったらパパッと向かいますか。


 今、俺の顔にはいつも以上の笑顔が見えているだろう。この王都にはどのような物件が俺を待っていることやら。



 ということでやって来ました。貴族街にある不動産屋。


 一般街から王城へ向かい真っ直ぐ進むと、貴族街と割れる様に壁が立ちふさがり。門は開かれ、誰でも行き来出来る様になってはいるが。壁周辺を守る兵士達が目を光らせ、不審な人物を通さないように任務を全うしている。


俺も何故か長い時間真後ろを見張られていた。


 一般街も比較的ゴミや馬の糞等は少なく、綺麗に整備されていたが貴族街は比べ物にならない程、綺麗で、清潔感が溢れていた。貴族街の大道理の両端には高級感あるれる飲食店や建物が立ち並んでいる。


 大通りを曲がった先には、ザ・貴族のお屋敷が確認できる。それでも大通りに面しているものの一般街の近くもあり、広さも貴族としては下から2番目ほど。


 それでも平民の人には絶対に買えない金額がするだろう。


 そう思いながら貴族街に広がる大通りを進んでいると、ナビリスが地図に示した建物に辿り着いた。


 なんも変哲もない煉瓦で建てられた二階建ての建物。頑丈そうな扉の上にはそのまま不動産と彫られた看板がぶら下がっている。こちらから見える窓ガラスには埃一つついていない。どうやらここで間違いないようだ。


『あら?私の事を疑っていたのかしら?』


 やべ、ナビリスに気付かれた。


『…全然』


 よし、すっぽとげよう。


『…』


 …早速入るか。


 ギイィ、っと重い扉を音を立てながら店内へ入った。


 店内に置かれたカウンターに仲が良さそうな高齢者の男女二人が笑顔で迎えてくれた。夫婦かな?

でもその笑顔に隠された本当の表情を俺は知っている。


『『何だこのガキは?』』ってな。例え優しそうな年寄りでも、ここは王都ランキャスターの貴族街。


 このような演技も彼等にとっては朝飯前だろう。


 ニコニコの笑顔でいる彼等が居るカウンターに向かい、早速本題を伝える。


「家を買いたい」


 っお?少しは驚いてくれた。以外に楽しい。


「え…っと、お客様はどのような物件をお探しで?」


 流石熟練の不動産屋、ほんの少ししか隙を見せなかった。でもまだまだだな。カウンター越しの端で帳簿を付けてるあんたの息子は俺を疑惑の目で見ているぞ。


 おっと、目の前の爺さんも息子の目線に気が付いたようだ。


「ん~そうだな…。折角だし一番値段が高い家が欲しいな。幾らになる?」


「「「…」」」


 今の言葉は彼等でも理解出来なかったのかこの建物に居る全員の口がポカーンとなってしまった。面白い。


「っは?……え、え~と…。何か証明出来る物はございますでしょうか?例えば推薦状など宜しければ」


 ふむ、推薦状か。ラ・グランジに居る時シノンに頼んでいれば良かったな。エリックにも頼んでいたら気楽に貰えただろうな。


「推薦状は持っていないが、これでは証明出来ないか?」


 そう言うと何時もポケットに入って居る黄金に輝くギルドカードを魔力を既に流した状態で、カウンターに出した。


 カウンターにいる二人の年寄り夫婦がギルドカードに示されたランクと、塔の突破階層を見た瞬間に驚愕である。ニコニコ笑顔が引きつっている。帳簿を付けている息子なんかは手に持っていたペンを床に落としてしまっている。


 あ~あ~。高級カーペットにインクが付着してるよ。


「な。成程冒険者様でしたか。それにその若さでありながらBランクとは!将来が楽しみですなぁ。っな?お前もそう思うだろ?」


 何処かぎこちない笑顔を見せながら喋りかけてくる爺さん。婆さん、夫に返事してやれよ。


「しかし、大変申し訳ございませんが…。Bランクの冒険者様ではここの屋敷を買えるほどの財力は…」


 まぁ確かに普通のBランクだったら貴族街で家など購入できないだろうな。


「俺はこう見えて塔でたんまりと稼がして貰ってな?意外と買えるかもしれないぞ?」


「…そうですか。なら分かりました。こちらでご購入できる最高金額の物件をお持ちします。どうぞ此方のお部屋でお待ちしてください」


 俺が帰らない事に微妙な表情を見せながら店奥へ誘導され、廊下を通り、客室に通された。

 資料を取りに二階へ上がった爺さんの目は笑っていなかった。



「失礼いたします」


 客室で美味しい紅茶をいただいているとドアがノック聴こえ。返事をすると、爺さんが客室に入り一枚の紙にしては分厚すぎる資料を持って中へ入り、前に置かれたソファーに座り。その手に持った資料をテーブルに乗せ、俺に見せてきた。


「こちらの物件が当店で一番高額の一軒となります。いかがでしょうか?」


 そう言われ、テーブルに乗せられた一枚の資料を手に取る。持った感触は紙や金属を触った感じがした。何かの魔道具か?


 手に持った資料には屋敷の間取り図、土地の広さ、屋敷の場所など詳しく書かれていた。確かにこの資料は盗まれるわけにはいかないな。


 それにしても…。


「こんな小さい屋敷が今表示できる一番の金額じゃないだろう?屋敷の広さも子爵クラスの広さじゃないか?」


 神を騙す事は決して出来ない。全員神眼で思考や過去を見通すことが出来るからな。

 神は欺けない。


「ほほほ、何の事でしょうか?」


 ほら、口は笑ってとぼけているが。目は一切笑っていない。


「俺は先程の内容を冗談で言っているわけではない。きちんと一括で全額金で払うし、それにもし俺が求める良い物件を買わしてくれたら。運よく塔で手に入れたこの宝石も差し上げよう」


「…ッ!?こ、これは!!」


 ほら、これを見せた瞬間目の色が変わった。


 俺がポケットから出した物は、塔の第80階層門番。クリスタルドラゴンを撃破した際、ドロップした宝箱に入っていたティアサイズのイエローダイアモンドだ。


 無造作にテーブルの上に置かれたイエローダイアモンドを両手が震えながら手に取る不動産屋。

 地球でも物凄く珍しく、レアな宝石はこの世界でもとても貴重だ。


この宝石一つで下級貴族の屋敷が買えるほど。


 爺さんが恐縮しながら聞いてくる。


「ほ、本当に我が商店で取り扱っている一番値段が張る物件をご購入した際にはこちらの宝石を…?」


 汗をだらだら掻きながら質問してくる爺さんに頷く。


「しょっ少々お待ちをっ!?」


 イエローダイアモンドをそっと、テーブルに戻すと物凄い勢いで客室を出ていった。


「お待たせ致しましたっ!」


 一分もしない内に汗を大量に掻きながら一枚の書類を持った爺さんが戻って来た。

 あ、生活魔法を唱えて汗が全て消えた。


「こちらが私達が提供できます最高額の物件となります」


 何か魔法を詠唱すると、手に持っていた書類が薄っすらと光。書かれている内容が読める様になっていた。先ほどの魔道具に比べ、明らかにランクが上の魔道具のようだ。

 それだけ厳重な警備が掛けられている。


「ふむ、意外と王城から離れた場所にあるんだな」


 資料の内容を読んでみると、屋敷の大きさや広い敷地先程の物件と比べられない程広かった。

 正に俺が欲している物件が目の前にあった。しかし、同時に一つ小さな疑問を覚えた。

 それは、王都の中心とも言える王城から結構な距離が離れて居る事だ。

 読んでいる物件の広さは公爵クラス、それか王族クラスの土地の広さを誇っている。


 だが、上級貴族クラスが住まう土地は王城を丸く囲むように建てられている。


「良く気づきましたな。実はその建物の主は先代国王様が王位を退位した後。王政から離れて身体を癒すために作られた建物になります」


 おいおい、よりにもよってエレニール姫のお爺ちゃんかよ。凄い偶然だな。


 まぁ、これも運命か。


「先代国王が住んでた名誉ある物件を他の人に売ってもいいのかよ」


 確かに素晴らしい建物だと俺は思うが、普通王族が建物を手放そうとしないはずだけど。


「ええ…私も競り落とす直前までそう思っていました。王族の皆様が住まう王城からは、遠すぎるの事でしたので。それにこの物件以外も王族が住まわれていた建物は他にもありますので」


「成程」


 そうゆうもんか。


「それでいかがでしょうか?」


 爺さんが興奮しながら聞いて来た。


 ああ、悩むことなく決めた。


「買おう。値段はいくらだ?」


 おおっお物凄い笑顔だ。


「おおぉ!ありがとうございます。それでですね、お値段の方が建物や土地を全て含みまして。たったの白金貨1600枚となります。非常にお安くなっております!」


 何が「たった」よ。日本円で16億円もするんじゃねーか。…まぁ買うけど。


「分かった、今全額払おう。契約書類を持ってきてくれるかい?」


「あ、ありがとうございます!!…それより物件を見て決めなくても宜しかったでしょうか?」


「ああ、先代国王が住んでいた屋敷なんだろ?そんなの観なくても良い屋敷に決まっている」


 確かに建物を観ないで購入するアホなんて居ないけどな。


『ここに居ますね』


 …ナビリスさん少し口を慎んでおこうか?


『あん?』


『大変申し訳ございません』


ナビリスから感じる圧に即謝罪する。怖~、神でもビビることはあるんだな。


「それじゃ今から金を出すから丁度数えてくれると嬉しい」


 そう言って、ここに来る前に作っておいたマジックバッグをテーブルの上に乗せ。白金貨を出し始めた。先程のお礼だ。頑張って1600枚きちんと数えるがよいわ。


 あっ。爺さん契約書類取りに行くとかほざいて逃げやがった。その代わりにカウンターで帳簿を付けていた息子がこの客室に連行されてきた。この部屋に入り、山盛りに積まれた白金貨を観た瞬間。この部屋に来た理由を察し、死んだ目をしながら枚数を数える羽目になった。


 白金貨1600枚を数え終えると、丁度契約書類を手にした爺さんが戻って来た。わざと終わる頃を見計らって現れたな。


「こちらの契約書類にサインをお願いします」


「ああ、分かった」


 差し出された書類にサインをすると魔法が発動し、書類に書かれた俺の名前がすうぅっと消えていった。


「ありがとうございます。これで購入手続きが完了しました。こちらが土地の地図と建物の鍵となります」


 名前が消えたのを確認した爺さんが一枚の紙とクリスタルの鍵が渡された。

 この鍵カッコいいな。後で真似しとこ。


「そうか、ありがとうな。それと、ほい。約束の宝石だ」


地図と鍵をバッグに入れ、約束していたイエローダイアモンドを爺さんに放り投げた。


「っうお!あ、ありがとうございます!!!」


 すげー興奮しているな。


「じゃあ、また何か買うときには宜しくな」


 息子と一緒になりながらその宝石を眺める親子を横目に、部屋から出た。

 っさてと。早速新しい家を見に行くか。


 これでやっとナビリスの身体も作ることが出来る。そうだ、銀孤も呼ばないとな。彼女も一人で寂しがっていると思うし。

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