第114話 列車の中で
長旅の末に国境を抜けたショウ達使節団は要塞にて小休憩を取った後、彼等はとある乗り物に設置された椅子に腰を落として背中を座面に預けていた。窓の外を過ぎ去っていくのっぺりとした平板な土地に、これという特徴のない光景を味気なく眺めている。
「あっはは、早ぇ~!スゲ~、使節団に参加して今初めて良かったと思うぜ」
「こら!窓から離れて私にも見せなさいよ、あんたのデカ頭で外が見えないじゃない!」
「あの時々見かける柱みたいな建造物は何なんだ?」
「あれですか?え~っと…駅で貰ったパンフレットに寄りますと、地面に埋め込まれた紫色に輝く棒状の柱は退魔柱と呼ばれ。五百メートル間隔に立てられた魔物除けの魔道具らしいですね。もし危害を加えたら問答無用で監獄行きらしいので下らない事を起こさないで下さいね?…特にリーダー」
「ッぐ、そんなことわざわざ言われなくとも分かっとるわ!全く、近頃の若い者ときたら――」
寛ぐショウの隣の座席に座った三人の王国から初めて出た冒険者が競うように設置された窓に顔を張り付いて高速で流れる外の彼方まで続く壮観な景色に釘付け。特別彼等が一際騒がしい訳では無い、車内をグルリと見渡せば至る所で同様な状況に陥っている。後ろの席からは魔物除けの柱について話すパーティーの声が背後から耳に入ってくる。
「狼さんは静かですね。列車に乗るのは初めてでは無いのですか?」
一人、窓枠に頬杖をついて静かに外を見つめるショウに女性の声が掛かる。鈴の様に柔らかく、優しい涼やかな声で。隣から届いた声に視線を向ければ、そこにはショウと同じ座席に腰を下ろした女性が穏やかな笑顔を見せながら恐ろしい程パーツが整った彼の横顔を見ていた。
年の頃は二十代になったばかり、馬車での長旅にも関わらず汚れ一つ見えない白いケープを羽織っており、両手には肘まで届いた薄紅色のシクラメンが刺繍された天然繊維グローブを身に着けている。使節団の依頼を受けた彼女はオーレリアと名乗り、王都では有名なはB級冒険者。
身に着けている衣装から分かるように回復魔法を前提としたサポート系魔法と後方援護に特化した彼女はどのパーティーにも所属していないが、もし一緒の依頼を受理すれば生存率が跳ね上がると事で逆に様々なクラン、パーティーに引っ張りだことの高名な冒険者。
ショウとは今回の旅の道中で初めて相まみえ、お互いの名を交換した。
しかしながら旅に同行したオーレリアは度々ショウに話し掛けるが決して彼の名を呼ばない。『狼』、そう呼ぶオーレリア、彼女は前兆も無くぽっと出でA級へと駆け上がったショウの実力を噂で幾度も耳にしてきたが、実際一目見て内に隠された強さの根幹にオーレリアの心は撃たれた。
極点にまで至った存在の香りを嗅ぐだけで身体が痺れ、根本的に格が違う存在に身も心も全て差し出すであろう。
王国の国境を過ぎるまで多くの襲撃が起きた。しかし、どの状況でもオーレリアが胸を躍らせる相手はよく手入れされたミスリル独特な夜空を裂く輝く刃を静かに抜き構えて、幾多の魔物を前に瞑目し――。
白銀の刃が振るわれる。するとショウの前方240度、護衛する使節団に襲い掛かる魔物の首が須く胴より滑り落ちて、肉が潰れる音と共に首無しの胴体のみが緩やかに疾走する。
当初、十代後半を思わせる張のある肌に爽やかな外見を持つショウを、やれ金と権力で買ったランク昇格。やれ運が良かっただけの未熟者等、眼下に見ていた他の冒険者も今は旅の道すがら、彼が魅せつける神技に実力でA級に上がったと心底認めていた。
「魔導列車に乗ったのはこれが初だが、闘技大会で知り合った帝国の勇者達から聞いていたから腰を抜かす程驚いてはいないな。列車が動く仕組みは流石に知らない様だったが」
そう隣に座るオーレリアの問いに答えたショウは足の間に挟んであった袋から駅のホームで購入したイチゴオレが入った瓶を手に取れば、慣れた手つきでポンッと蓋を開けて喉を潤す。
それを珍しそうに眺めていたオーレリアにもう一本、同じイチゴオレを取り出すと彼女へ差し出す。
「要るか?甘い飲み物が好みならきっと気に入る筈だ」
いきなり目先に差し出した飲み物に数秒時間を置いたオーレリアだったが、恐る恐る両手でキンキンに冷えた瓶を受け取った。
「あ、ありがとうございます。そ、それより画期的な乗り物ですね!列車と言うのは。何と言うか…魔導工学による賜物って感じで。王国でも鉄道を通せば国が今以上に発展しそうですけど」
露骨に話題を変えてきたオーレリアだったが、丁度見渡す限り変わらない景色に退屈していたショウは会話を続ける。
「見る限りそう簡単な事では無いだろう。領域が狭い小国ならまだしも、広大な領土を持つ王国に横断鉄道を引くなど到底資金が足りない。専門知識を持った勇者が残した資料があったが、それを実現させた帝国の連中がおかしいだけだ」
それ以上口に出さなかったが、王国にも独自で開発、王侯貴族向けに量産した飛行船が存在している以上、魔導列車に旨味を感じなかった等の経緯も含まれている。
「色々お詳しいんですね狼さん、エレニール王女殿下の婚約者ともなると政治も学ばれるのですね」
「婚約者の事も知っているのか?…それも教会から教えて貰ったのか」
「……」
オーレリアは何も答えなかった。ショウの婚約者相手の正体を知る者はそんなに多く無い。闘技大会の表彰式で日本より召喚されし勇者の愚行を阻止したショウだったが、観客席からは離れておりハッキリと彼の顔を認識した者は少数であった。
「別に隠している訳じゃないから俺は気にしない。それより途中駅に到着するまで何か面白い話はないか?転々と各地の教会を渡り歩いたお前なら興味深い話を知っておろう」
「…ええ、勿論です。では、早速私が三年前、任務で訪れた町で起きた話でも――」
こうして魔導国が御厚意で用意した列車を貸し切りにした王国使節団の時間が過ぎていった。
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