閑話 その11 主の居ない屋敷
私たちがご主人様によって奴隷商から買われて結構な月日がたったと感じられるけど、まだ一年もたっていないことに驚きを隠せない。
快かった風が冷たい冬の棘と変わった朝の始まりは庭に生えた木から離れた紅葉が地面を布を広げるように覆いかぶさり、落ち葉で滑りそうになるのを紙一重に回避しつつ倉庫から持ち出した箒で乾いた落ち葉を一カ所に集める。数人掛かりで集め終えた山盛りになった落ち葉へ向けて何百、何千回と使用した私の得意とする火魔法を唱えて焼き尽くす。
「火の魔力を『ファイアー』」
手の平から放出された極小の揺らめく火がひとたび、落ち葉に触れると跳ねるように広がり煙と共に燃え盛る真っ赤な炎が冷えた肌を温める。
「ふぁあ~身体が暖まります~、エマさんのお陰です~」
「こら、火に近づくのは止めないけど私たちの仕事を終らせないとメイド長様から又怒られるわよ。特にこの前あなた仕事場で昼寝してた所を見つかって拳骨喰らったばかりでしょ」
まだ全部仕事を片付けてもいないのに呑気に焚き火に浸ってる同僚に苦笑交じりに文句をつける。貴方がちゃんとしなかったらとばっちりを受けるのはこっちなんだから。
「あぁ、あの拳骨は正に龍級の威力でしたよ!思わずカエルより情けない声が出ちゃいました~。それにしても同じ奴隷商で買われた同期のエマさんが副メイド長になってるなんて本当、何が起こるか分からないもんですね~」
「あら、それは私に対する皮肉かしら?なら代わりに副メイド長になってみる?色々教えて貰えるわよ。始末した侵入者の後始末とか?」
「うえぇ~、冗談ですって、冗談~。さてと次の仕事~は」
私の名案に両手を火に向けて温めていた年下の同僚はそそくさと地面に置いた箒を持つと逃げるように離れていった。
「何時もそのぐらいのスピードで仕事をやり遂げたら文句も言わないのに」
思わずため息の一つ付きたくなるが、今は他の目が見ている可能性がある外、もし誰かに見られでもすればご主人様の名誉を汚す事になる。故に無様な真似は許されない。どうにか感情を制御させて私も次の仕事に取り掛かる。
今日はご主人様が王家の依頼で使節団に参加する事になり王都を出発して一カ月、ナビリス様によればそろそろ魔導国に到着する予定との事。遠目から眺めるだけで欲求の全てを満たすご主人様の素顔が恋しい日々を過ごしているけど、それは私以外も同じ。
特に銀弧様は前より外に出る回数が減った。そんな銀弧様の気を遣ってか第五王女殿下であるアンジュリカ様が前に増して訪ねる回数が増えた。
…本来奴隷分際である私たちが王族の御身を拝見するなど普通は有り得ない事なんだけど、ここでは色々変わってるから何とも小難しい気分。それのみならず王国のトップが私達を人扱いしてくるから逆に反応に困ることも屡々。
今日こちらにやってくる後輩達に強く言い聞かせておかないと…、これ以上同じ一つ屋根の下で住む同居人を処分しなくて済むように。そう、あろうことかご主人様が王都を出発した途端、本性を剝きだした輩が数人出てきたのだ。これ以上無い柔軟な労働環境なのに、部屋なんて人ひとりに与えられるなんて本来有り得ない事象なのに!
なのに、欲望に汚れた者達は屋敷に設置された壺や壁に飾った絵画を盗もうとした。しかも現場を目撃した誠実に働くメイドを武器で脅して。
でも運良く?通りかかったナビリス様に見つかると即座に魔法を発動して盗人は言い分を告げる前に平たくミンチとなった。
ナビリス様に文句を言うつもりは無いけど壁、天井にびっしりと着いた血に脳味噌の欠片、ポツリと廊下に転がった目ん玉や臓器を片付ける私の事をちょっとでも考えて良かったはず……。いけない、いけない、零れそうな涙を堪えて仕事に集中しないと。今日は大事な日なんだから副メイド長として弱みを見せたらダメなんだから!
午前中の仕事を全て終わらせた私たちはやってくる後輩を歓迎する準備に追われていた。
人数の追加が必要になった事の発端は…確か、最初に買われた私等が仕事に慣れて業務を更に細かく分ける為に奴隷の追加が必要ってナビリス様が仰ってたわね。あまり知られていないけどご主人様は一応男爵家当主であられますし、周りのお世話をする任せる召使いがもう少し増えたら、思っていた所に告げられた。本当ナビリス様は人の思考を読んでいるじゃないかと時々思う日がある。怖いので直談判はしないけど。
「副メイド長!フレドリック商店の馬車が門扉に到着されました。もうすぐでメイド長様を先頭に新たなに購入された奴隷が此方へやってきます」
……ホント今日は休む暇もありませんね。けど、弱音を言ってる場合ではありません。
「そう、報告ご苦労様。新たなに購入された奴隷の数は聞いているかしら?」
「え、えーと、大まかに見た感じ30人以上はいました。はい」
んー、多いのか少ないか判断に困る人数ね。っま、ナビリス様が選んだならそれ相応の理由があるんでしょうけど。
「分かったわ。それじゃあなたも準備に手伝って貰えるかしら?」
「っは!勿論です!何を手伝えばよろしいでしょうか?」
「そうね、まずは人が足りてない――――」
何の因果か奴隷として買われ気が付けば強国のお姫様と婚約したご主人様の屋敷で副メイド長になっていた私だけど、買われた事に関して一切の後悔は無い、むしろ毎日を楽しんでいる。
でも…一つだけ願うなら――。
ご主人様、お早いご帰還を心よりお待ちしております。
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