閑話 その12 事件
日の出と共に目が覚めれば、最初はその柔らかさに驚愕したベッドから起き上がった。部屋の一角に設置された窓の外から覗く城下町景色を一目ぼんやりと眺め、部屋着のまま洗面所へ向かい魔道具である蛇口を捻る。流れる冷たい水を両手で掬うとバッチリ意識を覚醒するまでじゃぶじゃぶと顔を洗う。
「……」
顔を上げれば、そこには鏡に映った自分のとろんと眠気が残った顔と目が合う。自覚出来るほど熱意が無い己の素顔に深い溜息が零れる。
「ふぅ…っよし!」
しかし、これはいけないと無理矢理にでも声を出して意気を奮い起こす。すると自然に眠気が吹き飛び完全に目覚めた僕はクローゼットから支給された服に着替えると、最後に日本から召喚された時着けていた靴を履けば全ての準備が完了した。
「すぅ~…はぁー」
心臓の調子を整える為、しっかりと時間を掛けて深呼吸をする。そして内側から掛けた鍵を外して勢いよく扉を開ける――。
「(今日の訓練は無し、か。…それも仕方ないね。暫く城内待機命令が続きそうだ)」
十二分に豪華で長い廊下を進む。道中、箒を手に仕事熱心なメイド達の姿を見かければ視線を此方へ向けてひそひそと小声で話している。初めは気に障りもしたが今は特に気にしていない。いや…正しくは気に留める程僕自身、活力が湧いてこないからだ。
その理由は直ぐに分かる。
「三人ともお待たせ。もしかして結構待った?」
シックな木製で作られた両開きの扉を開いた僕は10メートルは余裕で超えるテーブルが幾つも並び、その一つに固まった三名のクラスメイトに声を掛けた。自慢の彼女である『茉莉』何時も笑顔を絶やさず皆に元気を与える女性『凛』恵まれた肉体に180センチを超える高身長にさっぱりとした短髪、召喚された勇者達の中でも上位に位置しつつもとても純粋で柔しい心を持つ僕の友人『悠真』。三人とも自慢のパーティーメンバー。
僕が中に入った部屋は日本から召喚された勇者達専用の食堂兼応接室。召喚魔法を実行した帝都城が用意しただけあって、豪華な場所。置いてある茶葉は素人目からも分かる上質な品だし、食器類も全て純銀製。
しかし、普段クラスメイト達で賑わっているこの場所も今は僕を待っていた三人のみ。静寂が響く中、僕は壁際に待機しているメイドに目を合わせること無く空いた彼女の横に座った。
「いや俺達も十分前に来たところだ。飯はもう食べたか?」
「ああ~、まだだよ。こっちで食べようと思ったんだけど…」
彼からの質問に答えつつ、食堂スペースのキッチンへ視線を投げれば人ひとり見かけない、ガランとしているキッチンに落胆を隠せない。
「食材が残ってれば私が作ってあげられるんだけど、見事に冷蔵庫の中も空っぽ」
茉莉より貰った追加情報に遂に確かな脱力感を感じテーブルに突っ伏す。密かに高級食材を使用したカレーを期待していたんだけどなぁ。
「それにしても――」
一度言葉を区切った凛は周りをキョロキョロ見渡した後、口を再び開く。
「やっぱ、誰も居ないね」
「「「…」」」
重苦しい空気が僕たちを押し付ける。会話に出したくない話題、でも今それが原因で城内部の空気はピリピリと張り詰めている。
…それは二日前の早朝起こった。
泥の様に眠り、訓練続きで疲れた体を休めていたら女性特有の高らかな恐怖による何かが裂けるような叫び声が耳に届いた。悲痛な叫びで即座に反応した僕はベッドから身を起こし壁に立てかけた武器を手にして廊下へ出た。
扉から出てら先の悲鳴を聞いた他のクラスメイトも何事かと廊下に出た所に出くわし、それから一緒に悲鳴が聞こえてきた場所を探すことになった。
マナー違反承知で全速力で廊下を走れば開きっぱなしの扉に尻もちを付いた女性生徒の姿を見つける。
武器を手にしたまま僕は床に座り込み恐怖で怯えるクラスメイトを後ろから駆け付けた友人に任せると部屋の様子を確かめた。
その悪夢のような惨状を見た瞬間、恐怖で脇の下からだらだら汗が流れ出る。
……部屋は綺麗の状態でベッドの上で横になった同じクラスメイト。上半身裸の彼の腹は縦に引き裂かれ内臓が体内から零れている。切断された両足は頭を挟むようにロープで固定され、更に上を向いた手の平には彼の両眼玉と心臓が丁寧に置いていた。血生臭い、とても直視出来ない猟奇的な殺しだった。
その後駆け付けた他のクラスメイトも到着し、その惨状を目にすれば叫ぶもの、取り乱す者、思わず嘔吐する者、誰も正常でいられなかった。
早々に悲鳴を耳にした兵士が駆け付け、その部屋は立ち入り禁止となった。
この一件は僕たちの心にとても、とても深い傷跡を残した。
あの後、食堂に集められたクラスメイト達は一切言葉を発しなかった。無理もない。直ぐ近くで殺人事件が起こるなど誰が想像出来るものか。特に事件の内容を聞かされた先生が涙を流しながら取り乱す姿を抑えるのが精一杯だった。……もう先生の心は完全に壊れてしまった。
それから人一倍正義感が強い煌斗君が犯人捜しを始めるが決して見つかることは無いだろう。
あの恐ろしい光景を一目見た時直感で一つ分かった事があるからだ。
――ああ、これはプロの仕業だと。
「あれっきり皆部屋に閉じこもったね」
凛の言葉に僕たち全員頭を上下に頷く。
「危険な世界に召喚されちゃったね」
うん、そうだね。安全な日本より遥かに命が軽い世界に飛ばされた。でも、この世界で生きなければならない。愛する者を守る為、障害になり得る敵は全て斬り捨てなければ全て奪われる世界なんだ。
決して奪わせない。茉莉の手を握りながらそう神に誓った。
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