第137話 大野外演習その3

 人形の様な無表情で対応した受付嬢は、同じ依頼を引き受けた同業者が集まる丸テーブルを示した。その場でくるりと後ろを振り向けば、今絶賛敵対関係中の団員の受付嬢に隙だらけの背を見せてテーブルへ進む。

 俺が気付いていないと思ってるのか背を向けた瞬間、人体の急所でもある首に視線が向けられる。しかし、殺気や悪意のある憎悪は一切感じない。一応所属する教団の幹部の一人を殺した宿敵が目先に居るというのに。


「ヒュ~。A級が二人、雇われたと聞いていたがもう一人がアンタだったとは我ながら不意を突かれたぜ英雄殿」


 指定されたテーブルへ近づくと、既に待機していた冒険者の一人が俺を出迎える。高ランクの魔物の革をふんだんに使った魔法使いのローブを革鎧の上から着た二十代後半の男、茶色の髪を短めに整えて、耳たぶには金のピアスがはめこまれている。

 ショートスピアを脇で挟んでおり、一見すると前方を主軸に置いた純戦士に見えるが。体外をに循環させた揺らぎ無い魔力操作が優れた魔法剣士を表す。毎日魔法の訓練を欠かした事が無いのであろう。

 周りの人から距離を置いて、一人ポツンと席に座ったダリアへ一瞬視線を送った男は無表情のままその場に佇む俺に再度話しかけてくる。


「…おっと、自己紹介がまだだったな。俺は魔都冒険者ギルドに本拠地を置くBランクで活動している『リーバス』だ。『双魔剣』なんて大層な二つ名を付けさせて貰っているが、気軽に名前で呼んでもらえると助かる」


「ランキャスター王国、冒険者ギルドに属するA級のショウ。此方の方も渾名じゃ無くショウで構わない


「そっか…。なら親しみを込めてショウと呼ばさせてもらうよ」


 力強い握手を二人で交わし、切り口上の挨拶を述べる。その際に俺の耳元まで近づくと声をひそめて喋ってきた。


「何故ショウが英雄って呼ばれているか大体の話を聞き及んでいる。俺達が居ない時に散々な目に合ったな」


「ああ…」


「同級のBランクメンバーを始め上位ギルドの面々は彼女が只者でない事は認識されている。だからショウも品格に欠ける低俗丸出しな声に気にも留めないでくれ」


 今も大人しくテーブルに腰掛けるダリアに薄気味悪い感情を向けた対多数の人を一回り見渡したリーバスの言葉に俺は、首を縦に振って頷いた。

 他人に情け深い人間は冒険者に所属する者では珍しく出来た男、それがリーバスに対して感じた第一印象。


「彼女の実力が図れないでコソコソ陰口を取り次ぐ過半数の同業者、当たらずとも遠からず過剰なプライド、自信満々な優越感に漬かった結果碌に成果を出せないで半ば旅の途中で命を落とす。嫌な野郎に聞こえるかもしれないけど…自殺志願者に手を差し伸べる程、俺もお人好しじゃないんでね」


 一旦、話に間を置いたリーバスは依頼に集まった冒険者達の一人に手で指し示した。


「…さて、じゃあ先に俺の相棒でもあり一緒の依頼を受けるメンバーを紹介しよう」


 手で指した先に座った一人の女冒険者。燃えるような真っ赤な髪を後ろで一括りに束ねて、前髪は額にかからないようにピンで留められている。スレンダーな体型で、猫のようなイメージを受ける目鼻立ちのキリッとした端麗な横顔。テーブル席に座っても気丈さを感じるほど背筋がしゃきっと伸びている。


「あいつは俺と同じBランクで有望な火魔法使いの『レンナ・ミシュベル』、『業炎のレンナ』で実質俺等パーティーを取り仕切る裏のリーダー。他にもパーティーメンバーが居るが、今回の依頼に参加するのは俺達二人のみって訳なんだ」


「受付からB級が二名と聞いているが、両方そっちの有縁だったのか。何度か学園の遠足に参加した事あるのか?」


「ん~まぁこの場でネタバラシても良いんだが、後のお楽しみってことで勘弁してくれや」


それもそうだな。今俺に告げられても結局二手間になる事だし、リーバスの言葉に従っておこう。


「あと…、王国へ帰るまでで良い。迷惑じゃ無ければダリアと仲良くやって欲しい」


 再度周囲の人間を確認したリーバスが躊躇するように、聞こえるカ聞こえないくらいの小声で言い足す。冒険ギルド特有の騒がしい雑音も相俟って余計くぐもって聴こえるが、俺の耳にはハッキリと谷の湧き水のように染み届いた。


「俺は別に構わないが…。リーバスは彼女に特別な感情でも抱いているのか?」


 揶揄う風に返事を告げれば急に虚を衝かれたように慌てるリーバスの視線はテーブル席で待機するレンナへ行ったり来たりしている。やがて体中から力が抜けたらしく、げんなりと肩を落としたリーバスは観念したのか耳にはめこまれたイアリングを摩る仕草を取りながら俺に説明するように言う。


「…実は俺とレンナ、ダリアは奇しくも同じ日に冒険者登録した所謂…、同期なんだ。だが初めて出会ってからアイツ、あんな感じで仲良く同等に接した奴なんて居なかった、仲間からショウの事を耳にするまで」


「そうだな、俺はダリアが何・者・であっても女性には平等に振る舞うのが紳士道の根幹」


「……っぷ!アッハッハッハ!こりゃあ敵わなねえよ!そうだショウ、ギルドの馬車が準備終えるまで俺に紳士道の心得を教えてくれよ!」


「勿論だとも、紳士道の志を目指す者、喜んで俺が教えて進ぜよう」


 それから俺とリーバスはダリアが座った近くに腰を据えてギルド役員の準備が終えるまで紳士道の何たるかを導き出した。




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