第136話 大野外演習その2

「イヴァルニー魔法魔術学園が準備して迎える大野外演習」

「はい『孤独狼』ショウ様には他の冒険者達と合同で東に位置します山間部で増殖した魔物の間引きをお願いしたいのです」


 冒険者ギルドで働く受付嬢に案内された談話室にて、記された指名依頼の内容を口から零せば追加のページをバインダーから取り出した受付嬢が肯定するように更なる情報を読み上げる。

 受付嬢から説明が聴き終わったが話を要約すると今回の依頼は毎年、初夏と秋の終わりにイヴァルニー魔法魔術学園が行うイベントのような催物。


 野外演習では魔物の領域にて実戦経験をつむため、魔法魔術学園に通う1学年から7学年の学生達が合同で参加する野営研修の一環。目的地は魔都より東へ馬車を使って一時間程向かった先、魔物が多く住む樹木つづきの緑の海、周辺の村に住まう農民はその山林地帯をルィンベル森と呼ばれていた。

 野外演習は自由参加であり義務では無い、しかし魔物の対処や野営などのアウトドア技術を学べられるので常に人気な学園行事。

 万が一を考え、学園の教師やギルドから紹介されし冒険者の少数が臨時護衛としてつく。


「なるほど、内容は理解した。依頼の打診を受けた冒険者は俺以外に居るのか?流石にたった一人で全参加生徒を引率出来る自信は持ち合わせていない」

「ご心配には及びません『孤独狼』ショウ様以外にも既にA級が御一人、B級が二名、C級五名の一パーティー。サポート役のE級三人が依頼を受注しております」

「豪勢な面々だな」

「…未来ある学園生徒達に危険な事が起きない為に必要な要請ですので」




 要するに安全保障の為生徒達の子守り兼監視にA級が二人も派遣、少々過剰戦力な気もするが…。学園にも何か思惑があるんだろう。

 とはいえ、別に指名依頼を拒否出来る言い訳も持ち合わせていない…。ここは素直に依頼の件を了承する。


「あい分かった依頼を受けよう。それと、出発は何時になるんだ?」

「野外演習は四日後の昼頃から三日間の行事となりますので、明後日の早朝に此方へ来ていただければ…。窓口で対応する私等受付にショウ様のギルドカードを提示して頂き、受注書にサインを書いたら依頼開始となっております」


「色々説明感謝する、ありがとう。持参すべき物資とかあるのか?」

「お役に立てて光栄ですショウ様。…馬車や食糧等は此方で手配しておきますので、普段の討伐装備で問題ありません。っあ、秋寒の夜は冷え込むので魔法袋マジックバッグのスペースに余裕がありましたら天幕を持参するとよろしいかと」

「そうだな。王国の天候とは一緒では無いと伝え聞くからな…、良い事を耳にした。早速この後雑貨屋に足を運んでみよう」

「でしたら冒険者ギルド傘下のフィ・ミュール商会の店舗へ立ち寄ってみては?主に冒険者用の商品を扱っているのですが、上級冒険者専用でしか購入出来ない新商品などショウ様のお目を奪われる品が見つかるかと…」


 ある意味当事者より冒険事情を知るプロフェッショナルの受付がそう必死に豪語する商館へ誘導されようじゃないか。商品が期待以上なら王都への土産に幾つか買うのも良いかもしれん。


 受付嬢との対話が終われば、商館への行き方が書かれたメモを片手に一直線に目的の店舗に入り、発売されたばかりの体温自動調整が施された野営用の天幕を購入した。程よい弾力性を持ったマットは自宅のベッドで寛いでいるのと変わらぬほどの快適さだ。一回天幕内で寝転がれば即購入を決心する良い品であった。実に満足したので追加で魔法筒を利用した結界魔法を展開させる装置を四つ買い込んだ。金遣いが良い俺に超ニコニコ笑顔で接してくる店員が面白可笑しかった事も無きにしも非ず。



 そして、早くも迎えた当日。素朴な宿の一室で意識を覚醒した俺は二つのテーブルしか置いていない食堂へ向かい、日課になりつつあるカウンターで作業をこなす女将の娘に二言三言話し朝飯の注文を取る。

 魔道具技術で民草に渡るようになった、ふっくらとバターを含んで香ばしいクロワッサン。熱々の湯気が立ち昇る微妙複雑な、奥深い、そして清涼なスープ。野菜はありあわせのキャベツ、ニンジン、インゲン豆などで、味付けは塩だけで、生姜でアクセントを付けている。別料金を払えばジューシーで燻製独特の香味がしたベーコンとコーヒーが出てくる。


 依頼前に取った美味しい朝食のお陰で喜びを感じる俺、昨晩に準備しておいた魔法袋マジックバッグを背中にくくりつけ、剣帯を腰に、ミスリルロングソードを縛り斜め差しに吊るす。第三者の目から見て十分な季節感に合った外套を身に纏うと、宿のドアを開けてむせかえるような朝明けの光の中に出て行く。


「ギルドカードを拝見します…。はい、ありがとうございます次に此方の項目にショウ様のサインをお願いします…。はい、事無く依頼が受注されましたお手数をお掛けします」


 冒険者ギルドの扉を開き中へ足を踏み入れる、未だ早い時間帯なのか意外と混んでいない建物内部。横一列に並んだ受付へ向かい、複数ある受付のうち、不思議と一カ所だけポッカリと空いている前に立つと、今日初めて対面する美しい女性が座っている。作り物めいたその顔に、何の表情も浮かべす、ただ手に持った羽ペンを傾けていた。受付台に『指名依頼受付』と書かれているので、此処であっているだろうと声をかけると感情も無く女性は答える。喜びも悲しみも凍り付いてしまったような表情は己を思わせる。どこまでも無機質な物だ。


 言われるままに差し出された書類にサインを書けば、何処かぼんやりと俺を視界に納める受付嬢は手の平でとある場所を示す。


「先に受けた冒険者様達は彼方のテーブルでお待ちしております。半刻程でギルドの御者がいらっしゃられます」


 そして、もう俺には興味がない、そういわんばかりにただ手に持った羽ペンを見つめている。しかし俺が気付いていた、同依頼を受けた冒険者が待つテーブルに座った『鳥使い』ダリアの姿を視界に納めた一瞬、うやうやしく心酔するオーラが全身より発せられた。


 神眼で彼女を観れば全てを解する。そうか…無表情で対応する受付嬢も結社の一員なんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る