第五章

第101話 神の役目

 ランキャスター王国、栄える王都にて異常だった暑さも随分弱まってきた。夏の終わりを迎え、初秋の朝は肌にさらりとして気持ちがいい。広場へ行けば朝からランニングで汗を流す人々の姿が見える。


 そんな、大都市王都内部に緑色の景色に囲まれた敷地にポツンと建てられた一際大きい屋敷の家主である現人神ショウは秋の陽光を全身に感じつつ読書に浸る。


「10!…11!…12ッ!」


 本館のテラスに設置されたロッキングチェアに腰を落としたショウは手前に見える中庭をゆっくり見渡す。そこには彼が購入した奴隷達の働く姿が目に映る。伸びた雑草を錬金術店で購入した魔道芝刈り機で庭園を手入れする庭師。石で敷き詰められた大円の中でで重心を中心に肉体を鍛える戦闘奴隷、筋トレ器具で肉体を鍛える者、足で固めた土の上で好き勝手に訓練する者。


 本館より遠く離れた建造物からは「カンッ、カンッ」と金属を叩く音が響き、レンガ式の煙突から漏れる煙は風にちぎれて綿ぼこりのようになって秋の空に吸われていった。此処で鍛錬された武具は敷地内を守護する戦闘奴隷達に手渡され、予備は倉庫に運ばれる。


『ショウ…今いいかしら』


 本日はこのまま書物を読みながら時間を潰そうと思っていると、レモネードのお替りを持ってきたナビリスからの念話が届く。二名の周囲には何者も存在しないのに、わざわざ念話を繋いだナビリスを疑問視するショウだったが、ガラステーブルに置かれたカップを手に持ち応答する。


『何か面倒事か?例えば創造神の祖父からメッセージを貰ったとか』


 一番有り得る推理を予想したショウ。それなら何故彼に直接言えば済む。


『いえ、死後の魂が此方の神界に入り込んで来たの。それも元日本人二人』


『…』


 予想より遥かに厄介な状況にガラステーブルに肘をつつ暫く考えに耽った。思考に意識を集中している間ナビリスは化石のようにショウの背後で立ちつくす。他の人とはかけ離れた美貌を持つ女性は一ミリたりとも体を動かすこと無く、瞬きもすること無く。その姿は人形と変わらなかった。


『俺がこの世界に降りてくる前はどうしていたんだ。前任者が管理をしてたのか?』


『前任者は存在しない。貴方がこの世界が創られて、初めて世界を管理する柱であり、下界に降りた現人神よ。貴方が着任する前まで此方の世界に迷い込んだ魂はそのまま浄化もされず、新たな肉体に転生して第二の人生を送っていたわ。文字通り…どの魂も』


 成る程、とショウはナビリスとの会話で分かった情報を思考に組み込んだ。


『気は進まないが兎にも角、神界に入り込んだ異分子を会う必要があるな…。元々神界は人間が安易に踏み込んではならない空間、元人間が言うのもなんだが…。ナビリスは俺の代わりに屋敷を頼んだ、晩飯前には戻ってくる』


『ええ、了解。遅くなるようなら念話で一言教えてくれると嬉しいわ』


『ああ』


 次の瞬間、ショウの姿は消えた。残されたのは彼が読んでいた書物に、飲み干したレモネードが入っていたカップのみ。



「ここは何処…?……夢、なのか?それにしても、不思議な空間だ」


 何も無い空間、何処を見渡しても白い空間が広がった不気味な場所にポツンと迷い込んだ一人の人間がいた。彼がどうやってやって来たのか記憶に無い。思い出そうとするが記憶に霧が掛かったように思い出せない。


 学生服を着こんだ十代位の少年は頬を掻きながら周囲を観察する。左右前後上下、どの角度から確認しても真っ白な空間。しゃがんで地面に手を添えるとちゃんとした感触が手の平に伝わってくる。


 非常識のあまり、神界に迷い込んだ少年は此処は夢の仲だと決めつけた。


「本当に真っ白だ…。そう言えばこの前読んだライトノベルにも此処と同じ真っ白い空間の描写が有ったような…、確か神様が住まう場所だった…け?」


「ご明察」


「うわぁっ!?」


 呆然と立ちすくむ少年の背後から突如と声が聞こえてきた。


 後ろから急に聞こえてきた声に情けない悲鳴を上げた彼は思わず飛び跳ね、おずおずと後ろを振り向いた。目の前には、白いシャツに黒布ズボンを着用しているが、足は裸足のままの男性の姿。外見はとても整っており見た目は二十歳程。身長は見上げる程高く、髪は黒と銀が混じり合ったショートヘアーが似合った男がポケットに手を突っ込んだまま立っていた。真っ白の背景と白シャツが重なって見難い、目を凝らしてようやく男が着ている服が分別出来た。


「え、え~と…。どちら様でしょうか?」


 先程まで誰も居なかった空間に現れた存在に警戒心を露わに尋ねる少年。しかし、彼の顔はこわばり、心臓は今にも破裂しそうなぐらい心拍数が跳ね上がっている。


「お前が今答えを言ったじゃないか?」


 少年の目の前に現れた者は少年の気持ちに毛ほども関心を持っていない様子で答える。


「え?え、え?じゃ、じゃあ。か、神様?本物の?」


(神…様なのか?信じ難い、でもココは夢の中。夢の中。僕は今夢の中にいるんだ!)


 冷や汗が噴き出る。夢の中なら早く目覚めて欲しいと強く拳を握り、願い両目をギュッと瞑る。しかし、どれだけ経っても状況は変わらない。


「もう良いか?夢だと現実逃避するのは結構だが、早くしろ」


「――ッツ!?」


 神と自称する者に全て言い当てられ、やっと今の状況が現実だと理解させられた少年。


 震える体を両手で抑え、真っ白になりつつある頭をフル回転する。ドクドクとした心臓音を耳で感じる。やっとの思いで少々落ち着いた少年は目の前に立ち塞がる神に尋ねる。


「僕は、僕は…どうしてココに?」


(一番知りたい情報はこれだ!何故何も取り柄が無い僕が…?)


「知らん。お前が勝手に迷い込んできた」


(ええぇー!!それだけ!?もっと具体的な説明が…)


 気の抜けた風船玉のような返事にズッコケる少年。今更ツッコミを入れても状況は何も変らない。少年も十分に理解している。それでも文句の一つも言いたくなる。それが人間の性。


「さて、川崎流星」


「え?」


 神にいきなり本名を呼ばれた少年、否『川崎流星』は驚き男の顔をまじまじと見つめる。少年の瞳には何故自分の名前を知っていると疑問が脳内に浮かんでいる。それと、よく見れば何時の間にか男性の手には真っ黒な開いたバインダーを持っており、何かを読んでいた。


 色々聞きたそうにしている流星の視線を気にもせず神と名乗る男は淡々と続けた。


「出身星名、地球PFー12。名前、川崎流星。生年月日、天令21年7月26日生まれ。身長166㎝、体重は57キロ。公立高等学校2年生。趣味は映画鑑賞と切り絵収集。家族構成、母川崎アカリ39歳と、妹川崎星姫13歳の三人家族。父親は4歳の頃に愛人を作り家を出てから母の手一つで育ってきた。性格、弱気で優柔不断。その為中学から虐めを受けている。だが、虐めの標的が家族に及ぶ際には荒々しさを表に出す。当たってるか?」


「はい…その通りです」


 プライバシー保護全無視の情報に苦笑いを浮かべた流星はもう、どうにでもなれっと諦めた表情で頷いた。しかし、男の次に放った言葉で凍り付く。


「ある日買い物の帰り道、後を付けていた虐めの主犯と取り巻きに廃墟に連れ込まれ暴力を受ける。その際主犯が振りかぶったバットが頭に直撃し、打ち所が悪く脳卒中を起こしそのまま絶命。享年16」


「え……」


 流星は目の前の男が何を言っているのか理解出来なかった。認めたくない、信じたくない、嘘だ、と内心念いながら。口がパクパク金魚みたく開く。乾いた唇から言葉が上手く出てこない。


「う、嘘ですよね…僕が、死んだなんて。か、神様も冗談が言えるですね。あ、あはは、は」


「うん?どうやら記憶に残っていないようだな。脳に強い衝撃を受けて一部の記憶が飛んでいるのか。ま、人体の医学には興味が無いが」


「質問に答えてくださいッ!」


 遂に我慢しきれなかった流星が叫んだ。冷静には居られなかった、なんせいきなり知らない場所に辿り着き、見知らぬ男から彼の情報を暴露され、最後には死んだと無表情で語る男に恐怖を抱いた。


「俺に言われても。此方の神界に足を踏み入れたのは川崎流星、お前だ。俺は只与えられた神の役目を全うするだけ」


「なっ!?」


 何で無責任なんだ!!と言いかけてやめる。相手は人智を超えた神、人間の感情など気にも留めない存在。


「それじゃお約束らしい異世界転生の時間だ」


「転生…?元の場所に戻してくれるんじゃないのですか?」


「異空間の膜を破って異世界の神界まで入り込んできたんだぞ?それに、一々地球まで送り返すのも面倒だしな」


「面倒…」


 流星はその場に項垂れた。止まらない涙が真っ白の地面に吸われる。


「じゃ、魂の浄化と記憶の消去して…と」


(母さん、星姫。これでお別れかな。勝手に死んじゃってごめんなさい。例え僕が異世界で生まれ変わっても絶対に忘れないよ。さようなら)


 全てを諦めた流星はなすがままに受け入れた。男の言葉が段々薄れて耳に入ってくる。自らの手を見ようと視線を下へ向ければ肘から先が消えている。足も薄っすらとしか見えない。


「新しい人生を」


 その言葉を最後に彼の意識は永遠の闇に消えていった。



 流星を魂を浄化、ショウの管理する世界へ送り届ければ、二人目も同じように魂を浄化し終えた真っ白な神界に一つの人影が立っていた。


 星の管理者であるショウは何処かに念話を繋げる。


『メル、今話せる時間あるか?』


『あっ、久しぶりパパ。急にどうしたの?』


 念話の正体は地球を管理する女神メルセデス。ショウと神々の中でも珍しい超位神の間に生まれた娘。


『メル、わざと此方の神界に日本人の魂を送ってきたんだろ?』


『え~何のこ~と~』


『はぁ、俺もあんまり構ってやれなくてごめんな』


『…ううん、私こそごめんなさい』


 そう、これは全て娘が仕掛けた出来事だった。


『娘に構ってやれない俺の責任だ。自分を責める事は無いよメル。どんなに年月が経とうとお前の事は愛しているし、愛情が薄れる事は絶対に有り得ない。もっと俺に我儘を言っても良い、甘えても構わない、俺は全て受け止める』


『パパ…、うんありがとう。私もパパを愛しているわ。純粋な、何処まで続く銀河に流れるミルキーウェイより大きく。私がパパを想う愛が歪んでいるのも知っている。感情をコントールされてもパパを愛する気持ちは制御出来ない』


『何時までも俺は待っている』


 ショウは娘の女神が歪んだ愛情を受け入れた。


『ありがとう、それじゃ私の我儘を伝えるね。偶にでも良いから創造神様の神界に遊ぶに来て。私も行くから』


『ああ、お安い御用だ』


 これにて、人間の魂を巻き込んだ神々の暇つぶしは終わった。


 異世界に転生した二人の魂が未来どんな人生を送ったのかショウが知る由も無い。全く興味も湧かなかった。

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