閑話 その10 祝福された木。呪われた木
海のような草原を一頭の馬が駆け抜ける。顔面に当たる向かい風に髪が台風如く荒ぶっている。土が固められた街道の上をアレキサンダーと名付けた馬が楽しそうに全速力で走る。
ミスリスで作った蹄鉄はどうやら気に入った様子。ミスリス製の蹄鉄など俺の他は持っていないだろう。もしくは例えミスリスインゴットを手元に持っていても、蹄鉄に使うなど考えないだろう。
「もっと、早く」
「ヒヒィ―ン!!」
馬の横腹を蹴り速度を更に加速させる。ワイバーンの革を使用した鞍に詰めた吸水性の優れるクッションが尻に来る衝撃を和らげてくれるので苦痛をまるで感じない。
神界で乗馬を習っていて良かった。初めの頃なんかは馬にまたがろうとすると暴れて、何度地面に叩き付けられたか。
生物を司る神が仲裁に入ったお陰で何とか乗れるようになった。
時速150㎞を超えて更に早く走る。馬に回復魔法を掛け続けているのでバテる心配は要らない。それでも今の速さでも異常なのか、通り過ぎる歩行者や畑で汗水流す農民達の驚きあまり目が飛び出す様子には少し笑ってしまう。
俺の格好は白シャツにズボンは黒のスラックス、靴は軍用コンバットブーツを履いたとてもラフな身なりだ。
魔物と盗賊が蔓延るこの世界では絶好の餌食だが現人神には関係無い。
今日は気分転換に奴隷も連れず一人旅を味わっている。目的は思うが儘に、神眼も使用せず道が示す先を進む。
ナビリスからは晩御飯前に帰ってこい、と言われているので帰りは瞬間移動で屋敷に帰宅するつもりだ。
暫く全方向に広がった平野の風景を堪能していると何時の間にか木製の柵で周りを囲んだ村が見えてきた。柵の先は鋭く尖り、村の入り口で佇む二人の衛兵が槍を脇で挟み、兜を扇子のように煽っている。
「どうどう」
兵に姿を見られる前に手綱を短いテンポで二回引き、馬を速度を落とした。
暫く馬を進めると、やっと俺の姿が目に入った衛兵の一人がにこやかな笑顔で近くまで来た。
「やあ、旅の者。ようこそワインの産地、シュヲットヴェイン村へ!大層な村の名前だが気にしないでくれ。もし小腹が空いていたら村の中心にある食堂に寄ってみてくれ、近くの湖でしか捕れない新鮮な魚類を使った料理は絶品だぞ」
「フレイフィッシュのムニエルに、この村で作ったワインは絶妙に合うんだよな!旅の者も是非内で作ったワインを飲んでみてくれ!」
槍を持った二人の衛兵が大袈裟に村の長所を語り始めた。どうやらこの村を愛しているようだな。
それに湖にしか生息しない魚が気になる。もし本当ならば、ナビリスと銀弧に良いプレゼントになるだろう。
「分かった。必ず寄ろう、これはお礼だ」
ポケットから取り出した銀貨を一枚づつ渡す。
「お、おお。ありがとう!」
照れながらも礼を言う兵に頷き、手綱を引いて村へ踏み入れた。馬に乗りながら緩やかな速度で村の風景を眺める…。先の衛兵が言ってたように斜面一面に植えられた葡萄畑がびっしりと育っている。
それと…何というか、村人全員のテンションが高い。平屋を数える限り村人の人口は凡そ700人程度。決して豊かな暮らししていないが、王都や他の都会等に必ず居る物乞いらしい者も見渡らない。村全体で助け合っているのか。
馬に跨りそのまま村を進むが、不思議な事に冒険者カードすら提示していない余所者の俺に優しい、異様に優しい。思わず神眼で思考を読みたくなるが殺気は感じられないので相槌を打ちながら衛兵にお勧めされた食堂へ向かう。
食堂の手前に設置された馬水飲み場にアレキサンダーが逃げ出さないよう縄を傍の小屋の柱に括り付ける。子供が馬にちょっかいを出しても逃げないように。縄を容易にほどけない程結ぶとサドルバッグに挿していた鞘に収めた剣を取ると腰の帯刀ベルトに差す。
「鞄を盗もうとする輩がいたら容赦無く反撃しろ」
「ヒヒィーン!」
アレキサンダーに一言伝え彼の返答に綺麗に揃えた鬣と首を一撫でし、年季が入った傷だらけの扉を開いた。
「いらっしゃいませ~!」
「いらっしゃい!メニューを持ってくるから空いてる席で待っておいてくれ!」
食堂の内部は特に語ることも無い何処にもありそうな酒場だ。しかし、村に一カ所しかない大衆食堂らしいのか店内の広さはまあまあ在る。木製の長テーブルに粗末な椅子が設置され、今が一番客が利用する時間帯なのかエプロンを付けた恰幅の良い女将が忙しそうに切り盛りしている。
食堂で働く若い娘に夢中の男衆のデレデレした顔を見る限り、彼女を目当てに食べに来てる者も多いのかもしれない。
「おまちどおッ、フレイフィッシュをこんがり焼いたフライにベーコン入りのマッシュポテト。飲み物は店お手製のワインだよ」
適当に空いている席に座りメニューを持ってきた女将に注文を頼んでから15分後、望みの料理が運ばれてきた。チップとして銅貨5枚を渡して早速フレイフィッシュのフライにウォークを突きつけると口に入れる。
「湖で捕れた魚にしては思えない美味しさだ、それに…このワインも美味い」
「はっはっは!そりゃあそうだろ旅人さんよっ!この村唯一誇れる湖から捕れる魚だぜ!海魚にも負けを劣らない!っま海魚なんて高級品一度も食べた事はねえけどよ!」
「「「がっはっはっは!」」」
零れた言葉に斜め前で食事を取っていた農夫が自らの村を誇るように湖の事を語り始めた。彼のジョークに周囲で農夫の話を盗み聞きし、ジョッキに入ったワインを飲んでいた村人達から笑いが起こった。丁度良かったので彼に話を聞いてみる。
「湖か…そう言えば村の入り口で待機している衛兵も湖の事を言っていたな」
「ああ、トロイとルボローンの二人組だろう。っま、この村を進んだ先に奇跡の大湖と呼ばれる透明度が高い湖があるんだ。そして、湖の奥部には湖を全体見渡せる丸味のある丘に生えた樹木は祝福された木として伐採を禁止しているんだ。旅人の旦那も気を付けな」
黄色い歯を見せてニヤァと俺に笑いかけているが目は笑っていない。もし俺がその、祝福された木を討伐しようとすれば村一丸となって襲い掛かってくるだろう。
「そうか」
それだけ言うと、出された料理を食べ終わりワインを飲み干すと視線が集まった食堂を後にした。
「旅の者!少し待ってくれねぇか!?」
その湖の話を聞いて興味は向いた俺は早速アレキサンダーに跨り奇跡の大湖へ進んでいると、突如斧を肩に担いだ男に呼び止められた。
「どうした」
敵意や殺気は感じないので足を乗せた鐙から外し地面に降りた。男は村の中でも貧しいのか茶色に汚れた布地の服、無造作に頬まで生えた髭、斧を持った腕は切り傷だらけ。生活魔法を使えばもう少し清潔感が出るのだが。
街道の傍に停めた荷車には木材が重ねて置かれている。木こりか…。
「もしかして高位な冒険者様ですか?」
腰に下げた剣を見て俺の職業を見破ったらしい。何か助けて欲しい依頼でもあるのか?
「ああ、冒険者のショウだ」
いちいちランク等説明するのは面倒なのでポケットからAランクと示された冒険者カードを見せた。
「おおーお!それは良かった!良かった!正に幸運だ!高位な冒険者様、どうか手を助けてくれねかけろ?」
「…依頼があるなら冒険者ギルドに依頼申請をすればいいじゃないか?」
「貧乏の木こりにはとても払えないんだ…」
「まあ、話でも聞こう」
「おお!本当けろ!?良かった!良かった」
今日の暇つぶし代わりに依頼を詳しく聞くことにした。
「成る程…つまりお前は祝福された木と呼ばれる樹木は実は呪われた木で、一刻も早く木を切り倒したいと。しかし」
「んだ。ただの貧乏な木こりの俺には呪われた木に斧を振るっても傷すら付かなかったんだけろ」
…祝福された木に呪われた木か。段々と面白くなってきた。結局俺はその依頼を受けることにした。報酬は出なかったが俺の退屈しのぎにはまさしくピッタリな依頼だった。
こうして俺の日常は過ぎていった。
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