閑話 その9 闘技大会後の勇者
「これは模擬戦です勇者リク殿。遠慮なく掛かってきてください。負傷の心配はしなくても大丈夫です、私達の付けた身代わりの具が身を守ってくれます」
「はい!お手柔らかにお願いします!」
王城の敷地内にある兵士達の訓練場。真夏の日差しを直接当たられ全員が平等に汗を流し、兵の世話係が忙しくタオルや冷たい飲み物を渡し回っている。…この広い訓練場を掛け走るのはとても大変そうだ。話によるとこの他にも兵舎が郊外に存在するらしい。一度はこの目で見てみたいものだ。
流石に国王の剣と盾である近衛騎士は訓練場に参加していないが、ある一角では豪華な鎧に身を守った騎士達が激しい攻防を繰り広げている周囲を囲む見習い兵士達が目を輝かせて尊敬の念で観戦している。
歴史を紐解けば、王族であろうと軍事訓練は容赦ないのがランキャスター王国の古からの習わし。
軍に入れば身分が高いからと言って試験で優遇されたり、訓練を免除されることもないらしい。このシステムは建国した初代勇者からの教えなんだとか。
仲良くなった騎士に理由を聞いてみると、戦では貴族も平民も関係ない、実力が試されるという。戦争ともなれば過酷な訓練をこなしただけ生存する確率が上がるから。故に実力を持つ者なら平民でも、冒険者でも、何族でも、一定の名誉が与えられるらしい。
召喚された帝国とは大違いだとその話を聞いた時、そう思った。
「陸君~!頑張ってぇ!」
「貴方の力を見せつけなさい」
「陸ッ!大事なのは足の動きだ!腕より足に集中しろ!」
剣を構える僕に応援をくれるパーティーを組んでいる仲間に思わず手に力が入る。一定の距離を置いて僕と対する騎士の男性は刃を潰した訓練用の武器を隙が全く無い構えで初撃を待っている。
人の命を奪う事が出来る武器を手に持って半年しか経っていない僕は目の前に立つ騎士を観察する。彼の防御を崩す事は困難だ、一撃も食らわすことも出来ないだろう。しかし、どれだけ敗北を重ねようと…絶対に強くならなきゃいけない。恋人を守るため。日本と違って命が軽いこの異世界を生き残る為!
「行きます!――ッやあ!!」
そして馬鹿正直に剣の先を訓練相手の騎士へ向けて地面を強く蹴った。
何故、闘技大会も終わり帝国に帰国せず王城に残っているか?それにはちゃんとした理由がある。
…理由と言うよりも単なる僕たちの我儘なのかもしれない。
それは…闘技大会の試合が全て終了し、晩餐会で慣れていないお酒を飲まされた翌朝、身体を起こそうとすると頭に鋭い痛みが走るが這いずるように泊まる部屋に設置されたバスルームへ行き顔を洗う。前髪が濡れたまま、クラスメイト達が集まる食堂へ向かうとそこは騒がしかった。叫んでいる元凶は煌斗君だ。
「頭に響く…。悠真、この状況は何?」
食堂に響く金切り声に頭痛を感じながらも同じパーティーメンバーがいる丸テーブルに腰を落とし悠真に尋ねた。
「ああ、煌斗の野郎がショウさんと再戦させろと突っかかってるんだ。昨日の敗北は力を使い過ぎて万全じゃなかったて」
「なんだそれ…」
何故だか無性にムカついた。圧倒的な実力差を見せつけたショウさんに口答えするなんてっ!怒りが徐々に湧き出しそうだ!
「陸君落ち着いて、顔怖いよ」
「あ、ご、ごめん…。まだ昨晩のお酒が残っているせいかな?平常な気分でいられないや」
僕の隣に座っていた茉莉が僕の瞳をのぞき込むように話に割ってきた。彼女の言葉に感謝しながら僕は冷静を取り戻す。
「煌斗君落ち着いてください、皆さんの迷惑になりますよ!」
僕らの教師である前田先生が彼を戒める。それでも彼は止まらない。
「あのショウ、とやらに不意打ちされた!僕は勇者代表としてクラスメイトを日本に帰すと言う大きな義務がある!単なるAランク如きに遅れを取ってはならないんだ!」
「煌斗君が皆の為に心骨を注いで頑張っているのは知っています。だからと言って一般人であるショウさんに突っかかってはなりません!もって冷静に考えてください」
「僕は前に進まなきゃならないんです!心を閉ざして帝都で待っている他の仲間の為、日本で待っている家族の為!ショウはこの僕が倒す敵なんだ!」
「そんな野蛮な事は言わないで下さい!それよりショウさんを仲間に加える事を考えてください!」
「…っは!綺麗な手のまま、レベルもスキルが低い先生が何を言っても無駄です!年上だからって真なる勇者の僕に口答えしないでください」
「ッツ!きょ、教師に向かって何て事を言うの煌斗君!!」
話は平行線だ。ついでに煌斗君の取り巻きも先生に批判し始めた。一丸となって魔王を倒す筈がバラバラだ。
「ごめん、二日酔いが酷いから部屋で休んでるね」
「…うん。何かあったら呼んでね」
「飲み過ぎには気をつけろよ」
無性にこの場から離れたかった僕は席を立ち、廊下へ繋がる扉を開いた。
それから広くて長い廊下を行く当ても無く歩いた。僕の姿を見かけた兵士や城で働くメイド達に挨拶をしながら廊下を進む。
「あ…」
「ん?お前は勇者リク、と言ったか。晩餐会ぶりだな」
頭を悩ませその気のままに進んでいると、女性騎士に守られた女性と目が合った。本物のお姫様、第三王女エレニール様。
人間離れした美貌に軍服の上からも分かる完璧なスタイル。太陽を彷彿される緋色の目。そして、ショウさんの婚約者。
普段は凛としている彼女だが、昨晩ショウさんと話す彼女は正に恋する乙女だった。大国の王女様に話しかけられ思わず背筋を伸ばす。彼女から発せられたオーラは半端ない。
「は、はい!招待してくださってありがとうございます」
僕が出来る精一杯の敬語で話す。日本にいる頃まさか一国の王女様とこう話すとは夢にも思わなかった。
「そうか、楽しんでくれたなら開催した甲斐がある。それでこんな所で何をしている?」
守衛の女性騎士が「姫様」と言い止めるが、エレニールさんが手で制した。そして僕を睨み付けてくるが、僕は大きな声で無実だ!と反論したい。
「えぇっと…」
廊下のど真ん中で他の邪魔になるが僕が先程の状況を伝えた。
言い換えによっては仲間の裏切り行為と取られるかもしれないが、僕等は国王様の慈悲によって城を使わして貰っているんだ。それに、このままほったらかしてたら煌斗君が暴走してショウさんに襲撃を仕掛けるかもしれない。
「そうか…」
僕の話を全部聞いてくれたエレニール様が腕を組み口を真一文字にして思案にふける。腕の上に乗せられた豊満な胸に視線が向かわないように我慢する。
「分かった。話してくれて感謝する。この件は私に任せてくれ」
「は、っはい!」
少し挙動不審になりつつエレニール様の提案に激しく顔を上下に振りながら返答する。
「それと、もし貴殿が強くなりたかったら訓練場へ行ってみると良い。帝国に帰国まで日にちは残っている。騎士に話を付けておこう」
爆弾の残した彼女はそう言うと優雅な立ち振る舞いで去った。一人廊下に残された僕は暫くの間呆然としていた動けなかった。
色んな事があった次の日、僕は訓練場へ足を踏み入れた。あの時はいきなりで驚いたが、よくよく考えてみれば強くなるチャンスだと思った。僕以外にもパーティーメンバーをここに連れてきた。一人じゃ寂しいからね。
「っはあ!」
距離を詰めた僕は剣を振り下ろす。ダンジョンに挑んでレベルも上がった今なら勝利は出来なくとも、苦戦はするかもしれない。そんな思惑を持ちながら。
僕の攻撃は楽々止められ、足を後ろへ下げた騎士は流れるように軽やかな動きでバランスを崩した僕の首筋に剣を置いた。瞬殺だった。
悔しい…!広がる差が嫌になる、投げ出したい。でも、それは出来ない!レベルを上げても魔法が覚えられない無能の僕が出来るのは諦めずに挙げ句こと。
「もう一本お願いします!」
それから日が暮れるまで僕は訓練に取り組んだ。
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