第86話 本戦 その11

『正真正銘、伝説対伝説の対決!どちらが勝利するかはこの私さえ予想不可能!両名位置に付いて…レディー!ファイッ!!』


「我に炎の加護を『フレイムエンチャント』!」


 開始のアナウンスが流れ先手に動いたのは黄金に輝く聖なる鎧に身を包んだ勇者アキト。

 火魔法を唱え、彼の右手に持つ鉄製のロングソードに火属性のエンチャントを施す。ゆらゆらと揺れる炎が剣の周りを燃えている。その火から散った火の粉が使用者の手首にヒシヒシと当たるが、彼は全く熱さを気にした様子が無い。


「では、行きます!」


 ご丁寧に攻撃の掛け声を相手に言う礼儀正しい勇者アキトは一言だけ吠えると、ステージ台を強く踏み込んで一直線に飛び出してきた。武器を両手に持ち、下から振り上げる斬撃。


 素早い速度で向かってくる勇者アキトに対するシエルは今居る場から一歩も動かずに右腕を前に上げ始め、胸の所で止まると。そのシュッとした形の良い唇が開いた。


「風よ『ウィンドウォール』」


 丁寧に発した魔法を唱え、彼を守る風が一か所に集中した防壁が目の前に生成される。


「っはあ!」


 他の魔法使いより格段と短縮された詠唱の短さに驚きを見せる勇者だったが、彼は攻撃を止める訳は無く風の壁事断ち斬ろうとエンチャントで炎を纏う剣で豪快に斬り上げた。

 幻影のように鮮やかなオレンジ色の斜め線が風の壁に貼り付くが、シエルの魔法は破れない。


「もう一発!っはあ!!」


 一撃で壁の防御を破れなかった事に気にした様子を見せない勇者は、そのまま頭上に上げた両手を今度は真っすぐに振り下ろす。


 二撃目で消えるように切り裂いた風の壁だったが、その向こうに居たはずのシエルが彼の目から消えていた。


「何処にー、ッツ!?」


 咄嗟に魔力探知を発動し、周囲の流れる魔力を探ろうとした瞬間。背後から微かにマントが揺らめく風の音を聞き取り、直感を信じ即座に体を捻じって直前まで迫ってきてた回し蹴りを武器を持たない左腕で防ぐ。黄金に輝く聖なるガントレットで防御しと思った勇者、次の瞬間防いだ左腕から激しい衝撃が走り、思わず後方へ跳躍した。

 空中で一回転してから床に着地していた彼は蹴りを防いだはずの左腕を一目確認する。表立って目に認識できる傷は無いが先の衝撃で手が痺れ、震えている。


「…驚きました。てっきり純粋な魔法使いだと思っていたのに、体術にも長けているなんて」


 手の痺れが収まり数回、五本の手の指を折り曲げたり開いたりする勇者アキトは、追撃をして来なかったシエルに声を掛ける。


 彼が呟いた言葉にいい気分になったシエルは、腕を組み、満足気に数度頭を頷く。


「うん、うんビックリしたでしょう。まあ、長い年月を過ごしていると数多くの興味が出てくるんです。体術は最初苦手だったんですけど頑張ってスキルレベルも上げたんですよ?…とまあ、お喋りはこれぐらいにして置いて」


 そう言い終えたシエルはローブの懐から一つの球体を取り出した。その球体は卵のような形状をしており、半透明の硝子らしき素材が使用されたである球体の色は薄い虹色。薄虹色輝く球体の中から見える独特な魔方陣が描かれた魔石が埋まっている。


「ルーン発動」


 軽く上空へ放り投げ、ボソリと仕掛けを起動する言葉を口にする。すると、上空に投げれれた球体は一段と輝きを放つと、ピタリと空中で停止した。

 いきなり見たことも無い物体を上へ飛ばしたシエルに、怪しげな表情で観察していた勇者アキトであったが。空中でシエルが投げた物体が停止すると、警戒するように剣を構えた。魔力を籠め何時でも魔法を唱える仕込みを行う。


 薄虹色の輝きがより一層青白い光を発し、球体の表面に奇妙で複雑な模様が浮かび上がる。


 浮かび上がった模様に沿って流れる光は高密度の魔力が集まった現象で、観客席に座った観客達にも川の波のように流れる魔力の輝きが目を引き寄せる。更に球体から魔力で出来た一対の羽が生えてきた。まるで動物の姿にも見える。


「フクロウ二号、敵を撃て」


 生き物に近い動きを見せる球体に警戒しながら剣を構える中、勇者の耳にシエルの声が入ってくる。


 フクロウ二号と呼ばれた球体は主の言葉に従う如く、その物体を中心に光が閃光が集まり始める。その光景に何処か恐ろしさを本能で感じ取った勇者が咄嗟にその場から、横へ跳躍する。


――ジュゥン!


 眩しい光が集まった球体から相手へ向かった高熱のビームが放たれた。しかし、危機一髪で動いた勇者には当たらず。彼が直前まで立ち止まっていた場所にはビームが当たったステージ台はドロドロに溶け、強烈な熱さを感じる。


「これならっ、どうだ!」


 遠距離対決は分が悪いと瞬時に理解した勇者アキト。それならばと、地面を強く蹴り出すと同時に剣を振るう。


「『短距離転移』!」


 剣を振りながらシエルの背後に転移し、目の前に現れた無防備の背中に向けて斬撃を放つ。


――ガンッ!


 しかし、剣がシエルに当たる直前でフクロウ二号と名付けられた物体が守るように移動し勇者の攻撃を受け止めた。


「風の刃よ『ウィンドカッター』」


 虹色に輝く物体に攻撃を止められた瞬間、勇者は信じられないと言わんばかりに目を見開いて一瞬固まった。その初心者丸出しの隙を見逃さないシエルは不可視の風の刃。風魔法ウィンドカッターを放つ。


 ほぼゼロ距離で放たれた魔法が鎧に直撃し、勇者アキトは受け身もとれずステージを無様に転がった。

 彼の姿に観客席で見ているクラスメイト達の悲鳴が会場に聞こえてくる。


 攻撃を直撃した勇者、誰もが試合の決着がついたと思ったが、帝国から貸し出された聖なる鎧に込められた魔力のお陰で首から下げた魔道具は無事であった。


 大したダメージは無いので直ぐに立ち上がる勇者アキト。彼の表情には苛立ちを隠せないでいた。


「勇者の一撃を防ぐなんて、とんでもない防御力だ。…せめて聖剣さえ使用出来れば」


 攻撃を当てれなかった事実に思わず武器のせいにする。誰にも聞かれないように小声で呟いたつもりだったであろう、しかしエルフ族のシエルの耳には全て丸聞こえだった。


「(確かに勇者の得意武器、聖剣。それを使えば先の攻撃も私に届いたでしょう。でも、これは闘技大会であって殺し合いでは無い。それを彼は理解しているのでしょうか?)」


「まだまだこれからですよ。敵を撃て」


 石製の台をも溶かすビームが放たれるが、ステータスが高い勇者に躱され当たらない。


「その攻撃は既に見切った!」


 一点に集まる光線を見極め、光速で放たれるビームを回避する勇者。彼の表情には余裕の様子は見受けられない。


「水の槍を『ウォーターランス』」


 シエルに気にした様子は見せず。遠慮なく『ウォーターランス』を放つ。空中に現れた十本の『水槍ウォーターランス』が次々に相手へ向かって飛んでくる。


「『火壁ファイアウォール』!」


 詠唱も無しに魔法を唱えた勇者の正面に火の壁が出現した。十本の『水槍ウォーターランス』は続々と火の壁にぶつかり全て情火された。


「ほほ~う。詠唱無しで魔法を唱えるとは勇者殿は優秀でありますね。でも、君が火壁ファイアウォールを使うと予想していましたよ」


 十本の水槍ウォーターランスを火の壁で消滅させた際に吐き出た白煙が目の前の視界を遮る。


「フクロウ二号、土を『岩弾ロックバレット』」


 すると煙るの中から移動していた球体が現れ、茶色の魔方陣から大礫の岩が撃ち出される。


「っしゅ!」


 向かってきた岩を剣で真っ二つに斬り落とし、岩の背後に隠れていたシエルへ鋭い気配を研ぎ澄まされていく。


「この技は出したく無かったんだけど…闇を打ち払う聖なる力を我が元に全てを薙ぎ払え『エクスカリバー』!!」


 右足を後ろに引き片足を曲げる。体を捻じり、左腕を前に出した。剣を持った右腕は突きを放つ構えを取り、ロングソードに纏う魔力が爆発的に膨れる。真なる勇者のみ与えられた力を敵に向けて放った!


 突き出した剣先から全てを飲み込む光線がシエルに被さる。不思議な事に彼は何も行動を起こさなかった。ただその場でジッと立ち止まったまま。


 勇者が放つ光線は会場に張られた結界にぶつかり、激しい衝撃が結界を叩き思わず見入っていた観客達の背中に冷や汗が流れる。


 消滅するように消えた光線の中から何故か両手を大きく広げたシエルが立っていた。彼の足元には粉々に壊れた魔道具の残骸が落ちていた。


ーーこれで決勝の二組が決まった。ーー



 その頃、とある貴族用観客室では。


「あのエルフ族、わざと当たりにいったな」


「そうね、感動した顔を見せているし。エクスカリバーの威力を知りたかっただけね。それと魔道具の効果も」


「飛んだ変態だな。俺は珍しいルーン魔法をもっと見たかったが、残念だ」


「ふふふ、きっとあのエルフは近々ショウに会いに来ると思うわ。新型魔道具開発者として」


「彼が屋敷に訪ねてきたら俺の所まで通して構わない。俺もルーン魔法には興味があるからな」


「ふふ、分かったわ」


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