第85話 本戦 その10

 パワー系デトロア対召喚術士アルルの試合が終わってもなお、一段階上所した観客の熱気が今もとどまっていた。観客に釣られて司会の人気美人アナウンサーもテンションの暑が上がる。


『さあ!さあ!さあさあぁさぁ!やってきましたよ!!準決勝最後の試合!瞬き厳禁!一秒も目が離せない戦い!どちらがもう一つ残った決勝への切符を得るのでしょうか!?ええ、私も待ちきれないので早速選手の紹介をしますよ!ええ、しますとも!!。先に紹介する選手は彼、ここまで困難無くばっさばっさ相手を降して来た黄金の鎧を纏う異界からの挑戦者!そして~使い手はもはや居ないと言われてきた幻の魔法属性「空間魔法」を操る姿は正に!伝説の存在!勇者~アキト選手!!!』


 観客の歓声に金ぴかに輝く聖なる鎧に身を包んだ勇者代表、アキトはゆっくりとした足取りでステージの中央付近へと降り立つ。風で乱れた髪を左手でかき上げ、反対の手に持ったロングソードを肩に担ぐ。金糸で刺繍された真っ赤なマントにとても似合う風格に、会場の女性観客達のハートを根こそぎ奪ってしまうであろう整った見た目。三回戦での試合で空間魔法をお披露目してから、周りからの注目もより一層増えていた。


 特に王国の貴族や王都に本店を持つ大商人から。


『伝説の勇者に挑むシード選手をご紹介したいと思いま~す!…闘技大会合計優勝回数は驚異の50を超え、その名を知らぬ者はおらず。更にこの大陸だけでは収まらず!広大な海を挟んだ南大陸、そして東大陸にもその圧倒的な存在を知らしたルーン魔法の使い手!ランキャスター王立学園長の席を長年守り続けてきた彼の実力に勇者はどう立ち向かうのでしょうか!?『魔導士』シエル・ロンベル!!』


 名前を呼ばれて一人の人物が選手用出入口から姿を現す。


「シエルルルゥ!あの若造に礼儀ってもんを教えてやれえ!!」


「きゃあああああ!シエル様!!本物のシエル様よ!」


「シエル様!こっちを向いてください!!」


「はうぅ、今年のシエル様もとてもお美しいわ。そのお姿はまるで絵画の中から飛び出してきた神秘の薔薇に囲まれた貴公子」


 その瞬間、闘技場がまるで爆発したと思うほどの声援が響き渡る。特に女性観客からの黄色い声援が凄まじい。良く確認すれば普通席に座る観客達だけでは無く、貴族席に座る貴族令嬢達。更には王族室で観戦している第四王女ティトリマと、その妹アンジュリカも大きな声は出していないけれども洗練された上品に拍手を送っている。それだけでシエル・ロンベルの心柄が分かる。


「せーのっ!」


『学園長!!!』


 声援が広がる中、闘技場の一角から学園に通う生徒たちであろう制服を着た思春期真っ只中の男女の揃った応援が聞こえてくる。

 生徒からの喝采に気づいたシエルも愛想良く笑顔を振りまきながら彼等に向けて手を振った。すると、声援がひときわ大きくなる。


 今の状況を既にステージ台で待っている勇者アキトは面白くなさそうに顔を顰めるがそれも一瞬だけですぐに元の表情に戻った。彼の歪んだ表情を気づいたのは二柱の神と銀狐を含めた三名のみ。


「こんにちは勇者殿。ランキャスター学園の長を務めておりますシエル・ロンベルと申します。どうぞ、気楽にシエルとお呼びください」


 ゆっくりとステージに姿を現したシエルがジッと待機している勇者に声を掛ける。

 柔らかな口調で声を掛けられた勇者アキトは相手の顔をよく見る。


 シエル・ロンベルはエルフ特有の長耳に、真っ白い肌に金髪が煌く美丈夫。エメラルドグリーンに輝く、男性とは思えない背中に流れるような長髪。エメラルド色の瞳を宿す切れ目は異性だけでは無く同性すらも魅了するであろう。外見だけ見ても、とても二百年以上学園長に携わる年齢には見えない。


 そんな彼の格好は装飾品が散りばめられた豪華な純白のローブとエメラルドに輝く大きなマントを羽織り、腰に巻いた竜の革で作られたベルトポーチには綺麗な輝きを見せる属性魔石が数個入っている。

 両手には魔方陣が描かれた手袋をはめ、手先から伸ばしたミスリル製のチェーンが手首に巻き付いている。


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いしますシエルさん」


「ええ、ところで――」


 するとシエルの目が大きく開き、瞳が興奮した風に輝き始めた。注意深く見れば気持ちの高ぶった表情をしている。


「勇者殿は空間魔法を使えるのですよね?もし良かったら詳しい情報を教えてくれませんか?」


 突如雰囲気が変わったシエルに少々引き気味の勇者アキト。彼からの質問に色々考えたが最後には顔を横に振った。


「すみません、今は説明出来ません。俺の空間魔法も一応対魔王に向けての力なんです。…けれども、もしシエルさんが俺達勇者と一緒に魔王討伐に参加してくれるのでしたら教えます」


 今度は勇者からの提案に腕を組み、考える素振りを見せるエルフ族シエル。


「(異界の勇者とは言え帝国の人族がエルフの私に魔王討伐の協力関係を求めてくるとは、ふむふむ。勉強不足ですね。そんな事も知らない者が今世の勇者…いえ、前回の勇者も同様に魔王を討伐したいとおしゃっていましたね。相変わらず帝国は面倒で頑固な国ですね、子供でも知っている基礎知識ぐらい教えても問題無いはず)」


「残念ながら、この私も意外と忙しい身でして。長い間学園を開けることは出来ないのです」


 内心は違えと、表面では非常に残念そうな顔を見せるシエル。

 拒否の返答を貰った勇者だったが、彼に気にした様子は無かった。


「いえ、いえ。俺も無茶なことを聞いたのは理解しておりますから。それに、例え真なる勇者の俺一人でも必ずこの手で魔王を倒してみます!」


 拳を強く握り、そう高らかに宣言する聖なる鎧に身を包んだ勇者。


「なるほど、立派なお覚悟ですね。では私からも勇者殿の無事を祈っております」


「(若さ…ですかね。真実を知らない可哀想で無知な子供。私が魔界の事を教えても良かったのですが、王族から口封じをされていますので残念です。無知な事は決して愚かではありませんが…それよりもこの魔道具が気になりますね)」


 内心ため息を吐いたシエルだったが、彼が次に興味を持ったのは大会側から渡されたネックレス型の魔道具。彼は既に現存している身代わりの魔道具の開発に関わっていた時期もあり、新たに製作されたこの魔道具に興味を抱いていた。今手に持っている魔道具は効果が発揮すると粉々に破壊されるが、国の上層部にコネがあるシエルはこの効果が闘技大会の為に限定された魔道具と知っている。本来の新型身代わりの魔道具は効果が切れても魔力さえ籠めれば再度使える事も。そして、その発明者の名も…。


「(何度見ても美しい魔方陣。どの角度から調べても私以上の知識、そして技術を持っている。ふふ、これ程興奮したのは何時ぶりでしょうか?…A級冒険者『孤独狼』のショウ、何時かお話をしてみたいですね)」


シエルの脳内メモに新たに一ページが加えられた瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る