最終章 別れと約束の再会

閑話その16 とある学生から見た新米教師

窓を透した灰青色にあぼめく朝の最初に上る光はベッドに規則良く眠った美少女の閉じた長いまつ毛を照らす。いつも通り早い時間に目が覚め、同時に意識が冴えわたり視界がクリアになった女性は毛布に包まれた幸福感が薄れてしまう。枕に広がる手入れされた髪は、まるで本物の眠り姫のように清楚で美しい。

 意識と肉体が完璧に覚醒した感じを脳に受信した女性はベッドから起きて、その男が守ってくれそうな細い腕を伸ばした。


「うぅ~ん」


 少し眠気が残った鈴の声で昨晩硬くなった体を解す。可愛らしいピンクのリボンが付いたパジャマ姿のまま、窓へ近づいた彼女はカーテンを開ける。朝の光が差し込み、部屋の床に不格好の四角い日だまりを描く。窓の外には、朝露に濡れた庭が広がり、茂った草花は枯れている。天女如き女性は深呼吸をし、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


部屋の隅に置かれたドレッサーの前に立ち、鏡に映る女性は己の姿に見惚れる。ああ、今日も美しい。

 長い髪を手櫛で整えながら、今日の予定を思い浮かべる。美少女は微笑み、心の中で『あぁ、今日も素晴らしい一日になるでしょう』と自身に言い聞かせた。


 ……さて、人がいれば誰もが振り返ってしまう程の美貌を兼ね備えた女性こと私、『ヴァネストラ・フォン・ミューストラ』は最新デザインのパジャマを脱ぎ捨て、壁に掛けた制服の袖を二週間ぶりに通す。

 深い青色で、年相応に膨らんだ胸元で輝く学園の紋章を見る度、学園で習った授業内容を思い浮かべる。


 今日は秋休みが終わった二週間ぶりの登校日、なんでも王立学園を創立した初代国王陛下が考案した千年以上前の休暇システムが現在も使われるとか。流石っ伝説の勇者様!


 制服に着替えた私はドレッサーの引き出しからお気に入りの香水を取り出し、軽く一吹き。大人しめの優雅な香りが部屋に広がり、朝の気持ちをさらに高める。


「っうん、今日も美しい私!勉強頑張るぞ」


 一人気合を入れて準備を整えた私は、軽やかな足取りで部屋を出る前に、机の上に置かれた魔導書とノートをカバンに詰め込み、寮の廊下を歩く一日の始まりを迎えた。


 …そう、英気を滾らせた私だったけど…腹が減っては魔力操作が出来ぬと賢者の教えを守ると言うことで寮の一階に設置された広大な大食堂へ赴き、本日の朝食を注文した。カウンターで注文した料理が置かれたトレーを手に取った私は、友人が腰掛けたテーブルへ行き一言声を掛けてから椅子に座った。


「ごきげんよう皆さま方。快かった秋の風が終わり、冷たい寒さの棘を感じる季節になりそうですね」


 紅茶が注がれたカップを一口飲む、そして一息吐いてから同じテーブルに集まった友人たちに目を合わせて初冬の挨拶を述べる。


「ごきげんようヴァネストラさん。今朝の急激な冷え込みに、私は嫌でも冬の到来を実感させられましたわ」

「ごきげんよう。わたくしも――」


 それから軽く一通り季節の挨拶を終えた私達は最後に顔を合わせて次第にくすぐったく笑い始めた。


「クスクス…皆、風邪も無くて安心したよ。急に気温が下がったから心配したよ」


「ね~!ホントびっくりしたよ、ストラも元気そうで何より」


「オレはずっと信じてたぜ!あの意気軒昂を形どったストラが風邪を引くなんて絶対ねーってよ!」


「ちょっと⁉私を例えるならもっと美しい言葉を選んでよね!まるで私がわんぱく小僧に聞こえるじゃない」


「フフフ、何事も無かったかに振る舞うララテオンさんも実は、ストラさんが姿を現すまで『アイツ風邪引いてないよな?引いてないよねぇ?』と心配そうにオドオド足をばたつかせたて待っていたですの」


「っバ⁉何ばらしてんだよミューサ!し、心配とかオレしてねーし」


「ありがとうグレイレン。そっちも元気そうで安心したよ」


「……おう。お互い様だ」


 素をさらけ出した口調で他愛もない世間話を果てることなく続ける私と大事な友達。大切な時間。


 学園に通える才能を秘めた彼女たちと初めて出会った7歳の入学式から高等部二年まで、一緒に同じ空間と時間を共に過ごしてきた掛け替えのない友人。時にはテストの点数を巡って切磋琢磨競い合い、時には失恋して涙を流す彼女を抱きしめ、時には美男子一位が決められず喧嘩沙汰になった。どれも大切な記憶、…やっぱり一番カッコいい男子はラグナ―君だと私、思うの!異論は認めないわ!


 コホン…話が脱線してしまうところだったわ。


「…そういや最近流れる、噂知ってるか?」


 広々した大食堂のテーブルが埋まりそうな頃、皿に盛られた朝食のオムライスをフォークとナイフを優雅に、まるで小鳥らしく少しずつ味わっていれば、キョロキョロ周囲を見回したグレイレンがテーブルに前屈みになり、小声で私達のグループにボソッと話す。


「生徒員会の姉を持つルームメイトから聞いた話なんだが――」


 前置きを省いたボーイッシュの友人は、話すのが我慢出来ないといった表情を見せながら、私たちに学園に広がる噂を教えてくれた。


「新しい剣術の先生?しかも初等部じゃなくて高等部に?」


 噂の全貌を語り終えたグレイレンに思わず驚いた私が口を開いた。発した言葉には腑に落ちない疑問を覚えていた。半信半疑で彼女を見つめるのは私だけでなく、他の皆も不可解な表情を顔に出している。


「っんあ?なんか可笑しな箇所でもあったか?」


 疑問が芽生える私たちとは対照的に、純真無垢に噂を信じたグレイレンが首を可愛らしく傾げた。


「いや、だって王立学園の剣術指導者に求められる技量はとても高いんだよ。簡単に就ける仕事なの?」


 私が語った事情は決して間違っていない。実際毎年、学入学受験を受ける受験者は国内のみならず、国外からも挙って目指す王立学園。もちろん、教鞭を執る教師陣にも最高レベルが要求される。


「ストラの言う通りだわ。それに、前の剣術先生が御年を理由に引退してから一年半も空いたままだったのを考慮して、並の実力者には務まらないわ」


「そうそう…でも、もし本当なら凄いことだよね!どんな人なんだろう~?先の武闘大会で活躍した選手かな?」


「うーん、噂の真偽は今日の始業式で判明する事ですわ。その時、本当か否か確認できます」


「そうだな!えへへッ、普段は学園長の型っ苦しい話が超暇な始業式が待ちきれないぜ!」


 私たちはそれぞれの疑問や期待を口にしながら、グレイレンの話に耳を傾けた。新しい剣術の先生がどんな人物なのか、そしてその噂が本当なのか、興味津々で話を続けた。





 始業式を行う大講堂に集められた全校生徒。何時もなら、壇上に立った学園長の長い演説に苦痛を感じる空間な筈なのに、今回は全く違っていた。


「――生徒諸君の元気な姿を再び見れた喜びを忠愛なる国王陛下及び、洗礼を与えられた女神に感謝を。学園で学んだ大いなる教えを、正しき方向へ使う事を切に願う。今年は寒い季節になるだろうが皆は風邪に気を付けて楽しく生活――」


 ありがたい長話を続ける学園長の姿は目に入らない。話の内容も耳から入ってそのまま耳を出て行く。

 私の瞳はとある教師に吸い込まれていた。壇上に並ぶ教師達に佇む年若い一人の男性に全細胞が取りつかれている。自我を忘れて一心不乱に魅入る美しさの源流。まるで、湖に取り残された夜の蝶。


『……』


 数えるまでも無い。講堂に集まった全生徒の情感のこもった視線が一人の人物に注がれていた。


「……っオホン。では皆が気になっておる新しい先生を紹介しよう。彼は高等部の剣術クラスを担当するショウ先生だ。若く見えるかも知れないが、剣の技術は王家お墨付きだ。ショウ先生、一言頂いても」


「(ショウ先生…)」


 なんと蕩ける蠱惑なお名前だろうか。それは蜜が流れる豊かな土地に一本伸びた巨樹が存在感で雲を突き出ている錯覚を覚える。

 ショウ先生、ショウ先生、ショウ先生と休みなく繰り返す。すると、瞳に一切映らない学園長の言葉を返したショウ先生が一歩、前へ出た。


「学園に通う未来の英雄よ、お初にお目にかかる。剣術指南のショウと言う。本日より高等部の剣術クラスを担当する。剣術は技術だけでなく、心と体を鍛える道だと俺は考える。共に学び、強くなろう。よろしくお願いする」


『はい!!』


 あぁ女神よ私を現世に落とした感謝を…。お母さん、私を今日の為に産んでくれてありがとう!今日まで生きてきたのはっ!この瞬間の為だったんだ!

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