第59話 その日、王宮では
「………」
王城内部には限られた者しか入れない部屋が数多く存在している。
とある部屋で王族しか使用を認めてられていない食堂にて、カチャカチャとナイフと皿が当たる音が聞こえる。
この部屋も例に漏れず煌びやかな作りとなっている。教会にありそうな色鮮やかなステンドグラス、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。天井からは輝くクリスタルシャンデリアも下がっている。だが年少時代からここで食事を取る者達にとって珍しくも無い。
金属音だけが周囲に響き誰も喋ることは無く、皿に盛りつけた高級肉にピンク色のソースをかけてナイフで綺麗に切り取っていく。初代国王が食事を取る時は彼の家族と一緒に食べていたので、その由来が今もなお残っている。
「なあエレニールお前、婚約者とちゃんと会話してるのか?」
虹色に輝く飲み物を飲み終えた一人の青年が一言も喋らず静かに食事を取っているエレニールに口を開いた。
彼女に喋りかけた青年は軍服の上から分かる程身体を鍛えており、サッパリとした髪はエレニールと同じ赤色。その整った顔に周りからは現国王の若い頃を思い浮かべる。
彼は王国近衛騎士団団長、第二王子『バルカン・エル・フォン・ランキャスター』23と歳は若いが、実力もさながら政治にも携わっている。それと大の女好きで有名だ。
「会話ですか?バルカン兄様…、私は良く遊びに行っておりますが」
兄の言葉に戸惑いを見せながら、手に持っていたフォークとナイフを皿の真横に置いた。
彼以外の気になるのか他の家族もただ黙って彼等を見つめている。この場には上席に座る父とその横にニコニコと笑顔を見せながら子供達を眺める母の姿もあった。
エレニールの隣に座る妹のアンジュリカは笑顔を浮かばせて愛する姉を眺めている。
「確か…ショウっと言ったか?そいつが始めたというカジノにはもう行ったか?」
「いえ、ここ最近訓練に明け暮れていまして。開園日には招待されましたけど国政で忙しかったですし…」
何が言いたいのかさっぱりしない、と風に頭を傾げる。エレニールの様子に第二王子のバルカンが一つため息を吐いた。
「本当に知らないぽいな、俺は昨日噂のカジノに隠れて行ってみたんだよ」
「兄様!?」
いきなりの暴露に思わず声を上げるエレニール。彼女以外の兄弟は声は上げなかったが、ぎょっとしてバルカンの顔を見ていた。彼等の両親は呆れた表情だった。
実は彼自身あの決闘で見掛けたショウの正体が気になり、極秘裏で部下の騎士達に彼の探りを入れていた。するとある日、王城の訓練場で騎士の部下達に稽古を付けているさい、興味深い内容が彼の元まで届けられた。
それは商業街の一角に突如として現れた外壁に囲まれる巨大な建物。土地の所有者は妹エレニールの婚約者であるショウの名が。
気になったバルカンはその日早速そのカジノへ足を向けた。一見は宮殿のような純白の柱で支えられ、入場口は大型魔物が口を広げたように広く、中へ入ると目に沁みるほど鮮やかな色彩な内装、どうやら一階では掛け金は少なく平民でも満足して遊べるように工夫された仕上がりをお忍びで向かったバルカンの目は吸い込まれるように内部を眺めていた。
「お前の婚約者って何者なんだ?宝物庫に置いていても可笑しくない景品がズラリと並んでいたぞ。高ランク冒険者の肩書だけで手に入る物じゃねえ。」
その日、お忍びでカジノへ行った時に彼は裕福層が集う二階へ向かうと、そこに飾られている景品に思わず息が詰まるほど驚いた。おもちゃ箱をぶちまけたように入手困難で、王族でもすぐに手に入れる事が出来ない品々に驚愕していた。
「バルカン、カジノではどんな景品が並んでいたんだい?」
すると、横から質問が飛んできた。その声の主はバルカンが最も信用出来る兄である次期国王のヴェルガ王太子だった。
優しさに包まれる声だが、些か張った声であった。彼を見つめる目は正に鷹が獲物を狙う目をしていた。
兄弟からの噛みつくような勢いある問いに、手を顎に触り記憶を探る。
「あー、そうだな。パッと思い出すだけで純アダマンタイト製の武具や魔導書だな。ポーション系は…エリクサーも置いてあったな。一階で交換できる景品は…すまん、覚えていない」
「…それは本当かい?」
非常に貴重な鉱石やダンジョンの奥深くでしか手に入れる事しか出来ない品に食事を止めてた他の王族すら驚きの表情を見せていた。エレニールに関しては自重をしない婚約者に「ショウ…」と深い驚きを吐き出すようにため息をつく。ショウからカジノで得たチップと交換できる品を出しているとは聞いていたが、詳しい聞いていなかった。
「ふむ…他の高ランク冒険者もそのような品を所持しておるのか」
そこで初めて上席に座る国王の口から言葉が飛び出した。
「それはないぜ親父、もしあんな素材がポンポン出ていたら今頃大陸全土で戦争だらけだぜ」
長テーブルの奥に座る国王の言葉を速攻否定したのは近衛騎士団団長のバルカンであった。
「そうか、危険だな」
ポツリと開いた口から一言、切り出した。
「お父様っ!?」
「エレニール、落ち着いて」
父の口から出た言葉に思わず声高く叫び、床を蹴るようにして椅子から立ち上がる。
彼女はこれまでショウと一緒の時間を過ごし、彼が全くの無害だと知っていた。人形のようにピクリとも動かない無表情から偶に薄っすら飛び出す感情の変化、彼の姿を見る度に心に情熱が高まるのを感じ、手を握る瞬間感じる温度。手をつないでいるだけで身体ごと包まれている安心感があった。
ヴェルガが横から割ってくるように、飛び上がるように立ち上がった彼女の名を呼んだ。
すると、自分の行動を理解したのか声を荒らげたことを恥じるように、この場に居る家族に一言謝り目線を落として席に戻った。
「これは二人だけの問題じゃ無いよ。ここにいる皆、彼が英雄と呼ばれても可笑しくない実力を持っているのは既に承知だ。でも既に彼の力を自分の者にしようとしている貴族も動いているんだ。考えてごらん?もし君の婚約者が国宝級の宝を幾つも所持している事が広まったら?我が国だけじゃなくて他国にも彼の存在が知れ渡るよ。特にロスチャーロス教国とバンクス帝国は彼を手に入れようとするならどの手段を選ばないよ」
「……分かっていますヴェルガ兄様」
悔しさに耐えるように唇を噛むエレニール。彼が言った事は何一つ間違っていなかった。
引かれたテーブルクロスの下でぎゅっと握る手に気付いたアンジュリカが手を上から重ねた。
透き通るような皮膚をしたしなやかな彼女の手の温かい感触に、段々エレニールの顔にも笑顔が戻り始めた。
そんな娘達の様子を母親である、エステリーゼは純粋な、その代わり冷えもせず熱しもしない愛情の表情を見せ、優しく微笑んで二人を見つめていた。
背中まで伸ばした金髪に見る者全て魅了してしまうであろう美貌を持ち、6人の子供を産んだとは考えられないであろうスラリとした体形。肌は白く、口は小さくて桜色。血管の浮くような細い腕や足はすらりと長く、全身がきゅっと小さく、彼女はまるで神様が美しくこしらえた人形のような端整な外見をしており、エレニールの姉妹と間違われても不思議ではない。
国王へ嫁いだ王妃以外にも側室は存在するが、今は王城に居ない。
「まぁ、私が何を言いのは彼と詳しく話して欲しいってことだよ」
「はい…分かりましたヴェルガ兄様。これからショウが始めたカジノへ行ってみます」
その様子に白い歯を見せながら頭を頷く次期国王。そのままエレニールは皿に残った朝食を食べ終え、そそくさと自室へ戻っていった。
「な、なんだこれはー!?」
新しくオープンしたカジノの二階で彼女の叫び声が響いたのはあれから数時間後であった。
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