第60話 破壊を望む者

「はぁ…はぁ…はぁ…」


 中庭の訓練場ではエレニールが大の字に倒れ息苦しそうに呼吸している。彼女が吐く息が湯気のように白い。国のお姫様として他の人には決して見せられない姿を晒しているが、彼女に動ける気力は残っていない。季節も夏になり烈々とした空の下、はっきりと自己弛張した胸が早鐘のように躍る。


 今日は何時もの鎧姿では無く、動きやすさを重視した男性の服装を着ている。それでも彼女の美しさを失われていなく、上品で華聯だ。


「どうぞエレニール様。冷たいお水です」


 近くのテラスで彼女が連れてきたアンジュと一緒に見物していたナビリスが冷たい水が入ったコップを持って傍まで寄った。


「はぁ…はぁ、すまないナビリス」


 訓練で乱れた呼吸を治し、なんとか腕の力を使って半身を起こしたエレニールは目の前に差し出されたコップを受け取るとコップをぐいっと干す。飲みくだすと、その液体は涼しい流れのままに喉を降りていき、口の中には余韻だけがかすかに残り、やがて消えた。


「ふふ、どうぞ」


 飲み足りなさそうな彼女に、ナビリスが上品に微笑んで生活魔法「ウォーター」で空になったコップに水を注いだ。

 神が作り出した水を注いでもらったのはエレニールが初めての人族じゃないか?


 疲れ一つ見せず、訓練用の木剣を杖のように地面に突いた俺はそんな事を考えていた。


 数時間ぶっ通しで訓練を行っていた俺達の首から着けたペンダントが天の太陽に反射して、無数の光の粒子が飛び交う。ペンダントには小さめの魔晶石を中心に魔法陣が埋め込まれている。

 このペンダントは俺とエレニールが決闘した時に使用した魔道具に擬似している。俺はあの魔道具を分析し、作製していた。しかも、一回使用しても壊れる事は無く魔力さえ補充すれば何回でも使える優れものになっていた。


 初めてエレニールにこの魔道具の説明をすると、真剣な表情になり翌日騎士団から大量に注文を受けた。まぁ万が一を恐れずに全力で摸擬戦を行えるからな。

 

しかし、エレニールや王族に進上したペンダントには魔力を極限まで凝縮した魔晶石を入れているが、騎士団用に作製したペンダントには低ランクの魔物の体内に入っている魔石を使っている。魔晶石を入れる代わりに値段が段違いに安くなる。


 そういえば、エレニールから聞いた話だが。今年の闘技大会はこのペンダントを使うらしい。出場選手が多い予選では流石に全員ペンダントを配る事は不可能に近いので、本戦に出る選手だけになるが。


「ありがとうナビリス、もう平気」


 のんびりと考え事をしていると、立てるまで体力を回復したエレニールがナビリスの手を借りて立ち上がった。うん、美しい女性が二人一緒に居るところは良い絵になるな。


 汗も搔いていない俺を無視して二人だけで先の戦いを話し合っていた。


「どうナビリス?私強くなっている?」


「そうね。レベル、スキルも上がってるし。新しいく覚えた魔法属性も上手に使えているわ」


「ふふふ、そうか。そう言われると嬉しいな」

 

 良く二人で仲良くしている事もあり、何時の間にか打ち解け姉妹のようなさりげない口調で会話していた。


 目線を横へ向け、実妹のアンジュがいる方へ向けると。心地よさそうに銀孤の尻尾に抱き着いていた。彼女は銀孤のフワフワな尻尾の虜になってしまったらしい。まぁ俺も時々彼女の尻尾をブラッシングしてるからその気持ちは良く分かる。



 俺の暇潰しで完成したカジノがオープンして早三週間が経過していた。


 三週間が経ってもなお客足は途切れておらず、誰でも低いベットで賭けれる一階。それと貴族や大商人の限られた者が賭ける事出来る二階も大勢の人に溢れ種族構わず心の底から夢中になっている。


 支配人代理の熾天使、サラーチェを含む低位天使もトラブルを大事にせずに頑張っている。


 カジノで働く従業員全員美男美女が集まっていることも客が出入りが多い理由の一つとなっている。


 今では仕事に慣れたサラーチェがカジノで働くことを望む国民も雇っており、何でもカジノで働く事が一種のステータスになっているとか。


 揉め事も良く発生しているが、スラムを牛耳る組織から喧嘩を対処する人材を雇用した。


 カジノが完成した日にスラムの裏組織のボスと友誼な話し合いで終わった。


 まぁ欲を出した幹部、何人かの首が替わった以外では平和に終わった。


 ああ、それとカジノがオープンしてから一週間が経った後いきなりエレニールが此方に飛び込んできた事もあったな。


 馬を飛ばして来た彼女に何事と思った俺が入り口の門まで向かうと、いきなり顔面目掛けて殴りかかって来たっけ?しかも、身体強化を纏って。


 結局俺が彼女を抱きしめて落ち着くのを待った、落ち着いたのを確認した俺が彼女に何があったのか聞いた。まぁ俺が悪かったが、流石にすまないと思った俺は景品のリストを片っ端から変更する羽目になった。勿論俺の腕を組んで離さないエレニールと共に。


 おっと、話がズレたな。まあ、銀孤も何時も楽しそうにカジノを遊んでいるからそれで十分だ。



「ショウ、一つ聞いても良いか?」


 訓練場から少し離れたテラスで優雅に紅茶を嗜むエレニール達と世間話を楽しんでいると、ケーキのお替りをカートで引いてやって来た奴隷のメイドをぼんやりと眺めていたエレニールが口を開いた。


 イチゴが乗ったショートケーキをぱくりと一口飲み込み目線を彼女へやる。


「うん?どうした。口に合わなかったか?」


 ケーキはあんまり好きじゃないのか?


「い、いや!…甘い物はだ、大好物だ。こ、コホンそれより気になっていたんだが、屋敷で働くショウの奴隷達だが…その、綺麗だな」


「お、おう」


 何が言いたい?


「特に、髪の質感や肌の張り具合とか少し気になってな」


 ああー。成程彼女が言いたい事が分かった。それより驚いたのが既に完璧な美貌を有する彼女が美容に興味を持つとは。


 実は奴隷を買った時に使用人用の屋敷の中に設置した大浴室には俺のスキル『カタログ』から創造したシャンプー、リンス、更に化粧水を置いてある。


 初めて目にする化粧水に困惑した女性の奴隷達に俺の代わりにナビリスが使用方法と効果を教えると、目が野獣の様に変わったらしい。


 奴隷には俺が錬金術で生成したと伝えているが、実際には創造魔法で生み出している。


 目を輝かせるエレニールにソレを教えた途端、ルビーを思わせる赤色の瞳で俺をじっと見つめている。目の奥には、微笑みに似た淡い光が浮かんでいる。

 まあ、何時でも作れるし借りの一つでも作っておくか。


「ガッツ」


 近くにで見張りをしている戦闘奴隷のガッツを呼んだ。


「へいっ!何でしょうかご主人様!」


 身長二メートルの巨漢、筋トレで鍛えた身体は鋼のような筋肉でガッチリしており。奴隷に落ちる前はCランク冒険者と優秀な人材。


 そんな彼の名を呼ぶと、何故か感激そうに近寄って来た。頭のてっぺんが太陽の光を反射して眩しい。


「五人程連れて荷車に馬を括り付けて、倉庫に積まれたリンスと化粧水が入った木箱を運んでくれ」


「へい!畏まりましたぜ!!」


 そう言って仲間の所まで駆け抜けていった。


「良いのか?貴重な物を大量に受け取っても?」


「平気だ。材料も普通に手に入る物ばかり。それに俺達は近い将来結婚するのだろ?それなら家族に遠慮はいらない」


「う、うん…ありがとうショウ…」


 結婚の言葉を聞いた彼女の顔が赤くなって耳の付け根まで真っ赤になった。


 さて仕事が溜まってる彼女が帰ったら久しぶりに冒険者ギルドにでも寄ってみるか。

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