第61話 破壊を望む者 その2

「ん?この香りは…」


エレニールとアンジュを入り口門まで送り届けた俺は、暇潰しにとゆっくりとした足取りでギルドへ向かっていた。貴族街と一般街を繋ぐ門を抜け、周囲を眺めながら大通りの歩いていると中央広場らしき所に辿り着いた。大きな噴水の中心で祈りのポーズをとった女性の彫像。しかもその彫像は塔の女神像に似ている、いや似すぎている…。


中央広場で広がる屋台の一つから香ばしい、そして懐かしい香りが漂ってきた。


醤油のこげた香りがなんとも胃袋を揺する。神の俺もなんだか食欲が燃えるように湧いてくる。まあどれだけ食べても腹が満たされることは無いが。


「いらっしゃい客さん!勇者たこ焼きいかがっすか」


この香りを辿りステップを踏むような軽い足どりで屋台へ向かう。


そこには濃い匂いを充満させ、タコ焼きを焼く男性の姿が。暑さで汗を掻きながらも、頭にタオルを巻いたちょび髭がチャームポイントの男性が大量のたこ焼きを素早くひっくり返す。


しかも勇者たこ焼きって…。他に店の名前候補は無かったのか?


  話を聞くとどうやら昔異世界から召喚された勇者がたこ焼きを広めたらしい。それまで受け付けない見た目のせいで捨てられてきたタコが急激に売れるようになったらしい。


「美味しそうだな。10個くれ」

 

 匂いに釣られ思わずたこ焼きを頼んでしまった。美味しかったら後で屋敷で待つ二人の分も買っていこう、特に銀孤は大食いだからな。全ての栄養は胸に集まっているが。それはそれで満足している。


「あざっす!10個で銀貨1枚となりまっせ」


「ああ、感謝する」


 ズボンのポケットから出した銀貨を男性の手のひらに置き、代わりにたこ焼きが乗った木の皿を受け取る。食べ終わったら皿は返せって意味だな。周りを見てみると俺と同じように木の皿を受け取る住民の姿があった。近くには高さ1メートル程の箱が地面に置いており、食べ終えた人々が空になった皿を箱に放り投げている。


 何処か日本で見たことある光景だな。初代国王が元日本人だから当たり前か。


 噴水の近くのベンチに座り女神像を凝視しないよう、皿に付いていた爪楊枝で熱々のたこ焼きを口に入れる。勿論一個丸ごとにだ。噛み砕かれたものが食道を通過する印に、尖った喉仏がピクリと動く。


 …うん、美味い。帰りにもっと買っていこう。


 そんな事を思いながら心置きなく食べ終えた。


 ソースがベットリ付いた空の皿を箱に放り投げ、冒険者ギルドがある区域まで歩く。

 コンバットブーツに、布のシャツに紺色のズボンを身に纏い腰に差した武器。周りの人々が困惑の色を見せながら俺をチラチラと見てくる。それらの視線に慣れている俺は気にせず、そのままギルドへ向かった。


 記憶を辿り冒険者ギルドに着いた。


 王都のギルドだけあってラ・グランジギルドとあんまり変わらない外装、見栄を張ったレンガ風の三階建て。盾と剣が重なった看板が掛かり、様々な種族、恰好をした冒険者が忙しそうに出入りを繰り返している。俺の彼等と一緒に開かれた扉を潜る。ギルド内部には大勢の冒険者が活気よく依頼を探していたり、左右に置かれた丸テーブルに座り談笑し酒らしい飲み物を酌み交わしている。


 中には冒険者になったばかりであろう初心者向けの防具に鉄の剣を装備した十代半ばの青年達がFランク、Eランクの依頼掲示板の前で依頼から選ぶようでかなり混雑している。近くのテーブルでは彼等のパーティーメンバーだろうか、新品の装備に身に包んだ若い男女のグループが掲示板の方を呆れた目で眺めている。


 視線を他へ向けると、傷だらけの高ランクの魔物の素材で作られた防具を着た歴戦を感じさせる戦士が一人で酒を飲んでいる。歳を刻んだ皺は落ち着いた男の雰囲気をより一層成熟させ、椅子に立てかけられたミスリルで出来た斧からは魔力を流れている。戦士の目はギルドへ入って来た俺に固定しているが。


 他にも俺が中に入って来た途端、周りの冒険者からコソコソと仲間たちで話し合っている声が聞こえてくる。「おい!あれって孤独狼じゃねーか?」や「へぇ~あの子がAランク?ふふ、顔も良いし唾でもつけておこうかな」等の会話が聞こえてくるが全て無視して依頼版へ足を向ける。


 Aランクの掲示板では数人の冒険者しかいない。俺も彼等の傍まで歩き、張り出された依頼を見る。


「ん?」


 面白味が無さそうな依頼ばかりを流し読みしてたら、一つ興味深い依頼に目を止めた。

 

 その依頼の内容はこう書いてあった。




『依頼主:王都ランキャスター冒険者ギルド

 依頼内容:王都から馬車三日ほど離れた村にて近くの森の麓で突如現れたダンジョンの探索、出現魔物の種類の調査、門番の討伐

 報酬:ダンジョンの難易度変わらずに白金貨3枚。ダンジョンで取得した素材はそちらの物とする

 注意事項:ダンジョンの種類は洞窟型。盗賊の目撃情報も有り、注意しろ。Bランク、Aランク冒険者合同』


 丁度いい時間潰しの依頼だと感じ取った俺は依頼書を剥がさずに、空いているカウンターまで向かった。王都のギルドだけあって受付嬢や男性の受付係も外見は整っている。一際美人な受付嬢の列に並ぶ男性冒険者の顔がにやけている。…若いな。


 並んでいる冒険者も少ない受付嬢の列に並び、俺の番になるまでこのギルド内に居る冒険者達を神眼で観察し始めた。ふむ、先程から俺の事を見つめているオッサンのレベルは高いな。素晴らしい才能を持っている。神眼で依頼書に書かれた突如現れたというダンジョンを確かめたくなるが、楽しみをは取っておこう。


「大変お待たせ致しました、本日は何の御用でしょうか」


 笑顔で応対する受付の女性は、端正な顔立ちで長い金髪をリボンでポニーテールに結っている。


 大勢の冒険者が集まる王都のギルドで働いているだけあって対応も完璧だ。受付嬢が着る制服の胸部分には名札が着用されており、そこにはナタリーと書かれていた。


「突如現れたというダンジョンの調査に俺も参加したい」


 そう言いながらポケットから取り出したギルドカードをカウンターに置いた。


「畏まりました。少々お待ちください」


 驚いた表情も見せずに俺が置いたギルドカードを手に取り、カウンターの横に置かれた四角の水晶に置き、コード?で繋いだ横にあるタイプライター式魔道具で何か確認し始めた。…変な部分で文明が進んでいるな、これも勇者の仕業か。


「Aランク冒険者のショウ様の本人確認が終わりました。此方の依頼は他の冒険者との合同依頼となっておりますが本当に宜しいでしょうか」


 今まで俺がソロで依頼をこなしているからせいか、少し困惑した目で確かめてくる。


「それで構わない。日時と内容を聞いても良いか?」


「畏まりました。集合場所は冒険者ギルドにて集合、馬車は此方から貸し出すので必要ありません。日時は明後日の朝になります」


 二日後に依頼開始か、早いな。まぁ俺が依頼を受けるのが遅かったこともあるようだが。目の前に置かれた依頼書に名前を記入し、手続きを終える。


「了解した、では明後日にまた」


「本日のご利用誠にありがとうございます」


 マニュアル通りに礼を言う受付嬢に手をひらひらと左右に振り、そのまま立ち去ろうと後ろに振り向くと二人組のガラが悪い冒険者が俺の前に立ち止まっている。まぁ知っていたが。


「なんだ」


 無表情のまま二人組に声を掛ける。そういえばこんな事もあったな、と呑気に思いながら。


「貴様のようなガキがAランクなわけがねえ!防具も着ていない丸腰の奴がどんなズルしたんだ!?言ってみろよ、あぁ!?このCランクボルボ様によぉ!!」


 ふふっ、おっと思わず鼻で笑ってしまった。人間が自分に様って滑稽だな。


 鼻で笑った事に気が障ったのか、一人の冒険者が拳を振り上げて殴り掛かってきた。


 俺の顔に目掛けて殴ってきた攻撃をすり抜けるように避け、真横にアホずらを晒している男の顔面を右手で鷲掴みし、身体ごと空中に持ち上げそのまま頭を床に叩き付けた。激しい轟音を響かせ、綺麗に敷き詰められた板張りに穴を開け、その中には殴り掛かって来た男の頭が埋まっている。どうやら気絶しているようだ。


「うっ!うわー!!」


 瞬きもしない内に相方がやられた事にもう一人の男がパニックになり、腰に差した剣を抜くと大雑把に上から降り下げる。


 俺を殺すつもりで振りかぶった攻撃は空いている素手で止めた。人差し指と中指の間に挟んだ剣はピタリと止まっており、男も信じられないと驚愕を露わにしている。俺達の様子を見ていた他の冒険者も驚きのあまり言葉が出てこない。


 指で止めた剣を横にずらし驚きで動きを止めている男に向かって頭突きを食らわせ、相手の額を打つ。

 神の頭突きを食らった相手は白目を向いて、そのまま倒れた。


「床の弁償はこいつらによろしくな」


 背後のカウンターで依頼の手続きをおこなった受付嬢に一言伝え、外へ出た。


 静かになったギルドから出た俺はサラーチェに念話を送る。その内容は先程の冒険者についてだ。


『サラーチェ、今から転写で送る人間達をブラックリストに入れとけ。強引でも入ろうとしたら消しても構わない」


『畏まりましたショウ様。従業員に伝えておきます』


 …さて、帰りにたこ焼きを大量に買っていくか。


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