第77話 束の間の休息 勇者の希求 前書き編集

 闘技大会本戦、二回戦第二試合目は槍と短剣の使い手、特に女性観戦者の人気が高い期待のウーラーが三回戦への駒を進めた。

 三試合目の試合に向けてその間の休憩中にスタッフの魔法使いが、ひび割れた闘技台を修復の為せっせと働いている。どうやら台にもこだわりがあるらしく、真面目な顔で地道な修正を時間を掛けて行っている。


「あいショウ、あーん」


 修復を待つ俺達はソファーにだらけるように座り、観戦ブースに設置されたキッチンで料理した食品をナビリスから食べさせてもらっている。他に一般席の観客も今の休憩時間を利用して、闘技場外の並んだ屋台へ向かったり。近くの席に座る観客同士、参加選手の実力について話し合っている所もある。皆、今の時間を有効に使っている。


「はい銀孤も口開けて。あーん」


「おおすまんの…あーんっ。美味いのぉ、ナビリスが作る料理はどれも絶品やのぉ」


 それと、食いしん坊キャラに変貌した銀孤も彼女から食べさせてもらっている。彼女が一口食べる度に幸せな表情を見せる。ナビリスはその様子が嬉しいのか、薄っすら笑みを浮かべてどんどん食べさしている。…俺ももっと食べたいのだが。


――コンコンコン…。


 突然、扉からノックする音が聞こえてきた。扉付近に待機していた戦闘奴隷二人がどの状況にも対処できるように武器に手を掛ける。しかし、心配しなくとも良い。神眼を使わなくとも目星は付いている。どうせ彼等だろう。


「ご主人様、どうなされますか?」


「入れて構わない。俺の友人だ」


「っは!」


 その言葉に胸をなでおろした二人は剣に掛けた手を放し、緊張した雰囲気を散らす。そしてゆっくりとドアノブへ手を伸ばしその扉を開く。


「ショウさん!来ちゃいました!」


「お邪魔しまーすっ!」


「わぁ、ドアを開けた人もイケメンだ…。凄いお金持ち」


「すみませんいきなり来てしまって。僕は反対したんですが…」


 開けた扉から四人の人影が貴族用の観客ブースへ入ってきた。その四人は以前俺と銀孤が冒険者ギルドで出会った勇者達、陸、茉莉、凛そして悠真。おっと周囲の奴隷達がここ最近話題になっている召喚された勇者達の姿に驚いている様子。そして「どうして勇者と知り合いなんだ!?」と困惑した表情を俺に見せている。


「皆良く来てくれた、さぁ好きな場所に掛けてくれ。遠慮はいらないぞ。…メイド達、彼等に冷蔵庫からとっておきの菓子を出してくれ」


「か、かしこまりました。ご主人様」


 四人は真っ赤なソファーにくつろぐように腰を落としテーブルに出された菓子を美味しそうにたらふく食べている。目の前の香ばしい匂が漂うその菓子を目を輝かせた女性の二人は特に周りの目も気にせずに口一杯に頬張っている。帝国に無理矢理召喚され、高い戦闘力を誇る勇者達ですらこれだけのお菓子さえ満足に食べさせてもらっていないのか?…そうだな、王国に滞在している少しの間位は勇者達が充実出来るようエレニールに相談してみるか。


「それより試合の応援はいいのか。王様から勇者専用スペースの貴族席にいなくても平気か?」


 菓子を美味しそうに頬張っている四人に一つ尋ねてみた。


 もし彼等がひょっこりと迷子になったら困るのはこの国の者達、特に国王なんだが…。姿は見えないがまあ一応彼等に付けられた警護の騎士が見守っているから平気な筈。それに召喚された勇者にちょっかいを出す輩も居ない事だろう。他国は別だが。


「えっと…、あそこにいても窮屈で。その、周りからの視線も集まって観戦に集中できなかったので。そしたら丁度、茉莉がショウさんをお姿を見つけたので…。その、すみません」


「ああ、気にするな。思う存分ここで過ごすといい。丁度俺達も話し相手が欲しかった所だ」


『あら?私と言う者がいるのに、退屈で話し相手が欲しかったら私に話しかけたら良かったのでは?』


 『拗ねるな拗ねるなナビリス。後で満足するだけ相手してやるから』


「それに…私達四人ぐらい抜けても他の仲間は心配しませんよ、レベルも他の子と比べても高くないし」


「ふーん勇者同士にも色々事情があるんだな。だが勇者と言えば他の者には決して習得出来ないスキル等獲得していると聞いたが?それに、君等は強くないと思っていても他の者からしたら必ずとも共感は得られないと思うが」


「っえ…それって、どういう事…ですか?」


 やはり何も分かっていないか。まぁ彼等を責めても仕方ない。現代日本の生まれ、戦争が無い時代で育った彼等からしたら。


「この闘技大会には主催国のランキャスター王国、勇者が召喚されたバンクス帝国以外にも他国の人が多数会場に来ている。今回は特にその数が多い、それは何故か?」


「「「「……」」」」


 誰も答えられない。四人共どれだけ軽率な行動だったか理解したらしい。


「答えは勇者様である君達だ。勇者と言う特別な存在はどの国も欲してやまない。他には無い珍しいスキル、異常な成長速度。少し努力するだけで得られる一騎当千の力。最後に脳味噌に焼き付いた異世界の知識。勇者がいない国からしたら正に伝説級の存在、それは国を大国へ伸し上げる千載一遇のチャンス」


 言い方を変えると短時間で戦略的実力を得られる使い捨ての駒を欲している。


 実際に今この瞬間も他の観客ブースから無数の視線を集めている。ロスチャーロス教国、カサ・ロサン王国。他にも南の大陸を治める大国小国等。俺達の会話を聞かれないよう周りをナビリスの結界で覆っているが、姿は他国の人間に見られている。じっとりと実験動物を見るように彼等の姿を。


「っま、色々言ったが別に説教をするつもりは無い」


「……っえ?」


「君達には君達の運命の川が流れている。何をしたいか、何処に行きたいかは自分で決めると良い」


 俺が神として出来る助言はここまでだ。これ以上は一種族に偏った依怙贔屓になる。それはなってはならない。


「っはい!ありがとうございますショウさん!」


 俺の言葉に何故が感動した陸が頭を下げてお礼を言った。この世界にお辞儀の文化は存在しないのだが。


「あ、あのっ!ショウさん、一つお願いしてもいいですか」


 すると今度は悠真がどこかこれから大事な儀式でも行うように真剣な態度で俺に話しかけてきた。彼が何を聞きたいかは既に知っている。しかし、それでも聞こう。


「………俺達と一緒に魔王討伐を手伝ってくれませんか!」


「っ!悠真!?何いってるんだ!!ショ…「陸!言わせてくれっ!!」……」


「ショウさんは勇者じゃ無い、住んでいる国も違う。そんな事は知っている!でも!ショウさんがいてくれたら絶対戦力になる!それだけ早く魔王を倒せるんだ!故郷に帰れるんだっ!」


「悠真…」


 人間…とは傲慢な生物だな。まぁ彼の場合は本心から馬鹿正直に話しているからマシな方か。


「ユウマと言ったか、それで君は魔王を討伐したいのか?」


「勿論です!」


「何故?」


「な、何故って言われても…魔王を倒さない限り元の世界、皆の故郷に帰れないんです!」


 彼の言葉に真実を知っているであろう陸と茉莉は悲惨な表情を見せた。


「それは誰から聞いたんだ?」


「…帝国の皇帝陛下から」


 とっくに知っている。勇者が俺が管理する世界に連れてこられた瞬間から。神眼で観ていた。


「残念だが勇者の仲間に入ることは出来ない」


「なっ、何で!!」


 拒否の言葉を告げた途端、ユウマと名乗る勇者が怒りの色を表す。腰に差した武器には手を付けていないが、歯を食いしばって俺を睨みつけてる。


「…何故帝国が魔王討伐に必死になっているか知っているか?」


 退屈しのぎに少し昔話を話そうじゃないか。


「そ、それは魔王が魔物を操って人類を滅ぼそうと――」


「今から丁度1150年前」


「…」


 何か言おうとしたが俺が話を続けると口を閉じた。


「大陸一の領土を治めていた帝国は更なる領土拡大を目指して、資源豊富な海を越えた大陸に狙いを定めた」


「「「「……」」」」


 俺の言葉に他の三人もじっくり聞いている。


「その海を越えた大陸こそが魔王が治める国、通称魔界と呼ばれている。帝国は領地を得ようと何としても魔王と魔族を滅ぼそうと大量の兵、魔法使いや武器を送った。だが魔法を得意とする魔族に完膚なきまでに壊滅される。勿論軍を壊滅されても帝国は諦めるはずがない。その時に思い付いたのが長い年月を得た膨大な魔力を巨大な魔法陣に集め、その魔力を定着出来る器を他の世界から呼び出す召喚魔法」


「そ、それが…」


「ああ、そして1100年前。異世界から初めての勇者が召喚された。まぁその後色々あって結局その勇者が当時の魔王から娘を貰い、ランキャスター王国を造った訳だが。そのせいで帝国からしたらランキャスター王国とは敵対関係なんだよ、表立った戦争は無いが裏では色々破壊活動や小競り合いが起きている」


 よくよく考えたら今回の勇者召喚に48人と多すぎる数が召喚された理由は俺の存在のせいかもしれないな。星に流れる龍脈に自分の神力が加わった原因か…?

 すまないが…これも運命だと受け入れて前に進むしかない。なんせ故郷の日本に戻っても既に記憶からは消されているのだから。


「「「「「……」」」」


 当然今の話を聞かされたら何も言葉を発する事が出来ないよな。


「今なお魔王討伐を成し遂げたいのなら800年前に召喚された勇者達について調べてみるといい。俺が言えるのはここまでだ」


 それにしても、結構喋ったな俺。ナビリス、水をくれないか?


 ――っお?ありがとうナビリス、気が利くね。


 それから希望が無い現実を打ちのめされた四人は悄然としてブースから出るまで一言も話さなかった。


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