第112話 長旅の中盤

「――々は貴方方を歓迎します」


 周囲に広がる平野の中心部にポツンと建造された巨大な要塞にて、普段は固く閉ざされた城門が開いた中から軍服に魔術師のローブを身に纏ったエギルット・バハン、と名取った男が召喚魔法で呼び出した馬に跨って現れた。制帽から見える黒髪が短く切り揃えられ、髭は無く、背筋もピンとしている。年齢はまだ二十代かそこらの特徴の無い、安っぽい美形。微笑みは浮かべているが、薄青い瞳孔は食い入るような目つきで先頭のエレニールを推量している。


「…入念な歓迎、ありがたく思う。既にご存知かもしれないが、ランキャスター王国。使節団長を務める第三王女アンジュリカ・エル・フォン・ランキャスター。今後とも良しなに」


 馬から地面に降りたエギルットの良からぬ感情を含んだ目に気付くも、ピクリも外面を変えないで保ったエレニールの挨拶に彼の背後に付き添う部下たちの気が立ち始める。検証もくそも無い、単なる憶測だが魔導国の住民は友好関係を結んでいるはずの王国に敵意を持っているらしいな。


「成る程…、お手数をお掛けしますが入国の手続きがありますので王女殿下と文官、並び王国軍の兵士達は請謁ながら私に着いてきてください。後方の護衛の冒険者達は…、後ろに仕える私の部下の案内に従ってくれると大変助かります」


「了解した。…ダニエル隊長」


「っは!ダニエル、此処に」


 軽く頷いたエレニールが一人の名前を呼ぶと風の様に馬から降りた軍隊長が姿を見せその場に跪く。馬の上から何やら伝える姿を俺はぼんやりと先頭から離れた使節団最後尾付近で眺めていた。


「向こうで何の話をしてるんだろうな?」


「さ~?お偉い様方の会話なんて聞いても眠たくなるだけだし」


「あっははは、言えてる!特に馬鹿なお前には丁度良い子守唄だろうよ!」


「あぁ!?お前こそ馬鹿だろ?」


「っは!これでも教会で孤児共に勉強を教えた事もあるんだぜ!」


「マ、マジかよ…何たる敗北」


 離れた距離で待機している俺を含めた冒険者達は既に退屈になったらしく、各々その場の地面に座り込んだ。俺の近くに座った一組のパーティーは懐から酒が入ったスキットルを取り出すとキャップを外しグイッと飲む。聴力を強化している俺はエレニール達の声がハッキリと聞こえているが、内容を他の人間に伝える義務は無い。


 それから数分後、ダニエル隊長と呼ばれていた軍人が風のように馬を走らせて此方へ向かってきた。


 彼の姿を目にした冒険者達が何事かと、立ち上がった。


「これより王国軍、冒険者の二手に分かれ入国検査を受けてもらう!」


 空間を揺らず程大きな声で冒険者全員に聞こえうように張り上げる軍人に周囲がざわめきだす。しかし、彼はざわめきを気にする事無く話の続きを上げる。


「なぁに!入国検査と言っても形式的な検査だ、気にする事は無い!もし君らが移民願望だったら何枚も書類に記入するんだがな!…っと冗談はこれ位に、後ほど君らの案内役を買って出た者達が此方へやって来る。いいか!馬鹿な真似をして王国の顔に泥を塗る事は決してするなよ!では私は姫様の所へ戻らなければならないので、質問は受け付けない!さらだば」


 言うだけ言い張ったダニエル隊長は大袈裟にマントをはためかせながら『ガッハッハ!』と高笑いを響きかせ王国軍が集う配置まで戻ってゆく。石のような固い表情をして黙る冒険者達と普段は腰に差した剣の手入れを行う俺だけが海のような広がった見晴らしの良い平野に残された。



「ごきげんよう王国の冒険者諸君、待たせてしまって済まないね。魔導軍第七隊所属、金級魔術師、アームド・サンムエド。ふむ…既に先触れがあったらしいから説明は不要だな、では早速私の後に着いてきてくれたまえ。検問所では私の部下達が集まっているから諸君は彼等に従って提示された入国書類にサインと、明確な身分証明書を提出をしてると此方としても助かる」


 王都で購入した武器お手入れセットから取り出した武器屋お勧め砥石を背中に担いた荷物袋に戻し、特製の油で塗らしたロングソードを羊毛で拭き上げている途中、漆黒の軍服にローブを羽織った一人の細身でインテリな男が近づいてきた。先程エレニールと会話していた要塞指揮官エギルット・バハンの背後に居た男だ。彼もまた召喚魔法で呼び出した馬に跨った此方に向かってきた。腰には魔力が込められた短剣、そして魔法の発動に必要な媒質役の全長30センチ弱の細長い杖がホルダーに収まっている。


「っお、やっと案内役のお出ましか。退屈過ぎてこのまま寝るところだったぜ」


「ふん、それが友好国である我ら魔導国に対する対応か。噂で聞いていた通り何とも野蛮な地なのだな」


「んだとテメェ…」


 俺の傍に居座っていた強面のおっさんが皮肉が10割程入った挨拶に思わぬ反撃を貰った本人は、凄まじい怒りで顔を火のように赤く染め青筋を立ててその場から飛び上がる。


 その光景を馬の上から見下す様に、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした男はわざとらしい仕草でやれやれと肩を竦める。


 軽んじた態度に強面の冒険者の怒りは更に上昇し、一歩前へ踏み出せば流石に不味いと思った彼のパーティーメンバーが肩を掴んでとどまらせる。


「おい、流石にこれ以上はダメだ。軍人さんもすんません、こいつには良く聞かせておきますので、へっへ」


「…そうか。私も暇では無いのでな、ぼやけていないで私の後ろを着いてくるがよい」


 使節団の護衛を努める冒険者全員が立ち上がり彼の後を追って行く光景を一目した後、武器の手入れが一段落終わった俺は油を拭き取った羊毛を鞄に戻して、列の最後尾に加わるのであった。

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