第111話 魔導国領土に到着

 王都から出発して23日目でランキャスター王国領地の最東端にて広がった広大な沼地帯を抜ければ、国家の領域の境目でもある高さ約4メートル程の立て看板が暗がりから影のように姿を現す。長らくほったらかしているのかその木製に炭を使用した文字で書かれた目的地の方角と距離を示す看板はボロボロ、割れ目が地図のように入っている。看板を支える支柱は今にも歯が抜けるように崩れそうだ。


 と言ってもこの世界には飛空船等、長距離移動に便利な乗り物が発明され実現している、わざわざ今回の旅のように馬車で沼地帯を進む傾奇者は然う然う居ないだろう。王国使節団が何故わざわざ飛空船を使わず、時間が掛かる馬車での移動に決まった事情は明白に有る。


 これはエレニール一夜共に過ごした時に聞いた話だが、誰もが知る大陸一、豊かで兵力も強者ぞろいの強大国ランキャスターと言えど少々値が張る飛行船チケットを100人弱分を購入するのに国政財務局に努める閣僚を許可が下りるのは困難、例え使節団総団長が大国の第3王女エレニールであるのにも関わらず、むしろあらゆる難癖付けて邪魔をしてくる可能性が大いに濃厚。彼女曰く今王国で現在起こっているあほらしい権力争いのお陰で。


 それと加え、これは口を滑らせないよう彼女から他言無用と強く言われたが、わざと外交使節団に送る人数を増やし更に護衛の冒険者に依頼をかけたのには、魔導国へ一足先に諜報員を送り込み多くの内情を調べ上げる時間稼ぎの事情との事。


 ロスチャーロス教国の魔の手がどれ程奥まで届いているのか情報が不足な今、他国に出来る限りの人材を派遣し、慎重に事を進める必要がある。


 …正直に言うと俺はそこまで国同士の争いごとに興味が無い。知識を司る神『軍神』は例外に国がどう転ぼうかそれは全てその地に生まれ育った人類の責任であるし義務でもある。


 そう言いつつもエレニールとより絆を深めた今。もしランキャスター王国が滅ぶ事になりそうなら俺は彼女に手を伸ばすだろう。一人間を贔屓する責任と意味は我が祖父創造神から耳が痛い程言われているがが、少しなら手を差し伸べても良いと内心思っている。


「ここが…」


「ああ、あれがヴェンロン要塞。そしてあの突き出た忌まわしき砲身が魔導国が設置した長距離連動魔導砲だ」


 国境を抜けた先へ進むと目の前に薄っすら長い年月を守護してきた四方を囲んだ壁が瞳に映し出される。


 馬車から顔をだした冒険者の青年がポツリと言葉を零すと、彼の一言に反応した左頬に痛々しい傷跡を見せる他の冒険者が返事を返す。


 高さ40メートルの外壁からポッカリと空いた四つの穴から伸びた砲身が此方へ向けて待ち構えている。


 魔導国が誇る長大な魔導砲を一目見た他の者が不安による緊張で身を震わす。先頭を進むエレニールも表情には出さないが、手綱を握る手に汗を感じている。ランキャスター王国が魔導国に戦争を仕掛ける事は無く、むしろ魔導国が戦略的兵器を友好国として手を結んだ理由が魔導砲による抑止力である為。周辺が戦場へと変わればここ周辺は魔導砲と巧手の魔術師より放たれる魔法によって瞬く間地獄に移り変わるだろう。それ故ランキャスター王国は魔導国に手出しすることは無く平和な関係を保っている。


 魂の器を神にと作り替えた俺からすれば。形ある物、何時か表面に一つの小さな裂け目さえ入ってしまえばその裂け目が大きな罅割れに移り変わり。最後には木端微塵に崩れる。それに至るまで長い時期が掛かるかもしれないし、もしかすれば十年、二十年足らずで終止符を迎えるかも無きにしも非ず。


 瞑想をするように両目を閉じ、神から見れば戯言に過ぎない想念を頭に浮かべ馬車でのんびり過ごしていれば、先頭を進む使節団部隊が要塞の手前に架けた橋を渡り始めたようだ。車輪から鳴る独特な音が前から耳の中へ入り込んでくる。


「もうすぐで魔導国の検問所に着きますので冒険者の皆さん、これより先は馬車から降りて次の指示をお待ちください」


 馬の手綱を握る御者席より伝令を従う俺達は荒くれ者の冒険者特有の文句は一つ口から出る事も無く、言われた通りに馬車から降りる。王都から出発した初日はキチンとアイロンを掛けた新品当然に着こなしていた支給軍服は長い旅でヨレヨレで目を凝らせば擦った跡がある泥が付着している。


 ゾロゾロと冒険者が馬車の中から降りて先頭を進むエレニールの後方を徒歩で進む。


 周囲に広がる平野と直線に埋め込まれた石造りの古道の影響か沼地帯より断然歩きやすい。


 ――ギイィ。


 そのまま魔物の襲撃も無く五分程度で高く、何の風情もない、ざらざらした傷だらけの壁が瞳いっぱいに映る頃合いで固く閉ざされた金属製の頑丈そうな正門が重い、鈍い地面に擦れる音を立てながら開く。


「ランキャスター王国より遥々お越しいただき誠に恐縮でございます第三王女殿下!お初にお目にかかりまして光栄に御座います。私、此処ヴェンロン要塞の守護、管理を任せれております魔導軍第七隊所属、白銀色ミスリル級魔術師、エギルット・バハンと申します。ようこそラーヘム魔導国へ、我々は貴方方を歓迎します」


 開いた正門の中から出てきたのは召喚魔法で呼び出した馬の使い魔に跨った一人の男に、彼と同じ様に馬に跨る付き添う五人の人族。全員が魔力が込められた軍服を仕立て下ろしのようにぴんと着付けており、服の上から腰の所まで届くローブを袖に腕を通している。しかし、頭に置いた帽子はよる魔法使いが着けている三角帽子では無く、エンチャントが付与された制帽だ。


 他国の人間に拘わらず、相手に辞を低くした言葉使いの後にエギルットと名乗った軍人が馬から降りた瞬間、フワッとローブが浮かび一瞬だけ腰に差した杖を差したホルダーと刃渡り40cm前後の短剣が俺の目に映った。

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