おまけ 神の髪事情
リビングに置かれた家具は一目で分かる高級感を魅せつつも成金趣味とは程遠い落ち着いた雰囲気を見せる。
窓越しに差し込んでくる眩しく暖かい太陽の光がリビングにて寛ぐ二人の影を壁に映し出す。
勿論その内の一人は俺の事だ。付け加えればどちらとも人では無い。
もう片方のメイド姿のナビリスは俺と一緒のソファーに腰を落とし、珍しく毛糸を使って編み物を嗜んでいる最中。「何を編んでいる」と尋ねれば人形のように表情金が全く揺れ動かない顔を此方に振り向くと玉付き針を持った手を口元まで持っていくと「内緒」と唇に人差し指を立て当ててウィンクを返された。首の角度も完璧なお手本とも言えるウィンク。
それ以上何も話が進む事は無く俺は読んでいる途中だった本に視線を落とした。今読んでいる書物は昔滅びた国の詳しい内政や貧しい民がある日暴走した本当の理由が詳しく記述された稀書。考古学者辺りに渡せば喜びの余り四日は徹夜で本に浸るだろう。まぁ読み終わったら別館の図書室に放り投げるつもりだが。昨日は何処かの国の将軍が達筆、編集した兵法書を読み終えた。読み応えがあったその兵法書はナビリスに手渡してから何処に行ったのか知る由も無い。…ナビリスの事だ、変に使用しないだろう…多分。
「……」
「……」
最後の会話から半刻が経った、静かな空間が漂う中俺は相も変わらず本に親しみを持って読み耽る。我が家は大都会である王都内に居を構えいるが、敷地の周囲は自然溢れる緑に囲まれている。耳を澄ませば中庭で訓練で汗を流す戦闘奴隷の叫び声、庭に干した洗濯物が風に揺れて靡く音が聞こえてくる。
購入した屋敷は前ランキャスター国王が退位して、余生を静かに過ごすために建てた家屋敷が此処。
本来、楽隠居した王は王宮の離れに住まうのが此方の常識らしいが破天荒で有名な先代国王、つまりエレニールの祖父は現国王の戴冠式を見届けた後、隠していたへそくりで空いていた敷地を購入したとこの前遊びに来ていた王女二人から聞かされた。
話がズレたが、読書に時間を潰している時に一つ気付いたことがある。
「髪、伸びたな」
気付いたのは偶々、何と無く髪を指で摘まんでみれば前回確認した時より伸びていた。
豆知識だが神になれば髪型を現状維持出来るし人間のように自然に伸ばす事も可能。一週間ごとに髪色と長さを調整する神もいれば、手足みたく器用に髪を動かす者も神界には住んでいる。髪じゃ無くて頭から鶏冠を生やしている神も存在する、見た目は似合わず面白いが。俺とナビリスは髪を固定せず自然に任せている、ハッキリした理由は無い。
「そうね、襟足も伸びたわね。サイドも耳に掛かり始めているし、ほら」
ポツリと零した言葉に反応したナビリスが此方へ振り向き相槌を打ちポケットから取り出した小さめの手鏡を渡してくる。
「確かに。今まで気付かなかったな」
手鏡に映し出された自分の顔を左右に動かしながら髪の長さを抜かりなく確認した。思ってた以上に伸びていた、こりゃあ驚いた。
「そうね、中庭に行きましょ。編み物ももう少しで終わるから私が切ってあげるわ。光栄に思いなさいショウ」
形が見えてきた編み物と針をテーブルに置いたナビリスからの名案に俺はすぐさま首を縦に振る。
「そこの椅子に座って」
外に出た俺達はそのまま中庭へ向けて足を進めた。掃除中の奴隷が此方に振り向けた横に歩くナビリスを怒らせないよう緊張しながら丁寧な挨拶に手を上げて返し、身体を鍛えていた戦闘奴隷達も一度訓練を止めこちらにぺこりと挨拶をしたのちに各々の稽古に戻った。
そしてナビリスに連れてこられた先には何処にでも売ってそうな木製の椅子が十個程並んでいた。休憩用の椅子だ。
彼女の指示に反する事も無く従うままその椅子に座りナビリスの準備を持つ。チラチラと向けてくる視線を浴びながらもジッと待機して数分後、手にはハサミと櫛、剃刀が入ったケースに霧吹き。
水は魔法を使えば楽だと思うがここは文句を言わずナビリスに全てを任せよう。
彼女が髪を切るのは今回が初めてだと記憶しているが本当に大丈夫なのか…?人間の髪を切るとは訳が違うのだが。今になって少し不安になってきたぞ。
「ふふふ、私に任せてショウ。腕に掛けて貴方を更にカッコよくしてあげる」
…何でそんなに笑顔なんだナビリス、おい答えてくれナビリス、必要なら創造魔法でヘアスタイル雑誌を作るから。…え?賢神に必要ないって?余計不安になってきたんだが。
「うん完璧、流石私。身体の細かいコントロールにも慣れたわ、どうショウさっぱりした?」
「ああ、ありがとう俺のナビリス。スッキリしたよ、これからも髪の調整が必要になったら頼むよ」
渡された鏡で頭全体を確認するが変な所は見当たらない。よかった、心からそう思う。途中背後から「あ」と物騒な声が聞こえてきてビビったが蓋を開けてみれば失敗らしい場所は見つからなかった。
しかし、この世界にやってきて初めて肝を冷やした…。
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