第108話 占いの町
「もう少しで町に着きますよ」
御者席に座る幼さを残した青年の兵士から聞こえてきた声にショウと同じ馬車に乗る冒険者達が反応した。
中から外を確認すれば高所から外壁に囲まれた町の全景が見えてくる。
だが町を建てた立地が悪いのか町の中は紫色の薄霧が漂っており、離れた場所からでは町がぼやけて見える。町並みの中心部へ行く程霧が濃く、町が幻のように浮かぶ。壁門付近に行き来する人や馬車が幻影のように現れては幻影のように霧のうちに消えてゆく。
「っち、相変わらず薄気味悪い町だな」
ショウと共に馬車窓から顔を覗かせたカイアスの何処か軽蔑した声を漏らした。
「薄気味悪い?カイアスはあの町に訪れた事があるのか」
彼の言葉が少し興味を持ったショウは早速カイアスに尋ねた。いきなり質問をされるとは思っていなかったカイアスはその立派に蓄えた髭をさすりつつ脳内で言葉を選びながらショウからの質問に答える。
「最速で高ランクになったなら知らなくて当然だな。俺達が今向かっている場所、町名は確かターンズの町だったか?占いの町の方が名は知られているな。まぁここから見て分かるように一年中あの薄紫の霧に包まれているらしい、何よりあの町には千に一つ珍しいダンジョン地としても俺等冒険者に有名だな」
「珍しいダンジョン?」
そんな事も知らないのか?と上から目線でショウを蔑むパーティーメンバーを気にせずにショウの質問にカイアスは真面目に答える。
「ダンジョン名『夢幻に虹橋架ける預言者の隠れ家』大層な名前だが生息する魔物のレベルだけを見れば難易度は中級と言ったところか。しかし、今まで誰も最深部へ辿り着いた者は居ないある意味いわくつきのダンジョンだ」
「へぇ」
「ダンジョン内部にも霧が満ちており目印無しじゃ碌に前に進む事すら困難。一番の難関がダンジョンに住まう魔物だ。襲い掛かってくる魔物には予知を見通すスキルを持っているらしく此方の攻撃を躱し、此方を移動を予知して足元に罠を仕掛けてくる非常に厄介な魔物だ」
「確かに話を聞くだけで厄介なダンジョンだな」
カイアスの話に同意するように頭を頷くショウを横目で見つつ、彼は話を続けた。
「それだけ鬼畜なダンジョンを突破した最奥には何でも願いを叶えてくれる魔法の壺が置かれているって噂だ」
「(魔法の壺か、魔法のランプじゃ無くて壺か)」
神界で子供達と一緒に見た某映画を思い出していたショウに気付かず、カイアスの話は終わった。
「魔法の壺!その御伽話は私も聞いたことがあります」
突然、興奮した御者席に座る若き兵士が会話に入ってきた。
「何でも今から約4000年前、この世界を創りし女神から知識を預かった一人の星読み師が生涯を掛けて作った願いを叶える魔法の壺。石を入れて壺をひっくり返せば口から宝石が出てき、壺に黄金を入れれば何でも斬れる剣が現れ、壺に只の水を入れればどんな怪我でも直す霊薬エリクサーへと変わり等々。一説によれば魔法の壺には太古の真龍が封印されていて、その龍は壺を手にした者の願いを叶える代わりに封印を解かせようとか」
「へぇ~そのおとぎ話は俺も初めて聞いたな、興味深い話だったぞ。俺が聞いた話だと壺を綺麗な布で拭くだけで何でも願いが叶う、だったか」
「はは、僕も小さい頃村の爺婆から聞いた話なので詳細な会話はあんまり覚えていないのです」
カイアスと彼のパーティーメンバー全員が関心した風に御者席に座った兵士の話を聞いていた。ショウはと言うと全く他の事を考えていた。
「(お爺ちゃんから加護を与えられた人間も過去には存在したのか…っふ、又会った時にでも詳しく聞いてみよう)」
馬車は進み目と鼻の先に外門が見えてきたと思いきや、列には並ばず傍の草原で停まった。
外に出たショウたち一行は他の冒険者が一カ所に集まった場所へ足を運ぶ、水滴を含んだ濡れた雑草の感触が靴底を撫でる。絵の具のような灰色の薄霧が視界を閉ざそうとする。
これで全員の冒険者が集まったようで馬に跨った伝令兵がその口を開いた。
「この町にて二日間の休憩を与える!酒場に籠るのも良し、ギルドで手頃な依頼を探すのも良し!ダンジョンに挑むのも良し。正し!法を破れば即座牢へ入ってもらう、この場に居る全員名誉ある王国使節団だという事を忘れるな!最後に集合の時間を過ぎても現れなかった者はその場で依頼失敗とさせて頂く!では私はこれにて」
伝えたい事を伝えた伝令兵は馬の腹を蹴って兵士が集まる位置まで戻っていった。
「…列に並ぶか」
ポツリと誰かの呟きに他も相槌を打つと無言のまま門の列に並んで自分の番になるまで待つことにした。エレニールに騎士部隊、王国軍の兵士は先に別の門から町内に入っていった。
「ショウ、今晩他のパーティーと共に酒場で一杯乾杯でもどうだ?折角一緒の依頼で巡り合ったんだ、お互いにもっと相手の事を知る機会じゃないかと思ってな」
列に並ぼうと歩みを進めていたショウの背後から一緒の馬車で同伴したAランクパーティーのリーダー、カイアスから声が掛かった。彼はフランクな気持ちでショウに話かていたが背後に待ち構えている彼のパーティーメンバはまるで冷たい目の色でさげすむように眺めている。彼等は冒険者ギルドに登録して最速の速さで同等のA級に昇格したショウに激しい嫉妬を覚えていた。『自分は泥水を啜って一から上がってきたのに彼はどうしてそうじゃない』『こんなのは間違っている』『あいつは運が良かっただけ』彼等はそう思いながら内心で暗い炎を燃やす。全てショウに筒抜けだと知らずに。
「折角の誘い有難いが、長時間馬車に揺れて俺も流石に疲れた。いち早く寝心地が上等な宿の部屋を借りて出発日までのんびり町でも散策しておくよ」
誘いを断れたカイアスだったが胸中を顔に出す事無く、気にしないと手を振り随分数が減った列に並んだ。
「調子に乗るなよニュービー」
メンバーの一人がショウとすれ違う寸前ポツリと一言吐き出すと彼の肩をこすって行った。
「(見た目が若いのも難儀だな、っま頑張って現世を頑張って生きると良い若き存在よ)」
肩をぶつけられたショウは気にも留める事なく町に入ろうとする順番待ちの列に並ぶと彼の番になるまで誰とも会話を交わす事は無かった。一つ付け加えるのならAランクのギルドカードを受け取った門番に不審がられたことだろう。
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