第109話 占いの町 その2

 列に並んで暫くすれば俺の順番に回ってきた。薄紫の霧から露わになった街を守る役割を持つ王国軍の軍服をしっかり着こなした衛兵の素顔が俺の瞳に映し出す。年代はまだ十代後半か、二十歳になったばかりであろうまだ若々しさを残した新人兵士らしき門番は同僚と力を合わせつつ、良くも悪くも荒々しい冒険者達を捌いていた。


「ターンズの町へようこそ!防犯対策の為こちらのリストに氏名と、冒険者カードの提出をお願いしまっす!」


 両手には随分と分厚い重なった紙を挟んだ用箋挟を持った新兵が俺の目の前に立った、あちらも薄霧で顔が確認出来なかったらしく俺の顔を見れば少し驚いた表情を見せるも冷静に便箋挟とインクが付いた羽根ペンを渡してくる。


「これで良いか?」


 別に拒否をするつもりは全く無いので言われた通り自分の名前を書き、ポケットに入れてたギルドカードを彼に渡した。


「…っえ!?僕と歳は変わらないのにAランクですか!」


 プラチナ色に輝く白銀カードが目に入った瞬間目をぱちくりと皿のようにして驚愕した間抜け顔になった。もし上司に見られば数時間は怒られるところだが運よく霧の内に隠れ難を逃れた。まだ若さを残した衛兵はギルドカードを裏返して素早く何か記録を付ければ素直に返してくれた。


「よし、通ってください。違法行為はしないで下さいね」


 彼の言葉に返事代わりに頭を頷いて開かれた門を潜って町へ入っていく。町中を包む薄霧を突き進み住民が一番多いであろう大通りへと向かっていく。


 町と言っても人口、約7000人が住まう町だ。所々からこの地に住まう人達の声が一筋の風のように響いてくる。此処の住民は皆普段から音量高めに話すのが癖になっている様子、活気ある声だ。そう思いながら大通りを進んでゆく。


「いっらしゃいみてらっしゃい!さぁさぁ今日採れたての紫芋だよ~!そのままかぶりつくのもよし、焼くのも良し、ふかすのもよし!買った買った!」


 拡声器を片手に決して裕福では無い布一枚の服を着た十ぐらいの子供が紫色の芋を売ろうと根気よく声を出している。


 彼だけでは無い、大通りに店を出す皆全員メガホンのような拡声器を片手に持って辺りに響くような大きな声を張っている。


 霧で先が見えない客の為の対策術なのか、彼等がこの世界で精一杯策を練り生きようとする姿に世界の管理者として満足できる光景だ。


 折角なので最初に聞こえてきた芋を販売する露店へ足を進めた。


「い、いらっしゃいませ…な、何か御用で?」


 霧の中から出てきた俺の姿を見た瞬間、先程までの勢いは何処に消えたのか体を棒のようにコチンコチンにさせてたどたどしく話しかけてくる。もしかして俺が怖がらせたのか…?


「その芋は一つ幾らだ?」


 ざるに入った紫色の芋を指差して子供に値段を聞いた。


「……は、はいっ、一つ銅貨三枚になります!も、もしかして買ってくれるのですか」


 暫く間を置いて俺が客だと分かったらしく頬に泥が付いたままの子供が乾いた笑顔で答えた。


「そうか、なら其方の芋を十個程貰おう。袋は要らない」


 左手の人差し指をピンと立て指し示し右ポケットから取り出した銀貨三枚を露店の子供店主に渡した。


「っつ!ご購入ありがとうございます!」


「あ、一つ聞いて良いか」


 ざるにてんこ盛りに入った芋を取って背負った鞄に放り込んでいると一つ思い出したので町の住人でもある子供に聞いてみることにした。


「え、はいなんでしょうか?」


「この町に入ってきてばかりで泊まる宿が決まっていないんだ、何処か評判が良い宿を知らないか?」


 そう、それはこの二日間寝泊まりする宿だった。都会でも無いこの町に俺が満足できる宿があれば嬉しいのだが。


「う~ん…それなら、この大通りを真っすぐ進んだら二つに枝分かれした道が見えてくるんだ。その道を右に進んで直ぐの所に『白狼の迷い亭』って宿の料理が美味しいって聞いたことあるよ」


 ふむ、一応行ってみるか。


「ありがとう、ほらこれで甘菓子でも買うといい」


 そう言って丁寧に教えてくれた子供にチップ、銅貨五枚を渡した。


 予想外のお小遣いに子供の表情は満足そうに顔を綻ばせ「ありがとう」とスマイル百パーセントの笑みを浮かべている。


 彼の頭に手を置いて数回ポンと当て、言われた活気が溢れる大通りを真っすぐ進み宿へ向かうことにした。




 ショウが宿を仕切る女将と部屋のグレードを決めていた頃、彼の婚約者である第三王女エレニールは護衛の騎士達と共にこの領地を治める領主の館に到着していた。伝令兵による前触れがされていたお陰か入口の大門は既に開かれており執事服を皺一つ無くピシッと決め、長い真っ白の髪を後ろで一つに束ねた老人が門の前で立っている。執事は背中をピンと真っすぐ伸ばしているが眉根に皺を寄せた彼の顔には何処か張り詰めた表情を無意識のも見せていた。無理もない、屋敷を切り盛りする老熟の執事にとって敬愛する王国の王女様に出会うなど普通なら有り得ないことだ。


 霧の中から騎士達に守られたエレニールの姿が目に映ると老人の執事は即座に最敬礼を行う。王族より先に言葉を話す事はご法度、最悪屋敷の主が全責任を負うことになりかねない。


 馬に跨ったエレニールが一人前に進むと、頭を垂れる執事に向けてその口を開いた。


「出迎えご苦労、楽にしてくれ。貴殿の主の元へ案内を頼んでも?」


「っは、勿論で御座います。此方へどうぞ」


 周りの騎士達から発せられる殺気を浴びつつ顔を上げた執事はその目に王国民誰もが知る第三王女の姿を焼き付ける。こんな機会もう二度と起こらないと胸中しみじみと感じながら。


 屋敷の入り口に執事の案内によって辿り着いたエレニール達は圧迫感にじわりじわりと押し付けられて息苦しそうな馬丁に馬の世話を任せて開かれた頑丈そうな扉を潜った。玄関扉の先にはホールに集められたメイドと使用人が二列にずらりと並び、全員が頭を垂れていた。そして、二手に分かれた行列の奥には一際豪華な刺繍がされた正装に身を包んだ一人の男性が華々しく右腕を頭上へ上げると今度は左足を半歩下げながら腰を落とし、その上げた腕をゆっくり円を描くように胸へと当てた。


「お初にお目にかかります王女殿下、ようこそ我が領地へ。私はこの地を任せられた当主『レイモンド・フォン・ターンべリア』男爵と申します。そして私の後ろに控えるのは我が家族で御座います。この度、ラーヘム魔導国への使節団と言う大役何事も無く完遂されることを心の奥底から強く願っております」


 エレニールの出迎えに現れた男、いやターンべリア男爵はそう告げた。


「大層な歓迎感謝するターンべリア卿、二日間と短い間だが其方に世話になる」


 圧倒的なオーラが揺らめくエレニールの淡々とした言葉に男爵はより一層深い礼を交わす。


 すると、顔を上げた男爵は一つエレニールに質問した。


「恐縮でございますが王女殿下の婚約者であられる殿方はご一緒ではありませんので?」


 思いもよらない言葉が彼の口から出てきた事に反応したエレニールの片眉がぴくッと上がった。


 正式な場なら不敬とも取られる言葉に辺りの空気が重く感じられる、護衛の騎士達は無表情だが内心大事にならないと願っている。


「彼は今回、冒険者ギルドの依頼と名目で同行している、彼の本業は冒険者だからな今頃町一の宿を見つけている頃だろうな」


「成る程…そうで御座いますか。不躾な問いをお許しください」


 意外なほどあっさりバラしたエレニール。そして彼女の憶測は完璧に当たっていた。少し時間を置いたエレニールの口が又開いた。


「…それにしても良く彼が同行している事が分かったな、流石百年に一人の逸材とも言われる王国一の占い術士と言ったか」


「それ程でも御座いません…」


「ふふ、そう遠慮するものではない。ふむ折角の機会だ、ぜし私と王国の未来を占ってくれ」


 すると突然男爵の瞳が輝き始めた、眉の辺りに興奮の色を見せる彼の姿に傍で様子を見守っていた執事の老人が『またですか』と何処か諦めた顔を隠そうともしない。


「本当ですか!?勿論で御座います!さ、さでは早速此方の占い部屋にて請謁ながら殿下の御未来を占って見せましょう!」


「あ、ああ」


 やっぱ辞めようか、と一瞬思ったエレニール。ここが我慢のしどころと唾つばを呑んで平常心を貫いた。



「……ふぅ~占いの結果が出ました」


 水晶の中に白い渦が舞う吹雪を黒目に力を集め熟視していた男爵の声が部屋に広がった、彼が呟いた声は何処か疲労を感じさせるくたびれた声。


「占いは何と出た?」


 興味深く占いの儀式を見ていたエレニールの凛とした質問に数回深呼吸した男爵。彼女の背後に立ち竦む騎士達も耳を澄まし息を詰めるようにして会話を聞く。


「『北方を統一せし覇王、彼の者の目が汝へ向けられる時、その先に待つのは大戦。汝の愛しい者を信じたまえ、さすれば地獄の世代は回避されるであろう』…以上が占いの結果です」


「…………」


 何やら思い詰めた様子でジッと顎に手を添え知恵を絞るエレニールに誰も口出し出来なかった。


「(北方の覇者…、北大陸を一つに統一する王が現れる暗示。統一後、次の目標が王国に向かう。つまり戦争を仕掛けるつもりか。…しかし最後の部分が気になる、『汝の愛しい者を信じ』、何故ここでショウが出てくる。ショウが戦争を終結する何かのきっかけを持つのか?…判らない、こればかりは本人に聞いてみない事には)」


 どれだけ思考を重ねても不安が拭えないエレニール。未来がどうなるのかは興味を持つ神のみしか分からない。

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