第16話 ギルドマスター
魔物や盗賊の襲撃など無く、無事にラ・グランジに辿り着いた。
火竜の牙メンバーたちがオークの集落で発見した財宝を全て馬車の荷台に乗せたため、御者をしていたダビットと、体力が無いローザ以外歩きとなった。
歩きながらの会話も意外と悪くなかった。
三時間ほど歩くとラ・グランジの城壁が薄っすらと見えてきた。
列に並んでから街に入るまで五時間は掛かった。森から辿り着くより掛かるとは思わなんだ。
街の中は魔石が組み込まれた街灯の光によって明るいが、既に日は暮れていたので早朝冒険者ギルドで集合することにした。彼等と別れ貴族の別荘や裕福な商人が住まう東区へ向かった。途中、立派な3階建ての道具屋に寄り興味深い魔道具を幾つか購入しショウが泊まっている高級宿に戻った。
扉の前までたどり着き、インベントリから鍵を開けるためのカードキーを取り出しドアノブにはめ込まれた魔石に当て、ロックを解除し扉を開いた。
部屋の中に入りそのまま真っ直ぐ寝室に行き、ショウが留守中にルームサービスによって綺麗に整えられたベットの上にフード付きのパーカーと、その下に着ていたシャツを脱ぎ捨て上半身裸になったショウはジャグジーが置かれた場所まで行き設置された魔石に魔力を流し、丁度いい温度の水を貯め始めた。
ジャグジーから上がり、インベントリから出したバスローブを羽織りベットに倒れこんだ。
『ショウ。彼女等に加護を与えて良かったの?もし悪用されたらこの世界のバランスが崩れるわよ』
ナビリスが心配してくれる。
『んー、けど何年後に転生するか分からないし、もしこの世界を破壊しようとしたら直接叩くだけだよ』
何も心配ないと伝えた。
『そうね。分かったわショウ。それで今夜はどの場所を眺めるの?また戦争中の国?』
そうだな。戦争と言っても戦争内容は小国同士により領土拡大の為だし。
ランキャスター王国は平和だし。
カサ・ロサン王国は一様戦争の準備中だが、今のどころ小競り合いでとどまっているし。
ロスチャーロス教国は聖女と言われる女性が「この世界に新しい神が降りた!」、と騒いでいるが教祖以下、枢機卿や高司祭達は戯言と思っているらしい。事実なのに虚しいな。
バンクス帝国は召喚した勇者達の育成で忙しいところだし。
他の大陸もそんな変わらないし…。
『勇者たちの訓練でも眺めておこう。丁度暇つぶしに最適だ』
『分かったわ。見所のある勇者が居ると面白いですね』
全くだ。
『おはようショウ。もう朝ですよ』
彼等の訓練を眺めていたら朝になっていた。生徒たちは夜中でも問答無用で訓練に明け暮れていた。流石日本人、凄い精神力だ。
『おはようナビリス』
『どうでしたか?気に入った勇者でもいましたか?』
『んー普通だったかな。召喚された時は日本に帰りたい帰りたい、と喚いていたが。今は特別な力を持った自分たちは主人公だと思っている。この調子ではセシリアにどれだけ数をぶつけても勝てないな』
いきなり力を得たらやっぱ傲慢になるな。…特に人間は。
『でも、リーダと一人の女性の生徒には面白いスキルを持っていたな』
『面白いスキル?それってどんなスキル?』
人間が嫌いナビリスに興味が湧いたようだ。
『ああ。リーダー勇者にはスキル『聖剣(エクスカリバー)』。女性の勇者にはスキル『聖女の祝福(セイクリッドブレス)』。このスキルで周りの人間からは二人は『真勇者(トゥルーブレイブ)』に『聖女』と言われてる。最も、呼ばれてる二人も悪い気分じゃないようだ』
それに、バンクス帝国が用意したハニートラップに見事引っかかっている。思春期だから仕方ないが。
『全く!人間と言う人種はすぐに傲慢になりますね!』
あ…ナビリスが少し切れ始めた。
『まあ、珍しいスキルだけどセシリアを倒すなんて無理だよ。それ以前に魔将軍や、四天王も居る。彼等を倒すなんて到底不可能だよ』
『…はあ~。分かったわショウ』
一様機嫌は戻ったか。
『それじゃ着替えて冒険者ギルドに行くか』
そう言いながら昨日と余り変わっていない服を着て、剣帯を腰に回しベルトで固定してギルドへ向かった。勿論お洒落なコーヒショップで買った紙コップ付きコーヒーを飲みながら大通りを優雅に歩いた。
既に空になった紙コップをインベントリに捨てて、冒険者ギルドの扉を潜った。
「ショウ!こっちだ!」
俺の名前を呼んだ方へ視線を向けると食堂スペースに置かれたテーブルに火竜の牙メンバーが既に待っており、スープと白パンを食べていた。勿論酒付きで。
「遅くなってごめん」
彼等のテーブルに向かい一応遅れた事を謝る。
「いや、気にすんな!丁度腹が減ってたからよ!ショウも何か頼むか?」
予想外の収入に笑顔で片手に酒を持ちながら俺の肩に腕を回しながら聞いて来たリーダールト。
彼の行動にローザが心配そうに見ている。目線が合ったローザに問題ないとウインクをし、答えた。
「ここに来る前食べてきたから遠慮しとくよ」
「そ、そうかぁ?まあ腹が減っていないならしゃーなぇー」
席に戻っていった。ローザの隣が空いていたので一言断ってから隣に座った。するとテーブルの下で彼女の手が俺の手の上に重ねてた。俺は彼女を拒絶せず手を繋いだ。
「大丈夫か?」
小声でローザだけ聴こえるように話しかけた。人族の耳では決して聞こえない小さな声だが、人族より優れた聴覚をもつハイエルフ族の彼女にはハッキリと聞こえたらしく、頬を少し赤くしながら頷いた。
「う…うん。…平気。昨日の事でちょっと」
「…そうか」
「…うん」
他のメンバーが盛り上がっている間、俺達はこの騒がしい空間で何も言わずにただ手を重ねた。
「ああぁ食った食った、もう食べれねえぇ」
30分後、テーブルにあった全ての料理を食べ終えたルトが腹を叩きながら、ご満足した表情で話しかけてきた。
「ッよし!それじゃ受付で依頼完了の処理をしてくるか」
ルトはそう言って、テーブルから立ち上がり運よく列が空いていたセリアのカウンターへ向かった。他のメンバーも彼の後を追い、ローザは俺と目が合うとニコリと微笑み一歩遅れて彼等の後を追った。
立ち上がった瞬間にベールから微かに零れた銀髪が神秘的であった。
どうやらルトとセリアの話が済んだらしく、テーブルに座っているショウを手招きして昨日使用した会議室へ入っていった。
最後に部屋の中に入り、またもやソファーに座っているローザの隣が空いていたので座った。
暫く7人で待っているとノックの音がし、個室の扉が開いた。
二人の人が入って来た。セリアともう一人は腹が出て、服を窮屈そうに着ている髪が薄いオッサンであった。
「こちらがラ・グランジ冒険者ギルド副ギルドマスターのデニス様です。今回の指令依頼の件に関して少し質問があるようです」
セリアが吐き捨てるようにオッサンを紹介してくれた。彼の事を嫌っているようだ。紹介されたオッサンは何も言わずダイアナを舐めまわすように見ている、特に大きな胸を。隠そうともしていない欲望の目線にダイアナとローザの二人、それにセリアの顔には汚らわしいものでも見るような表情が浮かんでいた。
「儂が副ギルドマスターのデニスにょ。にゅふふ、可愛い冒険者にゅ会えて嬉しいぃじょお」
わーおー喋り方も気持ち悪いな。ローザも気味悪がって震えながら俺の手を握っているし。
「は、はあ、Bランクパーティー火竜の牙リーダーのルトと申します」
一応ルトも名乗ったが、ガン無視された。ルトの額には青筋を立てていた。どれだけ欲望に忠実なんだこのオッサンは。
『気持ち悪いですこの下民。ショウさっさと終わらしてください』
ナビリスも毒舌モードになってるし。ま、まあ俺も自己紹介するか。
「Cランクのショウだ」
「……っふん」
…………もう疲れた。帰っていいか?
セリアに目線でそう伝えてたら。彼女が代わりに話し出した。
「質問というのは、昨日皆様が焼き払ったオークの集落の事です」
「どういうことですか?」
俺達の代表としてルトが感じた疑問を伝えた。
「おお、そうだ!君等が昨日集落から持ち帰った宝にょ。あれぇを9割納める様に」
おいおい本気かよ。ほら、ルトも口を開けてポカーンとしてるよ。
「……え?え、ええと。依頼中に見つけた宝は見つけた冒険者の財産になるはずでは?規定でもそう書かれているはず」
「ふんっ。規定にそうぁ書かれてみょ儂が9割と言えば9割にょ。にゅふふ」
「「「…」」」
余の傲慢さに他に皆が呆然としてるよ。セリアも知らなかったのか物凄い血相でデニスを睨んでるし。
だが、釈然としない。俺があの場所に置いた財宝は確かに結構な量だったが、そこまで珍しい物は置いていないはず、何か可笑しい。…神眼で過去を調べるか。
『神眼で人の過去を見ないと言ってたのに?』
『…記憶にないな』
『はあぁー…。好きにしなさい』
成程、このおっさんは財宝を領主に上納し、非合法な手法で現ギルドマスターを蹴り落とし、その席にデニスが座る。そういう計画を立てているようだ。彼自身、穴が無い完璧な策だと本気で信じ切っている。
『あほだなこいつ。そんな事でギルマスに昇進出来るはずないのに』
『全くです。見た目が豚は考え方も豚ですね』
『あ、ああ。それに副ギルドマスターにのし上がれたのも貴族のバックアップがあったからな』
『人間と言う人種はどこまで愚かなのでしょう』
そうだな、人間は欲望を求め続けるからな。
『それに神眼で領主を一度見た事があるが、流石領民から尊敬される女公爵、賢明そうな女性だったよ。上納された財宝すら受け取らないだろう。』
「ぐにゅにゅ、それぇで見つけた宝にゃ何処に?」
「っぐ、横暴だ!デニス殿がおっしゃった内容は規定違反に当たる!」
ルトは耐えきれなくなりソファーから立ち上がり叫び始めた。
「にょにょ、この副ギルドマスターであう、儂にそんにゃ言葉遣いでいいぃにょか?儂にょ権限でぇ君等のギルドカードを剥奪に出来るんだにょ」
「なっ!」
にょにょにょ煩いな。
これじゃ話が纏まらないので、時空魔法「アポーツ」でギルドマスターをこちらに強制的に転移させる。
褐色の肌、白と青が混じった腰まである美しい長髪、余に整った顔、服の上からも分かる豊満で張りのある胸、引き締まった腰に、すらっした足。両手に持ったクッキーを美味しそうに食べている。
ダークエルフ族。普通のエルフ族より数は少ないとされている珍しい種族。この世界ではダークエルフと、エルフによる対立は無い。理由は初代国王の嫁の一人がダークエルフだったからだ。
お菓子を食べている最中にいきなり転移されたので目を大きく開き、持っていたクッキーを床に落とした。
何処からともなく表れたギルドマスターにセリア、デニス、火竜の牙メンバーも驚いていた。
「ギルドマスター!?どうして此処に?」
セリアが堪らず大声を出した。
「あ…あら?セリア君に、デニス君もどうしてここにさ?それに、私は自室に居たはずさ?」
キョロキョロ周りを見渡し、困惑しながら向かいの俺達を見た。
「君達はたしか、Bランクパーティー火竜の牙だよね?」
「は、はい!リーダーのルトと申し上げます。この度はギルドマスターの中でも有名でおられる、シノン・カータウェル様とお会いになり、心から感謝いたします」
ルトが床に跪き、手を胸と腰に当て、緊張しながら答えた。俺とローザ以外もいつの間にか床に跪いていた。ギルドマスターに接する対応にしては大袈裟だな。
「ローゼ、あの女性って有名なのか?」
隣に座っているローゼに聞いた。
「…はい。…彼女は初代国王『カイト・フォン・ランキャスター・オカダ』の曽孫」
「そっか、ありがとう」
予想以上の大物だ。それで、彼らは緊張しているのか。
「まあ、頭を上げるがいいさ。それと君達は?」
シノンと呼ばれたダークエルフは視線を俺達、正確にはローゼの方を向けて聞いて来た。彼女にはローゼがハイエルフ族だと分かるか。
「…同じく火竜の牙…のローゼ」
「俺はCランクのショウ。今回の依頼で一緒になっただけだ」
「うむ、ローザ殿に君が噂の疾速のショウか。よろしくさ」
恥ずかしいから二つ名で呼ばないで欲しいな。
『ふふふ、女神ハーレムのショウと言う二つ名はどう?』
ナビリスもからかい始めた。
「ん~それさ、この状況を説明してくれさ」
空いている席に座り、ギルドマスターの後に座りなおしたルトに聞いた。
「っは!畏まりました」
ルトは最初から説明し始めた。デニスは何も言わずに顔を青くさせ汗を大量に掻いていた。
「…成程、状況は確認したさ。デニス君、彼が言ったことは事実か?」
険しい表情を浮かばせデニスに聞いた。
「ま、全くの言い掛かりです!私がそんなことを……」
「全て事実ですギルドマスター」
真実を否定しようとしたデニスの言葉を再議ったのはセリアだった。
「なっ!セリア!君は何を言っていぃるんだにょ!この儂に対してぇ侮辱するつもりか!」
興奮してにょが戻っている。
「そうか分かったさ。デニス君、君は今日でクビさ。もう来なくていいさ」
「ギ、ギルマス!貴方まで彼等の戯言を信じるつもりですか!?」
「さっさと消えるがいいさ」
瞬間、シノンから強烈な威圧が放たれた。
「っぐ!にょ。こ、後悔しますぞ」
しょんべんを漏らしながらデニスは会議室から逃げ出した。汚い。
「よし!…あ、ごめんさ、君達にも威圧を放ってしまったさ」
「い、いえ私はへ、平気です」
俺、ローザ、セリア以外冷や汗を流し、腰を抜かさないよう荒く深呼吸をしていた。
「良かったさ。それじゃ、君達が見つけた財宝もそのまま君達の報酬でさ。後これが今回の依頼完了による報酬さ」
白金貨2枚を一人一人渡した。
「ありがとうございます。それでは俺達は失礼します!」
ルトはそう言いソファーから立ち上がり、彼等のパーティーが部屋から出た。
「お先にどうぞ」
最初に俺が立ち上がり握っていたローザの手を優しく引っ張り、彼女を立ち上がらせ。先に部屋から出てと伝えた。
彼女は頷き早歩きでメンバーの後を追った。
ローザが部屋から出たのを確認した俺も、扉に向かって歩き始める。
「疾速のショウ。少し待つがいいさ」
扉を開き、部屋から出ようとしたところでシノンから声を掛けられた。
俺が振り向いた瞬間、既にシノンのパンチが顔の目の前に迫っていた。
――パンッ!
シノンの渾身の攻撃を一切表情を変えることなく手のひらで受け止めた。
「ギルマス!何を!」
状況が追い付かないセリスの叫び声が聞こえる。
「君は何者だい?君がステータスを変えている事は既に分かっているさ」
「…何の事だ?」
「とぼけるな。私の鑑定でも君の正体を見あぶれなかった。これは異常さ。異常すぎるさ」
「何故そう思うんだ。俺がステータスを変えていない可能性は?」
「たったレベル25の小僧が一人でオークキングを倒せるわけが無い」
俺の睨み付けながらそう答えた。
「…」
「…君は帝国のスパイか」
「いや、それは無いな。もし俺が帝国のスパイだとしたら、俺は目立ちすぎじゃないか」
『自覚あったんですね』
おい。
「……そうか。まあ君が何者であろうと、どうでもいい。でも!ひい爺様が造り上げたこの国を滅ぼそうとしたら、私は許さないさ!」
攻撃してきた拳を下し、真面目な表情で俺の目を真っ直ぐと見ながら伝えてきた。
「それは心配しなくても良い。俺はこの国を気に入っている」
俺の神としての仕事は国を滅ぼす事では無い。それは事実だ。
「…分かった、今の言葉を信じようさ。攻撃してすまんさ」
「気にするな。じゃあな」
後ろに向き手を上げながら、部屋から出た。
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