第98話 夜の晩餐会 

 煌びやかに飾られた会場ホール。透明度が高い窓からは多くの光が漏れ出し、楽し気な音楽が流れている。並べられたテーブルには全て熟練の匠が全身全霊を籠めて作り上げたテーブルクロスが覆いかぶせ、天井から吊るされた巨大なクリスタルシャンデリアは初めて見る者を魅了させる。緑豊かな庭園にも光源や同じテーブルが設置されており、そこでは夜ならでの景色を楽しむことができるようになっている。


 テーブルの上には高級食材をふんだんに使用された料理から香ばしい香りが辺りに漂う。食欲に耐え切れなかった人は、既にメイドから皿に盛ってもらった料理を口一杯に入れている。会場にいる貴族達からは作法がなっていないと、軽蔑した視線を彼等に向けるが料理を口に含んだ彼等は気にしない。例え位階を持たない平民でも、純粋な力は此方の方が上だと分かっているから。


「お飲み物をどうぞ」


 周囲を観察しながら当てもなくのんびりと歩いていると、ワイングラスを乗せた盆を片手に給仕するメイドが傍へ寄ってきた。王宮で働くメイド達は全員外見は整っており、今夜の晩餐会に参加している人達の中には一晩を過ごそうと彼女等を誘う瞬間も目撃する事が出来る。


「ありがとう」


 礼を返し盆に乗せたワイングラスを手に取ると口へ運ぶ。細身で華奢だが芯に力があるその液体は涼しい流れのままに喉を降りていき、口の中には余韻だけがかすかに残り、やがて消えた。美味い。


 神になった時からアルコールはそれ程飲まなくなったが、これは丸みがある上品なワインだ。後でナビリスと銀弧の為に買っていこう。後で念話で伝えておく。


 夜会に招待された俺は礼服に身を包み、パーティーに参加している。


 勿論ナビリスと銀弧の二人を誘ってみたのだが、結局来なかった。どうやら人混みに紛れるのを嫌がったらしい。特に二人の容姿は飛びぬけた美しさなので、要らないちょっかいから逃げたのであろう。


 この場に集まった招待客は下級貴族から上級貴族の家族までいる。更に今闘技大会にて本戦出場を果たした選手は全員今夜の晩餐会に招待されている。


 貴族では無い彼等からしたら王城の中に入る事はとても名誉である。もし貴族の目に留まり、唾を付けたら金に困る事無く人生を全うできる。貴族も実力をある人材を確保出来てWIN-WINの関係だ。そしてこれは、後ろ盾を持たない選手たちにとっても数少ない好機だ。


 中には豪華な料理を腹一杯食べる為だけに闘技大会に出場する傾奇者も多数いるとか。


「まぁ、美しいショールですわ。これが噂の…?」


「ええ、アラクネの糸から紡いだお召し物ですわ。お父様からのプレゼントなんです」


「触っても?」


「ええ。勿論ですわ」


「あぁ、触り心地も素晴らしいですわね。私もお父様におねだりしたら手に入りましょうか?」


 ある一角を見ればドレスを着こんだ貴族令嬢達が一人の令嬢が自慢するように見せびらかすシュールに目を輝かせ、周りを囲んでいる。アラクネの魔物は強さもあり、滅多に人目の前に姿を現れない。今アラクネの糸が手に入れる手段はカジノの景品のみ。多分あの貴族令嬢の父も大金をはたいてゲットしたのであろう、娘思いの良い父親だ。


 他の一角へ視線を向ければ、帝国から客人としてやってきた勇者達が一カ所に固まっている。日本にいた頃は絶対に味わえない体験にキョロキョロとしきりに周囲を見渡している。勇者の中に優勝者の勇者アキトの姿は見受けられない。それもそれの筈、俺が彼の顔面をぶん殴ったせいで顔の面積が倍近くまで膨らんでいるからだ。勇者達の中に居る優秀な回復使いがアキトに回復魔法を掛けたらしいが、未だに顔面は元通りに戻っていない。そのお陰か晩餐会に参加している他の勇者達は俺と目を合わせようとしない。


 すると勇者グループの中から四人、集団から抜け出すと此方へ近づいてくる。


 先頭を進むのは俺が加護を授けた勇者リクと彼の仲間たち。大会中でも数回話した事もある連中だった。


 男のリクと悠真は黒いタキシードを窮屈そうに着込んでいる。ネクタイには帝国の紋章が縫いられている。スーツの胸ポケットには薔薇に模したポケットチーフがお洒落を格上げしている。


 女性勇者の茉莉と凛は爽やかな青色のドレスを恥ずかしそうに着込んでいる、


 ハイヒールに慣れていないのか、ゆっくりと時間を掛けてリクと悠真の後を追ってきた。


「ショウさん!やっと見つけましたよ、こちらにいらしたのですね!」


 加護を授けたせいなのか、大袈裟なリアクションをしつつ俺へ話しかけてくるリク。その姿はまるで嬉しそうに尻尾を揺らる犬。無意識にのうちに俺が加護を渡した張本人と直感で感じ取っているのか?


「ああ、俺もこう見えて自分の領地を持たない法衣貴族の一員だからな、こう目立たない位置でのんびり堪能していたところだ。それより夜会は楽しんでいるか?」


 折角なので彼等の会話で時間を潰そう。勇者と話していれば俺に寄ってくる面倒な貴族達と腹を探り合う無意味な会話をしなくてすむ。


 勇者効果様々だな。加護を授けた過去の俺に礼をしておこう。


「ええ…一応故郷では味わえない体験を楽しんでいます。でも、こんな豪華な宴に参加したのは今回が初めてなので緊張の方が大きいですね。他の仲間達も同じ気持ちなのか端に固まって全然人と喋ろうとしないですし」


「そうね。後、勇者代表の煌斗君が参加していないのも大きいですね。彼は人徳もあり、カリスマ性に長けて私達勇者を率いる人でしたから」


 リクの言葉を付け加えるように茉莉も会話に加わった。不思議な事に彼女の表情は何処か晴れやかな色を顔に浮かべる。余程勇者アキトが嫌いだったようだ。


 まぁ目の前にいるリクを事故に見せかけて殺そうとする男だから仕方ないが。



 四名の小さき勇者達との会話が進んでいると、会場の奥から突如と楽士隊がラッパを吹き鳴らす。


 突然のラッパ音に四人の勇者がびくりと肩を跳ねさせ驚きに打たれ、同時にラッパ音が聞こえてきた方へ視線を向ける。


 すると奥の扉からランキャスター王国、第一王子ヴェルガ・エル・フォン・ランキャスター王太子が姿を見せた。闘技大会では父の仕事を受け持ち試合を観戦することは叶わなかったとアンジュから聞いている。せめて今晩の晩餐会には参加したかったのか。王太子の後ろから続くようにエレニールも現れた。


 ざわり、と。会場ホールに姿を見せたエレニールを見た者が、男女関係なくざわめく。


 共感できる。


 元々エレニールは王国一とも言われる稀に見る美貌の持ち主だ。


 そんな彼女が着飾り、化粧をし、宝石のアクセサリーを身に着ければ、その美貌は凛とした鎧姿の通常よりも数段上のものとなる。


「……」


「わぁ、凄く綺麗。煌斗君が一目惚れするのも無理ないね」


「やっば…あんな綺麗な人初めて見た。俺も惚れそうかも」


「馬鹿悠真っ!お姫様の婚約者、目の前にいるでしょうが。余計な口を謹んで」


 エレニールの美貌に地球から召喚された勇者達も真底から驚いたように口を半ば開いたまま目を皿より大きく開いている。


 一段高い場所に置かれた豪華な椅子に腰を下ろした王太子に良い印象を覚えてもらおうと貴族達が列を作った。上位貴族から先頭に並び、下級貴族は後列に並んでいる。更に貴族の後ろには王都に店を構える大商会の取締役会長が並ぶ。


「え~と、ショウさんは並ばなくて良いんですか?」


 その場から一歩も動かない俺に疑問を持ったリクが尋ねてくる。


「別に俺は派閥争いに参加したいとは思わないし。それに、ほらあそこ」


 そう言って俺はとある方へ指示した。四人が同じ方向へ視線が動くと、その先には絹のような長い赤髪が歩くたびにパタパタと揺れて、赤や青や黄のドレスの裾が蝶々のように翻って一層華やかに彩ったエレニールが此方へ近づいてくる。


 押さえ付けた胸元は大きく谷間を作り、不敬ながらもチラチラと目線が行き来する男たち。誰かが声を掛ける前に俺は彼女へ話しかける。


「やあエレニール姫、そのドレス似合っているよ。俺がプレゼントしたネックレスも付けてくれ嬉しい」


「シ、ショウっ、う、うむ。ありがとう、そちらのタキシード似合っているぞ。ショウも私が贈った腕時計を付けてくれて嬉しいぞ。はは、愛する者から貰った贈り物を褒められるのがこんなに嬉しいとは少し前の私にはとても考えられないな」


 俺の言葉にほんのり照れながらも褒め返してくるエレニールに成長を感じた。

 

 それから王女様相手に顔が緊張で強張って蒼ざめる勇者達も中に入れてその夜は楽しく過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る