第97話 表彰式
『準備が全て完了したと事で、今大会の表彰式を始めます。観客の皆様!盛大な拍手をお願いします。では先ずは3位に輝いたのは~この方!すらっとした肉体の美しさに、同性すら魅了させる仮面の甘いマスクに心を寄せた数知れず。地位、権力に外見、全てを適えた!その名を~『魔導士』シエル・ロンベル!!』
一人寂しく廊下を進み、自分の観戦室の扉を開くと、丁度司会者の声が俺の耳に入ってくる。試合は全て終わったはずなのに未だ興奮の息が洩れている。
「間に合ったか」
ブースに入り全員に聞こえるように声を零すと、戻った事に気付いていなかった奴隷達の視線が一斉に集まった。すると、メイド服を着込んだ一人の奴隷が近づいてくる。
「お帰りなさいませご主人様。御一人でしょうか?」
瞬時に俺の背後に目を向けて、誰も居ない事に疑問を持ったメイドが正直に尋ねてきた。
「そうだ、アンジュ達とはあの後別れてきた。彼女等も自らの観戦室へ戻らなきゃいけなかったらしいからな」
特に銀弧が大好きなアンジュは戻りたくなさそうな雰囲気をプンプン発していたが、残念な事に我儘は効かなかった。その代わり「また遊びに来ます!絶対に!」と俺の手を取りながら絞り出すような低い声に熱が籠っていた。
真っ赤なソファーに腰を下ろし、テーブルの上に置かれたナビリスお手製のスイーツを手に取った俺はパクリと口に入れ、濃厚な美味しさに相槌を打つ。
「ショウ。あれで良かったの?」
天下無双の美味しさを誇るスイーツを心置きなく味わっていると、隣に柔らかいソファーに腰掛けた女神ナビリスがナプキンで俺の口元を拭い、耳元で囁く。九尾の銀弧にしか聴こえないほどのか細い声。
その証拠に反対側に座る銀弧の白い耳がピクリと動いた。
「色々予想外な事象は確かにあったが、結果論としてはあれで良かったと俺は思っている。ナビリスからしたら下界の住民に関わりすぎかもしれないが、こっちは満足している」
「そう。ショウがそう言うのなら私は変に口出ししないわ。嫌味しか言わない女神と思われたくないもの。でも…私あの本まだ読んでいる途中だったのに」
肩に重みが圧し掛かる。視線を動かしナビリスの顔を確かめると、肩に頭を預けた彼女は俺にしか分からないムスッとした表情を見せていた。珍しい表情だ、カメラを取り出して今この瞬間を一枚写真に収めてみたい気もするが彼女は絶対に許さないだろう。これでも三十年以上付き添った仲だ。生まれたナビリスの性格など当に存知てる。大会が終わったらナビリスの欲しい物を聞いてみよう。人智を超えた女神でも欲しい物一つや二つ有る筈だ。神としての直感が俺に告げている。
『栄え有る2位に輝いたのはこの方!誰もがその姿に驚き、その神秘的な美しさに見惚れ!幻とも言われた召喚魔法を苦も無く扱い我々を魅了させた!その名は~カサ・ロサン王国より参りし羽族、召喚術士アルル!!』
アルルの名前がステージから聞こえてきたので、視線をナビリスからステージへ移す。そこには魔石が組み込まれたマイクの魔道具を手に持った今も人気上昇中の司会者に、勲章を持ったドレスに着込んだエレニールの姿が。
彼女の背後にはマジックアイテムの盾を持ち騎士が三人護衛の為佇んでいる。ランキャスター王国と絶賛敵対中の国からすれば、王族を殺れるチャンスは今しかない。それも他大陸すら名が轟くエレニールの命に敵国は一心不乱で狩りにいくだろう。
「素晴らしい試合であった。国は違えど、これからもその召喚魔法を我が民に魅せ付けてくれると喜ばしい限りだ」
「ありがとうございますエレニール王女殿下。私で良ければ我が国王陛下が許す限り何時でも馳せ参じます」
二人の話し声が此方まで聞こえてくる。先程まで父が書いた本を胸に抱き雨のように涙を落としていた姿は何処にも無く、堂々とした顔付で小さな蓋付きの木箱に入った勲章を受け取るとそれを両手で掲げたまま片膝を地面に跪いた。一陣の風がさっと吹くと金を溶かした髪が一瞬散るように踊って肩に流れる。種族差別が他国に比べ平静なランキャスターはアルルにとって住みやすい国だろう。素顔と種族を国民にさらけ出しても不快な視線が極少数だ。
『本当美人は絵になりますね~、私もファンクラブ会長に立候補してみようかしら?…それでは皆もお待ちかね!選手たちを薙ぎ払い、今大会の頂点へと上り詰めたのは~異界より舞い降りた伝説!勇者アキト!!』
勇者の名が呼ばれると共に会場から拍手の嵐が巻き起こった。
万を超える拍手の中、当本人である勇者アキトは隠しようもない自信に満ちた若々しい顔で片膝を跪いてエレニールの言葉を待っている。
そこにミスリルの素材が使われた勲章が入った木箱を持つエレニールが彼の目の前にやってきた。
「優勝おめでとう勇者アキト殿。見事な戦いぶりであった。次も期待している」
王女としての仮面を被った感情を殺した能面のような表情で語る声はロボットから発せられたように抑揚がない。初対面でいきなり求婚を申し込まれたら嫌でもああなる。
「ありがたき幸せ。エレニール様、僭越ながらも一つ私の願いを聞き届けてくれますか」
「…いいだろう。何か?」
「では、私と他の勇者達と共に魔王を打倒しこの世界を救って頂きたい!貴女の強さなら十分可能でしょう!」
「……」
会場が凍えた。拍手も止まり、誰も言葉を発さない。彼の背後に立つエルフ族のシエル・ロンベルは何処か冷たい目の色でさげすむように眺める。
「我々と共に世界を窮地から救い、人類に救済の手を!」
何時の間にか訴えるかのように立ち上がった勇者はギュッと拳を握り、彼の胸へと宛てた。
たった今受け取ったばかりの勲章は雑に腕と脇に挟んでいる。
「…成る程。勇者殿の言いたい事は理解した」
暫く沈黙が続いた。すると、返答が決まったらしいエレニールは彼の目を見つめ口を開いた。
「ではッ――!」
「残念だが、私は貴殿の使命に参加は出来ない」
「――なっ!?」
断れるとは思ってもいなかったのか、驚愕のあまり眼球が瞼の外へ出そうになるほど、見開いた。しかし、彼女の言葉を理解した勇者は猛然と抗議し始めた。
「何故っ!?私達はこの世界を救う為に異世界から召喚されたんですよ!今この瞬間も魔族の襲撃に遭われ家族を亡くした方もいるかもしれないんですよ!滅亡の危機にあるんです!確かに帝国とランキャスター王国は違う国家ですが、魔王を討伐するには国家団結しなければ成し得ないのも事実!」
「失礼だが、魔王率いる魔族軍が他国に侵攻した証拠はあるのか?実際に魔王軍が進軍した瞬間を勇者殿は目にしたことがあるのか?我が王国騎士団はそのような報告は受けていない」
エレニールの言葉には一切の感情は無かった。いや、神眼を使用しなくとも彼女は心から呆れ返っている。
「――ッツ!?」
彼女の的を射た指摘に開いた口が塞がらなかった勇者、すると何を思ったのか万を超す観客の前なのに、不躾けにも手を伸ばしエレニールに近づこうとする。思いがけない彼の行動に無意識にも手を左腰にやるがドレス姿のエレニールは今、武器を持っていない。
…仕方ない、俺も彼女の婚約者として使命を全うするか。
「だっ、誰だ!君は!」
「ショウ…」
エレニールへ伸ばされた手だったが、彼女に届くことは無かった。なんだっていきなり二人の間に出現した俺が止めたから。勇者は握られた拳を放そうと力を籠めるがびくともしない。だってそうだろ、勇者と神は決して同レベルではないからな。
「放せ!僕を誰だと思っている!勇者だぞ!人類を守ると言う役目を受けた特別な存在なんだ。僕はその勇者の中でも最も才を持った勇者アキト。分かったならその手をどかせ」
身長差が有るせいか、顔を見上げ睨め付けてくる勇者アキト。俺は言われた通りに彼の手を放してやる。
「俺はショウ。冒険者ギルドに所属している単なるAランク冒険者だ。『孤独狼』と言った方が判り易いか」
一応自己紹介をしておこう。なんとなく。念のため。
「ショウ…さん?何故関りの無い貴方が僕の邪魔をするんですか?冒険者の方が」
眉をひそめた疑わしそうな目で俺を品定めするように上から下まで見る。何やら俺を鑑定スキルで調べた様でふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。背後に佇むエレニールは何も言わず成り行きを只見守っている。勇者の後ろに杭のように立っているシエルは興味深そうに俺を観察し、アルルは笑顔で勇者に視線を飛ばしているが目は笑っていない。
「ついでに後ろにいるエレニール姫の婚約者でもある」
俺は遂に爆弾を落とした。
「は…?」
「う、うん。恥ずかしいぞショウ、皆の前で暴露するのは…」
『ええええぇぇ!!?』
一斉に会場中がざわめき出した。目の前の勇者に至っては放心状態だ。
「エ、エ、エレニール様。まさか、まさか本当に?」
「ああ、私は彼の婚約者だ。…やっぱ恥ずかしいな」
みるみるうちに彼が歯を食いしばり始め、凄まじい怒りが眉の辺りに這う。レベルは高くとも精神的にまだ幼い十代だから仕方ないか。
「嘘だ、嘘だっ!勇者の僕が冒険者なんかに…なんかにっ!」
遂には全力を籠めて俺に殴りかかってきた。普通の人には早すぎて見えないパンチも、神から見ればゆっくりとした動き。
単純な殴りを楽々躱すと、怒りで落ち着きを失った自称特別な存在の頬にお返しの一発をあげる。
「ぐふっ!?」
綺麗に決まった勇者アキトは弾丸如く一直線吹っ飛び、闘技台場外を囲む壁にぶつかると好んで耳に入れたくない爆発音が響き渡る。土煙が収まった時には勇者は顔面が倍に膨れ上がって意識を失っていた。
『え、えぇ~予想外なアクシデントはありましたが、これにて闘技大会を終了したいと思いま~す。お帰りの際に荷物の落とし物をお気をつけてお越しくださいませ。食べ終わった紙皿などは会場に設置されたごみ箱にお捨て下さい~。ではまた来年会いましょう~!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます