第99話 オークション
「っはあ!『スラストッ』!」
「おぉっとあぶね、カウンターミラージュ!」
近くから戦闘奴隷による戦闘訓練の剣戟音が聞こえてくる。気温の暑さからか、模擬戦を行っている奴隷は服を脱ぎ捨て皆上半身裸の状態だ。それでも体中からは大量の汗が流れている。それでも死なないようにと一応レザーヘルムは被っている。
しかし…、彼等のレベルやスキルも俺が購入してから随分と上達している。話を聞けば十日に一度与えた休日を使って王都の付近にあるダンジョンに潜っているとか。
「ご主人様、紅茶のお替りをどうぞ」
ペラリと、今年ランキャスター王国から発売された二重十字架型魔方陣による魔力消費量軽減の構築化について示された魔導書のページを捲る。下界の住民も切磋琢磨に世界の深層を覗こうと励んでいる。こればかりは人族だけではなく、魔力操作と精霊魔法に長けたエルフ族。高い魔力量と長命を持った魔族も変わらない。魔力の謎を解き明かしたい研究者はごまんといる。
裏庭に置いたナビリスお気に入りのテーブルに新たな紅茶が注がれたティーカップが目の前に出された。「ああ」、と無感情な礼を言いレモンの香りが漂う紅茶を一口飲んだ。太陽の光が直撃しているメイドも何処か蒸し暑そうにしている。
闘技大会が終わり既に三日が過ぎた。大会が過ぎても王都へ来た観光客の数は多く、むやみに馬車も出せない。それに勇者の拳を止め、逆に反撃を入れた俺の顔が広まったお陰?か、大門の入り口を見張る門番役の戦闘奴隷に俺を呼び出す輩や、敷地に侵入を試みた盗賊や暗殺者が増えた。手紙や紹介書を持たない者には居留守を使って追い出し、屋敷に立ち入ろうとした者達は皆仲良く庭に植えた果樹の栄養となった。
「ショウ様、向かいに来ましたよ!」
ゆっくりとした時間を嗜みながら今日と日を過ごしていると背後から笛のように綺麗に澄んだ女性の声が俺の名を呼んだ。
後ろへ振り返るとそこには、スカイブルーの髪を背中まで伸ばした絶世の美少女が佇んでいた。埃一つ付いていない真っ白なワンピースに太陽の光が反射して少々眩しい。
「やあサラーチェ。こっちの椅子に座ると良い、サラーチェも紅茶を飲むか?」
俺の名を呼んだ美少女の正体はこの世界に召喚した熾天使サラーチェ。神界に居た時は三対の翼を背中から生やしていたが、カジノの運営を任せてから翼を消している。しかし、二人きりの時はやはり窮屈なのか翼を精一杯広げる。
「勿論っ!――って紅茶を飲んでいる場合じゃないよショウ様!今すぐオークション会場へ向かわないと!」
指定した席に座り一息呼吸取ると、何やら思い出したらしく興奮した剣幕で顔を近づけた。鼻と鼻が触れ合う。第三者の目から見れば二人が夏の光に照らされ、芝生に映し出された黒い影が顔の部分のみ一つに重なっていた。
「…ふふっ、私はナビリスと会って時間を潰しときますので、成るべくお早めに着替えてきて下さいね?オークションにもドレスコードがあるのを忘れずに」
唇と唇を溶接したようにしっかりと合わせたサラーチェはそれだけ告げると、料理中のナビリスの所へ向かって掛け走りやがて姿が見えなくなった。
裏庭で待機している奴隷達が接吻の瞬間を目撃して顔を真っ赤に染めてるのを横目に、俺も準備の為本館へ足を進めた。
自室に戻った俺はウォークインクローゼット内に吊るされた襟付きの白いシャツを取り、袖に腕を通す。更に茶色のベストをシャツの上から着る。棚に重ねて置いてある黒いズボンに足を通し、ミスリルのバックルにミッシュベルトを通すと丁度良いキツさまで締めた。靴下は地球産の触り心地が良い物を使い、最後に靴はロビン・フッドブーツに決めた。
一度立て掛けた鏡の前で身なりを確認した俺はサラーチェが待っているであろう玄関へ向かった。
「待たせたかな?」
予想した通り玄関で待機しているサラーチェの姿が見えてきた。
それに彼女の横にはメイド服のナビリスと、手入れが行き届いた藤色の和服を着用した銀弧の姿もあった。どうやらオークションへ向かうのは俺とサラーチェのみらしい。
「いえ、ナビリスと銀弧と楽しくお話してたので退屈はしませんでしたよ。それにまだオークションが開始するには時間もあります」
「一緒に晩御飯を食べれないのは残念だけど……仕方ないわ。今晩は銀弧と二人侘しい夜を過ごします」
「おにぃはん、珍しい食材や希少な菓子が出たらお土産代わりによろしゅうのぉ」
表情には出さず拗ねるナビリスとのほほんとした銀弧に苦い笑みを微かに頰に含んだ俺は返答する代わりに二人を交互に抱きしめ、桜の花びらのように薄ピンク色の唇を強引に奪うと舌を絡め合い神力が混じった唾液を交換する。
「うんっ……。全く、楽しんできなさいショウ。私の目を誤魔化して浮気でもしたら神界に住まう神々にチクりますよ?」
…おお怖い。ナビリスに隠し事は出来ないな。
「ああ、十分に承知しておこう。愛しているとナビリス、銀弧」
「心配しないでナビリス。このサラーチェが見張っておきます!」
「貴女を一番危険視しているのです」
「さてショウ様、遅れる前に早速行きましょうっ。馬車の渋滞で良い場所が取られる前に!」
そう言うと俺の腕を掴んだサラーチェは強引に俺を連れ出し、厩舎に止めていた馬車に乗り込むと下級天使の御者に運転の合図を送った。
馬車に揺れながら、扉にはめたガラス窓から向こう側の景色を眺める。俺とサラーチェは向かい合わせで座りつつ何気無い会話のひと時を過ごしていた。
「そう言えばオークションが開催される場所を聞いていないな。サラーチェは知っているのか?」
「ええ、思えば私から渡した手紙には会場の場所は記載されていなかったね。ふふふ、心配しないでショウ様。貴方も開催地を一目見れば一瞬で分かるから」
「そうか、そうなら楽しみにしておこう。…カジノ側からはオークションに出品する代物は決まったか?何なら今インベントリーに入っている物でも渡しても良い」
「私…の独断で下界の人が持っていても星に何も悪影響を与えない品を、既に鑑定書と共にオークションへ出品しました。勝手に迂闊な振舞い申し訳ございません万能を司る神ショウ様」
今までのはきはきした笑顔は何処に行ったのか、怯えるように改まった声で許しを乞う。別に俺は気にしないのに。神は些細な事では怒れない。「怒る」と言う感情を制御されているから。
「俺に許しを乞う必要は無い熾天使サラーチェ。元々カジノの運営を貴様に任せたのは俺だ。もし断りなくカジノを景品を客に横流しても俺はお前を責めない、咎めない。だから生き生きと活気に溢れたお前で俺を楽しませてくれ」
「……うん、ありがとうショウ様。貴方の言葉がどれだけ私に救いを貰えたのか」
そう花が咲いた笑顔で礼を告げると、俺の隣に座り体を押し付けるように俺の腕に寄りかかった。
「おっと、オークション会場に着きましたよ。素顔がバレないように私が用意した仮面を付けて下さい」
手渡された白い獅子に見立てたマスクを顔に被り、女性をエスコートするため馬車の扉を開いた。
「此処は」
「ええ、此方がオークション会場に続く建物です」
扉を開けた先に広がったのはつい先日まで数多くの激戦を見届けた闘技場であった。
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