第100話 オークション その2

「ここが…会場なのか」


 サラーチェが用意した馬車に乗って目的地のオークション会場に到着した。

 紳士たる者、渡された白い仮面を被ると女性型天使族をエスコートする為、先に俺が馬車の扉を開き一歩外に出て彼女に手を差し伸べる。しかし、目の前に飛び出てきた建物は俺も見慣れた巨大な建築物。


「闘技場」


 口から零れた答えにサラーチェは口元に笑みを浮かべて俺の腕を組むと闘技場の出入口へ進む。


 馬繋場に停まった馬車を見れば贅沢な宝飾がされた馬車ばかり。馬の世話係も素顔を隠す用仮面を被り、質素ながら汚れが付きにくく頑丈な素材で出来た作業服を着こんでいる。


『本当に闘技場がオークション会場なのか』


 腕を組んで横に歩くサラーチェに念話で話しかける。


『ええ、もっとも…実際には闘技場の地下ですね』


 驚いた…。闘技場に地下があるのは知っていたがオークション会場だったとは。てっきり酒の貯蔵庫だとばかり。


『地下だったのか。さしずめ闘技大会は表の娯楽で、オークションが富裕層向けの娯楽か』


『ふふ、ショウ様ったら格好つけようとして…可愛い神なこと。もっと貴方が欲しくなっちゃう、何時貴方様の子種を貰えるのかしら?』


 サラーチェの質問には何も答えない。そのまま入口へ進むと、武装した五名の門番らしき人物の中から一人の兵士が此方へ近づき「招待状のお提示を」と尋ねてきたので獅子の仮面を被ったサラーチェは、徐に谷間の隙間から封に入れたままの手紙を取り出すと感情を殺してジッと固まっている門番に渡した。


「ど、どうぞ」


 封の中身を確認する事も無く招待状を返され、俺達は入口を潜った。三日前の闘技場とは全く異なり、豪華な服装に身を包んだ人たちが歩く足音だけが良く聞こえる。俺ら以外の参加者も全員素顔を隠す仮面を付けている。


 余談だがオークション会場に武器を持ち込むのは禁止されている。例えそれが王族であっても。


『教える道を進んでください。少し歩けば地下へ繋がる扉が見えてきます』


『ああ』


 サラーチェの指示通りに二人で腕を組み、念話で会話をしながら人の影が少ない長い廊下を渡る。


「広いな」


 地下へ繋がった階段を降り会場の全貌が露わになった初めに思った感想だった。


 地下のオークション会場は二階と一階に分かれている。一階の中央にはステージがライトアップされ、会場には長めの観客席が設置されており。席の手前には小さなテーブルも置かれている。


 周りを見渡せば、十数人前後の燕尾服を着た此処のスタッフ達が忙しそうに歩き回り銀のトレーに置いた番号札を参加者に渡している。軽銀で出来た取っ手付きの番号札だ。


「札をどうぞ」


 二人仲良く横に席に座り、会場を眺めていると此方にも燕尾服に着込んだスタッフから札を渡された。


 俺の番号は290、サラーチェは289番と書かれている。指で番号を擦り…はがそうとしたが、剝がれなかった。不正が無いようにこの札は錬金術で作られている。


『二階に座った参加者は主に騎士階級、準男爵等の下級貴族、大物商人、それぞれの分野での成功者が参加してるの。そして一階の後ろには子爵当主やその分家。上級貴族に他国からの王族も居るわ、あちらを見て…チベルタ共和国の議員、それにロスチャーロス教国の大司教もオークションに参加しているのね』


 お互いの素顔をバレないようにわざと薄暗くした会場に来た人物を丁寧に説明してくれるサラーチェ。


 年に一度しか開催されない大規模なオークション、大陸中から高貴な身分の大物達が集まっている。


『オークションのシステムは知っているのか?教えてもらいたい』


『ええ。落札したい品が出てきたらその番号が書かれた札を掲げて手前にあるマイクに落札金額を呟くだけです。ただしこれにもルールが存在して、例えばいきなり白金貨1枚から100枚と値段を上げるのはマナー違反です』


『なんか面倒くさいシステムだな』


 それが本音だった。一回一回札を上げて、口から金額を伝える。それに、守るべきルールもある。

 オークションのシステムを作り上げた昔の転移者は詳しく無かったのか?まぁ…どうでもいいが。


『それとオークションでは貨幣の単位、ルセが使われます』


『ルセ…か、下界に降りてくる前、アカシックレコードで金の単位は知っていたが今まで聞かなかったな』


 王女のエレニールも、~ルセとは言わず。白金貨~枚しか言ってなかった。


『高貴なる紳士淑女の皆様方、皆様長らくお待たせ致しました。ただいまより、競売を開催したいと思います。今年の司会は私、ゴールドマン・ラビットが皆様の目を引付ける素晴らしい品々をご紹介したいと思います』


 突如会場に灯っていた光が消えると、中央のステージが眩い光に照らされた。ステージに立つのは紫色のスーツをピシッと決め、うさ耳が伸びた黄金の仮面を被っている。目の部分には魔法が刻まれた魔石が組み込まれ、口元のみ入札者にさらけ出している。鼻の部位もよく似せて作った仮面だ。


 左手に持った声を拡大させるマイク棒の魔道具によって会場中くまなく声が響き渡り。右手には象牙のガベルを持っている。下っ端らしき従業員が叩きやすく調整した机を持ってくるとゴールドマンと呼ばれた司会者の手前に置いた。


『では、記念すべき出品番号一番はこちらになります』


 そう朗らかな声で申し上げると、先程机を持ってきた人とは違う従業員が二人掛りでワゴンを押しながらステージの横から現れる。


 ワゴンの上に乗せられた木箱の中には昔、地球で見た事があるフリントロック式のターン・オフ・ピストル。他の名を海賊拳銃。持ち手の部分は霊樹の枝が使用されており、華美な装飾が施され珍しい一品に目が無い貴族は何が何でも我が物にしようとするだろう。


『こちらの絶品は凡そ250年前、皆様既にご存じであろう悲劇の天才錬金術師『キョーゴ・ウルベルト』作による単発魔具銃、クイーン・アン・ピストルでございます!勿論鑑定証付き、現存するキョーゴ氏の作品は非常に少なく!何とっ、こちらは今でも誤作動無く発動出来ます!護身用に持つのも良し!執務室の暖炉の上に飾るのも良し!…それでは、お買い得な、2、5000ルセから開始します。入札はございますか?25,000ルセ!25,000ルセですよ!「3万!」24番様!3万。3万のご入札!他にはいます、「37,000」37,000出ました!「4万!!」おっと、早くも4万のご入札。さあ、他には「6万だ」おっと~!!50番、6万ルセ出ました。他には!?他にはいませんか?「10万」10万!、3番の10万まで上げてきました!さて、他にはございませんか?…10万で宜しいでしょうか?…ございませんね。3番の紳士が落札です、出品番号1番、クイーン・アン・ピストル、落札!』


 落札が決まったと同時に右手に持ったガベルを机に叩き付けた。落札した客へ向けて拍手が送られる。



『140万、他にはございませんか?…ございませんね。91番の淑女が落札です、出品番号23番、コヤンポ・シェションによる絵画「ワイドララ湖の星月夜」、落札!』


 それからもオークションは進み、次々と希少品が落札されていく。


『メルリンダンジョン最下層より獲得された魔剣、落札!』


『塔より獲得されし虹味の果実、落札!』


『没落貴族の次女、落札!』


 どうやらこのオークションは品だけでは無く、人も扱うようだ。別に珍しくとも無い。


『出品番号、37番。この一品は近頃ランキャスター王国には人気高騰で値上がりを続けている品となります。こちらは名ある人形作家が約二年を掛け作成した名品!それは、フェンリルのぬいぐるみ。…』


次の商品には目を引いた。等身大のフェンリルを模したぬいぐるみ。毛一つ一つに全身全霊を捧げた努力の色が見える。これは銀弧も気に入るだろう。


『20万のご入札出ました!他にはございませんか!?20万で宜しいでしょうか「22万」…22万!290番の紳士が競り合いに参加!22万のご入札。「24万だ」おっと!24万、「26万よ!」26万!盛り上がってきました!高値のご入札は他にござい「30万」30万!30万出ました~!「33万だ」3「36万」36万!忙しい、忙しいぞ!「40万」40万!白熱した競り合いでございます。他にはございませんか?40万で「45万よ!」更にご入札が上がったあ!「50万」50万!50万です!290番の紳士が50万のご入札!他にはございませんか?50万で宜しいでしょうか?…ございませんね、290番の紳士が落札です、出品番号、37番。フェンリルのぬいぐるみ』


 ガベルの叩く音がなった。激しい競り合いとなったが無事に競り落とす事が出来た。


『おめでとうショウ様。熱血した戦いだったわ』


 横に腰掛けたサラーチェからの褒め言葉も頂戴した。

 

 それから、最後のオークションのメイン品が落札されるまで俺達はオークションを楽しんだ。俺は銀弧にプレゼントする用のフェンリル以外にも数点落札し、サラーチェも何点か落札していた。


 …それと、カジノ側から出品したミスリスのフルプレートと、アダマンタイトのロングソードがセットになった品だったが法外な値で落とされていた。落札した者を神眼で確認したら他国の王子であった。仮面の上からも分かる満面の笑みを浮かべていた。


 恐らく出品元が判明した際にはエレニールから直接小言を言われるのは分かり切ったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る