第69話 与えた者、受け取った者

明日には闘技大会が開催される、一日目は予選を行い三日目の本戦に出場する選手を決める。


大会に参加する登録は昨日が最終日だったらしく、結局俺が参加しない事にエレニールとアンジュは折れ、二人は明らかに落胆の色を見せていた。


その時にせめての罪ぼろしの意味も込めて中庭で俺と銀孤の摸擬戦を二人に披露させてみせた。勿論周りの建築物を壊さない程に力を手加減したが、俺と銀孤の摸擬戦を観戦した彼女等がどうして俺が参加しない理由を察してくれた。まぁこれまで何回も此方に訪れ、大会に誘ってくれた彼女にせめてのお詫びとして二人に青水晶薔薇の花束をお土産に渡した。この世のものとは思われぬ程の美しさの輝きを放つ薔薇にアンジュリカは純粋に目を見張っていたが、エレニールの方は嬉しいような悲しいような、それが複雑に化合して、何だか落ち着かない表情を見せていた。


 エレニールが見せている表情は理解できる。青水晶薔薇は水晶薔薇シリーズで最も美しい色と伝われており、その幻さ故に王族でも図鑑で見たことしかない花だから。


 その昔、水晶薔薇の自生地を巡って大きな戦争が起こり。長い年月が経った激しい戦場で水晶薔薇はほぼ全滅状態に陥ってしまった。今では人では辿り着く事が出来ない秘境の奥地に静かに生き続けている。


 花束を受け取ったエレニールはその歴史を知っているから不思議な顔のゆがめかたを見せているのであろう。


 しかし、俺に何も問いだす事は無い。婚約者として余計な質問は聞かない方がいいと分かっているからだ。


 …相変わらず優しいな。


 それにエレニールは女性の騎士だけで結成された『紅の薔薇騎士団』団長の肩書も持つ、縁起には良いだろう。


 そんな出来事を思い出しながら戦闘奴隷の稽古後、付近に置かれたチェアパラソルに腰を下ろし地面に倒れた戦闘奴隷達の休憩が終わるのを待っていると。メイド服を着た一人の女性が銀製のカートを押し離れを屋敷から近付いて来た。カートの上から甘そうな香りに誘われ、ひとりでに鼻の穴の内側が、いっぱいに広がるような気がした。


「お疲れ様ですご主人様。こちらハルロペ村産の新鮮なレモンの果実を入れたレモンティーに、王都で人気のリンゴを加えたアップルパイとなります」


 おおー、美味しそうだな。


 メイドに一言礼を言うと早速渡されたフォークで切り分けられたアップルパイを取り、心置きなく味わう。噛み砕いたアップルパイを飲み込み、次にレモンティーを淹れたカップを手に取ると一口啜る。途端に、口内に爽やかで芳醇な香りが広がると、そのまま鼻に抜けていき、思わずほっと一息が漏れた。


「働き出して少し経ったがどうだ?上手くやっていけているか」


 ふと、俺の背後で静かに待機しているメイドに声を掛けてみる。


「はい!ご主人様、もう他の場所には行けない程に満足しております。これも全てご主人様のお蔭です!」


「…そうか、ナビリスが厳しく教育していると思うが頑張れよ。きつかったら気楽に俺に話しかけてこい」


「いえそのような事はありません!確かにメイド長ナビリス様は厳しい方ですが、同時にとてもやさしい方なんです」


 あれほど人間と言う種族を嫌っていたナビリスが…。よかったなアティナ、君の思いは伝わったようだ。


「成程な…それじゃ、新たな奴隷を追加したらそれらの新人を教育してくれるかい?無理ならナビリスと二人でも構わないが」


「は、はい!も、勿論ですご主人様!私一人で出来ます!」


「分かった、それじゃ奴隷を追加した際。新人指導係に任命する。名前はリゼットだったか?」


「はい!」


 元気いっぱいだな。…そうだな、元気が一番だ。


 それから太陽が天頂を通過するまで稽古を希望する戦闘奴隷達に訓練を付けた後、何となく暇つぶしに冒険者ギルドへ運よく、中庭に置かれたテラスでシュートクリームを大量に食べていた銀孤と二人で向かった。



 何も変化が無い日常、何も変わらずに学校へ向かい何の変哲も無い教室で別に特別では無い授業中、何時もと変わらず黒板に書かれた文章をノートに書いていたら、突如剣と魔法の摩訶不思議異世界に転移されてからどれだけの月日が経ったのだろう?


 一年は経っていない筈なのにこの異世界に飛ばされて数年は経った感覚だ。本当に色々な事があった。


 僕達を呼び出したバンクス帝国が所持する空飛ぶ船、飛空船に乗って帝国の西にある大国ランキャスター王国に降りて1週間が経った。ランキャスター王国主催の元、年に一度開催する闘技大会に出場する為に皇帝陛下の命令で勇者である僕達が選ばれた。と言え、王国にやって来たのは召喚された人数の半数程度だった。一人の生徒がダンジョンの犠牲になってから、元々戦いを得意にしなかったクラスメイトはあの一件でお城に閉じ籠ってしまい。何かに怯える生活をしている。特に僕達の教師である中村先生の心に深い傷を負ってしまった。


 忌々しい一件を耳にした茉莉もその時は哀しみな表情を見せ、一緒に付き添った僕に弱さを見せていたがどうやら今は平気なような。


 まぁ僕もクラスメイトとは言え、一度も会話をしたことない生徒に悲しみはそんなに無かった。


 それから色んな事、本当に色んな事が起こったが日本に帰る為、愛する両親の姿をもう一度目にする為。血反吐を吐きながらも着々とレベルを上げ、力を付けていった。それが生き残った僕達の使命でもあった。


 っと生意気な事を考えていたが僕は闘技大会に出場する程の実力は持っていない。大会にシード枠として出るのは、召喚された勇者達の中で一番レベルが高く珍しいスキルを所持している入来院君が出場する事になっている。


 その他の勇者達はこの国王陛下が僕達の為、特別に取ってくれた特等席の観覧ボックスで闘技大会の予選から見る事になっている。


 闘技大会に出る為帝国からランキャスター王国へやって来た理由は他にもある。

 それは、優秀な人達を魔王討伐メンバーのスカウトしなければいけない。


だけど僕が思うに王国に住まう人からは絶対に集まらないと思っている。


 それは僕が王城の訓練場にて一緒に訓練を受けて、仲良くなった騎士から聞いた話による。


 その騎士曰く、ランキャスター王国を造り上げた初代国王様に嫁いだ妻の一人にその時代の魔王の娘がいたらしい。それから魔王が納める魔界とランキャスター王国は敵対国では無く、更に領土を治める魔族の貴族もいるらしい。だからだろうか、皇帝が何時も王国の話をする時は顔を顰めていた。


「陸君!ここがギルドだよっ」


「へぇ~、流石王都、デカいな」


「え、う、うんそうだね。それより人間以外の種族も多いね」


 パーティーメンバーである茉莉と、彼女を含めたクラスメイトの生徒が暇つぶしに冒険者ギルドまで歩いて来た。


 そして僕達は開きっぱなしの両扉を潜った。

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