第四章

第68話 闘技大会

「起きてショウ、ご飯の準備が出来たわ」


神眼を使い王国から遥か遠くにある小国で起こっている戦争を上空から眺めていると、部屋の扉が開く音がした。扉が開いたと同時に愛する女性の声が耳に入って来た。


「…おはようナビリス。着替えたら直ぐに向かうよ」


習慣となった、何時もと変わらないこの世界を眺めていると、既に朝になっていたらしく。朝食を作り終えたナビリスが俺を起こしに寝室に入って来る。


鈴のように美しい声で囁きながら、ベッドの上で横になっている俺の傍まで近付いて来たナビリスはそっとベッドに腰を下ろし、未だに神眼を使用している俺の頭を撫でる。俺が神眼を解除するまでナビリスは頭を撫で続けるだろう。


瞼を閉じていて彼女のを表情を見る事は出来ないが、多分幸せをかき集めた顔をしているだろう。頭をゆっくりと撫でる手の動きで大体分かる。そんな彼女が愛おしい。


外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。もう真夏なのに熱くないのだろうか?後で鳥の餌でも撒いておこう。



俺がダンジョン調査の依頼を完了してから早二週間が経ち、今の時期王都では年に一度の闘技大会開始間近の事もあって大勢の人々が集まり盛り上がりを見せている。その人の多さ故、一般街では馬車も碌に動かせない程の熱気だ。カジノを経営しているサラーチェから受信した念話によると、カジノで遊ぶ人が多すぎてぎゅうぎゅう詰めの状態らしい。カジノで働く人が足りないようだったので、追加の下級天使を召喚しておいた。


それと名誉ある闘技大会で俺の活躍を見てみたいと、度々屋敷に遊びにやってくるエレニールとアンジュが俺も大会に出ないかと数え切れない程聞かれたが。俺の返答は出場せずに観戦する、の答え一点張りだ。


俺自身、自分が参戦するより観戦して金を賭ける方が楽しそうだ。最初から優勝が決まっている大会なんて参加しても面白くない。


まだ聞いていないが闘技大会の観戦には俺の他にナビリスと銀孤を一緒に連れていくつもりでいる、彼女達も楽しんでくれると俺も嬉しいが。折角エレニールに頼んで良い席を取って貰ったんだ、一人で見るのは少し惨めだ。…そうだ、戦いが好きそうな奴隷達も一応誘ってみるか。ただ戦いを眺めるだけでもいい訓練になる。


そんなことより、そろそろ神眼を解除して彼女が用意した朝食を食べるとしますか。開いた扉から食欲をそそる香ばしい匂いが辺りに漂ってくる。早く食堂へ向かわないと銀孤が全て平らげてしまう。彼女の大食いは食事を必要としていない俺でも真似することは出来ない。摩訶不思議だ。


「おはよう銀孤、そのワンピースに在っているよ。それよりも随分食べたな、この大皿が空じゃないか」


普段着に着替え、一階の食堂へ入ると予想通りにテーブルに置かれた大量の飯を大きく口を開き、心置きなく味わう美女の姿があった。彼女の顔は何か輝いてとても幸福そうだ。


その証拠に背中の九本の尻尾が音楽に乗るように左右に揺れている。その姿を見るだけで塔を攻略した甲斐があるってもんだ。


本当は殺人犯に包丁を刺され、死ぬ運命だった俺にチャンスを与えてくれた爺ちゃんに感謝しても感謝しきれない。正に地獄だった特訓を生き延びったのはナビリスと銀孤が見せる笑顔の為だったかもしれないな。


まぁお爺ちゃんからしたらただの暇潰しだったかもしれないが。


ふと日本に置いて来た飛鳥の事が気になった。俺が刺されてからどれ程の月日が経ったか俺でも知らない。一週間?二ヶ月?既に十年経っているかも。…そうだな、地球を管理している娘のメルセデスに念話でも送るか。俺の生まれ故郷である地球で上手くやっているか気になっているし丁度いいか。


それより朝食だ。


「おんやぁ、おはよぉうおにぃはん。このみたらし団子ぁおいしゅうのぉ、このいちご大福も美味やぁ」


「そうか、それは作ってくれたナビリスに感謝だな。って俺の分も残してくれよ」


それって朝ご飯より和菓子じゃないのか?まぁ折角ナビリスが作ってくれたんだ、感謝の礼を伝えながら食べよう。ここ最近更にレパートリーが増えたようだし。


話を変えるが、ダンジョンの依頼から期間中空中で見掛けたバンクス帝国が所有する飛空船に乗っていた召喚された勇者達は今王城で宿泊している。


家に遊びにやってきたエレニールから直に聞いたし、神眼で実際に王城で泊まる彼等の姿を確認した。


ランキャスター王国にやって来た理由はどうやら、闘技大会に出場し勇者の実力を国民に見せつけると同時に今大会に出場する有能そうな人材を魔王討伐部隊にスカウトする為にこの国にやってきたようだ。


面白い事に飛空船に乗って王国にやって来た勇者達の人数は、この異世界に召喚された半分以下だ。もう半分は未だにクラスメイトがダンジョンの罠に引っ掛かり瞬殺された事がトラウマの切っ掛けとなって帝都の城に引きこもっている。


今頃訓練場では騎士達と一緒になって訓練に育んでいる時間だろう。神眼で確認するだけで前に比べて関心するぐらいレベルが上がっている。


まあ幾ら数を集め、レベルを上げても。魔将軍、四天王を率いる魔王セシリアの首には届かないだろう。世界に降りてくる前日にリッシュからのお願いでセシリアに手渡した緊急連絡の魔晶石もある。うーん、偶にはセシリアに念話を送って驚かせてみるか?


そんなどうでもいいことをナビリスが大量に作ってくれたみたらし団子といちご大福を口にしながら考えていた。



「左カウンターの対処が遅いし右足を前に出しすぎ、実戦だったら武器か魔法で片足を失っていたぞ。魔物相手ならそれ程知能を持ち合わせていないが、同時に相手が人の場合も想定しておけ。それに目線で何処に攻撃が向かってくるか見え見えだ、目だけに全てを託すな。最後に踏ん張る下半身のバランスがなっていない、バーベルランジの追加だ。重量は二割増やせ」


「はぁ…はぁ…は、はい!」


汗だくになりながら土の地面にぐったりとしている奴隷が乱れた呼吸を整えながら肝の据わった返事を叫ぶ。草を土魔法で動かし飾り気のない訓練場の端には芝生の上で失神したふうに仰向けに倒れる他の戦闘奴隷の姿が見える。そしてメイド服を着た奴隷が倒れる戦闘奴隷達の頬を引っ叩く瞬間も見受けられた。


「あと身体強化の魔力漏れが激しい、休憩を終えたら次はナビリスに魔法の稽古を付けてもらえ」


彼女の名前を聞いた瞬間、目の前の戦闘奴隷から汗を大量ににじみ出しブルブルと震え始めた。他の奴隷達もご愁傷様と彼に祈りを捧げている。俺が言うのも何だがナビリスは、加減が苦手でごり押しだからな。俺も一応心の中で祈っておこう。南無南無ー。


「よし次はガッツだ、お前の得意武器は大剣だったな?リュークや他の者もちゃんと準備しておけ。特に竜人族で頑丈なリュークには厳しくいくぞ」


「っうす!ご主人様!!」


「了解した強き主様」


それから戦闘奴隷全員立てなくなるまで稽古に勤しんだ。汗一つ掻いていないが俺も身体を動かせて楽しかったな、後で銀孤を地下室の異空間に誘ってみるか。彼女も周りを気にせずに全力で激しくぶつかり合いだろうし。ナビリスに夕食は多めに作ってくれるよう頼んでみるか。


闘技大会の予選まで一週間か…。どんな強者が出場するかワクワクしている。神界で暮らしていた頃、日本で読んだ有名な漫画を真似して神様最強決定武道大会を開始したら、創造魔法も碌に使えずコツコツと作った試合場が一秒もしないで消滅した苦い記憶を思い出す。


…やっぱ思い出さなくていいや。

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