第70話 神と勇者

 暇つぶしに銀孤を連れて冒険者ギルドへ向かうことにした。


 広大な王都故なのか、屋敷からギルドまで徒歩で向かうとなると数時間以上は掛かり銀孤に建物の近くに人気が少ない裏通りに転移するかと尋ねたが、彼女が徒歩で行きたいと言ったので屋敷から歩くことにした。


 その銀孤は俺の横に並び、何処か楽しそうな笑顔を見せながら右手の手を握っている。彼女の服装は何時も着ている着物姿では無く、純白のワンピースにこれも直ぐに汚れそうな白いヒールサンダルを履いている。ワンピースの腰下部分に開けた穴からは大変色艶のいい九本の尻尾が左右に揺れている。


 彼女の腰まで伸ばした白に近い銀髪に差した簪が良く似合っている。彼女が一歩進む度に簪に突いた鈴から心地よい柔らかく澄んだ音叉の音色を響かせている。


 どうやら俺が自作してプレゼントした簪が気に入っている様子で俺も嬉しい。


 それから冒険者ギルドへ着くまで、二人で良い匂いを撒き散らした屋台の串焼きを大量に注文したり女性用のアクセサリーを販売している商店にて銀孤に似合いそうなブレスレットをプレゼントしたりなど意外にも二人の時間を楽しんた。特に途中で大通りから離れた裏道を探索中に見つけた、人気が全く見受けられない場所に存在する魔道具カフェで飲んだカプチーノは銀孤も気に入っていた。


 絶世の美女である銀孤が優雅に歩く姿に心を奪われた男性諸君から嫉妬の視線が集まっていたが俺は始めからこうなる事を分かっていたので別に気にしない。


 屋敷から出て4時間後、俺達の目の先にやっと冒険者ギルドの建物が見えてきた。相変わらず開いたままの木製扉に出入りする冒険者達を待ち望んでいるかに見える。


 そして俺と銀孤の二人一緒にその扉を潜った。



「へぇ~王都の付近には三つのダンジョンがあるんだ。人族以外の種族も沢山住んでいるし、魔王とも敵対中じゃないし優秀な人を魔王討伐部隊にスカウトするのは難しいと思うよ?」


「そうだな…凛の言う通りスカウトは厳しいと思うが、それじゃ何時まで経っても日本に帰れないぜ。城で怯えてるクラスメイト達の為にも一日でも早く数を揃えて魔王を倒すしかないんだ」


 冒険者ギルド内部食堂場所に置かれたテーブルに座り、他の冒険者に聞かれない程の小声で話す僕のパーティーメンバー。帝国に召喚された勇者の話がとっくに広まっているのか周囲の人たちが僕等をジロジロと眺めている。やっぱり勇者の名はこの国でも珍しいようだ。


「凛、悠真、一旦落ち着いて。ここで議論しても何も変わらないよ」


 パーティーメンバーの二人がこのままだと喧嘩になりそうな雰囲気を出し始め、僕の隣に座った茉莉がぴしゃりと止めた。しかし、その強い言葉とは裏返しに彼女は震えた手を僕の手に添えている。表面上は前向きな姿勢を示しているが、僕は知っている。茉莉の心はとても繊細でいつ崩れても可笑しくない状況だって。


 レベルも低く、周りから無能と言われている僕が彼女に出来るのは隣に寄り添い。心が壊れないよう一緒にいるしか出来ない。そんな僕に茉莉は依存しているが、僕は全く構わない。


 皆隠しているが、異世界に連れてこれらた生徒全員何かに依存している。いや、何かに依存しなければとっくの昔に心は折れている。


 愛に依存する者、友情に依存する者、レベルに依存する者、異世界を妄想と思い現実逃避に依存する者、故郷の日本に帰還する為魔王討伐に依存する者。そして、無理矢理召喚されたこの世界全体に憎しみに依存した者…。


 偉く言った僕ですら彼女の茉莉に依存している…。もし彼女がいなければ僕は前から心が壊れているだろう。


 魔法が実際に存在する異世界で勇者と言われ、皆始めた特別の存在だと考えていた。でもそんな都合がいい事只の思い過ごしだ。上級ダンジョンと呼ばれるダンジョンに挑み、簡単な罠に掛かりあっさりとやられたクラスメイトに僕達全員理解させられた。…そう無理矢理理解させられた。


 僕等は物語や漫画に登場する主人公じゃなくて、珍しい職業と称号を持つただの一般人だって。


 …おっと、少し考え込んでしまったみたいだ。無口で先程注文した飲み物を飲む僕にパーティーメンバー全員が不思議そうな顔で見ている。そんな彼等に僕は作り笑顔を見せ言葉を切り出した。


「そうだね、ここで何を言っても特別な恩恵が手に入る訳じゃないしね。それに大会に出場するのは勇者代表の入来院君のただ一人だよ。僕達に出来る事なんかそんなに無いよ…」


「陸君…」


 ごめん茉莉、僕が無能ばかりに君にも無茶をさせてしまって。ごめん…、でも君を守る為ならどんな手段を取っても。……例え悪魔に僕の魂を捧げても必ず守って見せる!


「おいおいあれって孤独狼かっ!?」


――ん?


「ああ!あのふざけた服装に剣一本だけの姿は孤独狼だな」


「ヒュー見ろよあの美女!今まで見たことが美女より美しいじゃねーか。スゲー胸!やりぃてえなー」


「ねぇみてーカロル!あの人ずっごいカッコいいよ!いいなーあんな素敵な男性が彼氏だったら」


「っえ!?じゃ、じゃあお、俺がエイミーのかれ「あ、ごめんカロルは友達としか見てないから」……うん、ごめん何でもないです」


 テーブルに座り今後の事を話していると、突然ギルド内が騒がしくなった。その様子に僕達四人が顔を見合わせ、騒ぎの元凶を確かめようと入り口の扉に目線を動かした。


「っ!?」


 そこには二人の男女の姿があった。初めて見る人の筈、でもなんで僕は今驚いてしまったのだろう。僕自身分からない。


「ねえ騎士さん、あの人って有名な人なの?」


 孤独狼と言われた男性の姿を僕は視線を縫い付けたままでいると、凛が突然僕等の背後で待機している騎士に質問した。勇者のパーティー全てに騎士が付けられ、彼の任務は案内役兼護衛役になっている。王様曰く、もし勇者である僕達がチンピラに襲われでもしたら国王の権力が下がるとかなんとか。


 学生の僕達にはまだ難しい。


「ええ、彼の名はショウ。二つ名は『孤独狼』で通っており、情報によりますと彼は冒険者に登録して史上最速でAランクになった男です。彼の後ろを歩く美しい獣人族は残念ながらご存じではありません」


 ローンウルフ。狼の意味は彼の銀と黒が交じり合った短めの髪だろうけど、孤独は何処から来たんだろう?


「あのー二つ名の『孤独狼』とは何処から来たんですか?」


 折角だから僕も騎士に尋ねてみた。


「ええ、どうやらショウ殿はなんでも大都市ラ・グランジに聳え立つ塔、通称『神の試験』にパーティーを組まず第50層を撃破したらしく。それ以前も一回すらパーティーを組まずに依頼を完璧にこなす理由から広まった二つ名だと聞いております」


「凄い」


 思わず零れた僕の一言に他の皆も頷いた。本当に凄い人物なんだ。例え僕が手を空に伸ばしても届かない遥か天に居る人物。それが『孤独狼』のショウ…。嫉妬すら起きない。


「それとショウ殿はエレ…」


「――っあ!!」


 騎士の人が何か伝えようとした瞬間、突然凛が飛び上がるような声を発した。


「りっ、凛?どうしたの急に声を上げて?」


 茉莉も彼女の声にビクッとしながらも尋ねる。


「ねえ皆は都内で約一年半前に起こった連続無差別殺傷事件を覚えている?」


「ええ覚えているわ」


「ああ、福岡でも毎日のようにニュースであったからな」


「うん、大きな事件だったよね。でもいきなりどうしたの?」


 凛が言った事件は僕らが異世界に連れてこられる一年半前に起こった大事件だった。

 犯人の男は包丁で無差別に人を襲い、彼に殺された人数は12人。

 この出来事が日本中に震撼させた事件だ。勿論僕も覚えている。

 でも、何故今その事件が出てくるんだ?


「その犯人に殺された最後の犠牲者の事も覚えてる?」


「ええ勿論よ。その犠牲者は私達と同じく高校生で、恋人で婚約中だった彼女を守ろうとして犯人を撃退したけどナイフで刺されて亡くなった方だよね」


 凛の疑問に茉莉が答えた。


「ニュースで実名は出なかったけど。実はその犠牲者の写真がSNSに回って来たんだよね。彼物凄くイケメンで他校にファンクラブもあったらしいよ」


 勿論そのことも覚えている。その時はSNSは怖いと思っていたな。前に茉莉からその顔写真を見せてもらったことがある。凛が言う通り確かにイケメンで入来院君よりカッコいい人なんて居るんだなーって呑気に考えていたけ?


「そうね。でもそのことがどうしたの?」


 うん、僕もそれが気になった。


「ねえ気付かない?最後の犠牲者と今ギルドに居るショウって言うイケメンが似てるんだよっ!」


「「「っ!?」」」


 凛の言葉に僕、茉莉、悠真の三人が衝撃を受け思わず息を呑む。


「凛の勘違いじゃない?確かにそう言われて似てるかも、って思ったけど実際有り得ないでしょう?だってその人は亡くなってしまったのよ」


「でもここは異世界だよ?そして私達は地球から転移してきた、それなら地球からこの世界に転生しても別に不思議じゃないでしょ?」


「「「……」」」


 彼女の言葉に僕達は何も言い返す事が出来なかった。凛の理屈は通っている、ここは剣と魔法の摩訶不思議なファンタジー異世界。地球から転生しても何も変じゃない。


「へぇ~、興味深い話だな」


「「「「っ!!?」」」」


 いきなり僕達のすぐ隣から声がし、四人全員が耳のそばで大砲を打たれたように驚く。思わず椅子から腰を少し上げ武器に手を掛けてしまう。


 警戒しながら声がした方へ顔を振り向くと、そこには先程まで会話していた『孤独狼』ショウの姿があった。


 彼がいつこちらに移動したが見えなかった。魔力探知は切らずに発動していたのに声が掛かるまで分からなかった。……これが彼の実力っ。


「え、ええっと…初めまして王城で世話になっています勇者のリンです。有名な冒険者に会えて感激です」


 僕達の代表として凛が自己紹介した。改めて彼を眺めるが確かにイケメンだ。テレビとかに出ているアイドルよりもずっと。何だったらハリウッド俳優にも負けていない程整っている。

 背も僕の165センチより20センチ以上は高い、体格は骨太の頑丈なつくりに肩幅もあり頑丈な体つき。一目見て彼の実力の底が見えないと分かる。


 …でも、何だろう?初めて会ったはずなのに、心の何処かで懐かしいと感じた。初めて会ったはずなのに、心の何処かで彼の姿に感激して涙が出そう。まるで宇宙の秘密にふれる一つの発見のように感動的に。


「よろしく。俺はAランク冒険者のショウだ、噂の勇者様達に会えて嬉しいよ。闘技大会には出場するのか?」


 何だろう、彼の声を聴くたびに心が浄化されていく。もっと、もっと彼の声を聴いていたい……。


「い、いえ。勇者の代表として一人だけが出場することになっています。他の者は国王陛下が用意してもらった観覧席で観戦することになっております」


「そうか、俺も観戦するつもりだからもし会場で見掛けたら気楽に声を掛けてくれ。美味しい料理やお菓子も用意しておこう」


「はい!!」


「えっと…陸君?」


 おっと彼の提案に思わず僕が答えてしまった。


「ふふっ、彼は面白いな」


 ああっ、彼が微笑んでくれた!


「おにぃはん、おもろい依頼見つけぇましたさかい」


 すると彼の背後から一人の女性が近付いて来た。頭の上から耳がぴょこんと飛び出し、後ろからは九本の尻尾が左右にゆらりゆらり揺れている。顔も絶世の美女らしく、とても美しい。


「痛っ」


 すると突然手に鈍い痛みが走り、横に座る茉莉の方へ振り向いてみると頬を膨らませ手の甲を摘まんでいた。


「ごめんごめん茉莉、僕は君を愛しているから」


 不満げな表情を見せている彼女にあいた片方の手を頭に乗せポンポンと撫でる。


 悠真の方を見てみると、彼も顔を真っ赤にして狐耳が生えた女性の姿に見惚れていた。目線は特に女性の胸元をガン見している。是非とも僕もじっくりと眺めてみたいが、まだ死にたくない。


「分かった銀孤、その依頼を受けようか。…では勇者様の諸君いずれ何処かで」


「あ、はい!ショウさんも気を付けてください」


「ああ、ありがとう」


 そう言うと彼はギルドのカウンターまで向かっていった。

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