第73話 闘技大会 予選 その3
あちらから護衛の率いて二人のお姫様がこちらのブースに向かってきた。
両側を固める騎士の鎧は他の騎士とは違う豪華な鎧を着ている、真っ赤なマントをヒラヒラと揺らせてとても動きずらそうだ。彼等は王族を守る近衛騎士団に所属している選ばれた騎士、簡単に言えばエリート騎士だ。…レベルはエレニールの方が上だがメンツとかがあるのだろう、ここは何も言わずにおこう。
「ショウ様っ!」
ナビリスが人一人分のスペースを取り、銀孤が膝の上に乗せた尻尾をどかすとトトトっと掛け走りで向かっくるアンジュが両手を前に広げながら俺に飛び掛かってきた。
胸に飛び掛かってきた彼女を空中でキャッチしそのまま半回転させ俺の膝の上に乗せた。
「っえ?あれ?」
両手を前にしながらいきなり景色が変わっていた事に困惑していたが、彼女の膝に銀孤が尻尾を乗せた途端、ふわふわの尻尾にそのまま抱き着きその柔らかい毛に頬をすりつけ始めた。彼女も相変わらず元気一杯の様子、まだ年行かないアンジュには戦うだけの汗臭い大会など退屈なのだろう。
「ありがとうナビリス…。それでどうだショウ、我が王国の長い歴史を持つ栄光ある闘技大会は?」
隣を譲ってくれたナビリスに礼を言い、俺の右横に皺にならないよう気を付けワンピースのスカート部分を触り腰を下ろしたエレニールが聞いてくる。
「そうだな。予選に参加していた選手も全員見ていたが彼等の動き、立ち回り方、隙の無い攻撃、どれも素晴らしい賜物だった。それこそCランクの冒険者に即戦力としてなれる者も多かった。実際この大会に出場している選手の中には冒険者ギルドに登録している者も多いのだろう?」
銀孤の尻尾に抱き着き幸せな表情を見せているアンジュの頬っぺたを伸ばしながら、彼女の問いに本音で答えた。その俺達の様子に背後で待機している護衛の近衛騎士が何か言いたげな雰囲気を撒き散らしているが、何も言って来ない。うん、良く教育されているな。
俺の答えに満足そうな笑みを浮かべて、うんうんと頭を頷くエレニール。
「そうか、そうか。先程から参加者リストに一生懸命で試合を一切観ていないと内心悲しかったが、ちゃんと観戦してくれた私も嬉しいぞ!」
満面の笑みを見せる彼女には悪いが、半分近く観ていなかった…。このことは秘密にしておこう。だからナビリス、何も喋るなよ。
「それより一つ気になっている事があるのだが」
「うん?なんだ?」
アンジュのぷにぷに頬っぺたをビローンと伸ばしながら言う。
「あの勇者達が座っているスペースに一人だけ君に視線を縫い付けたままの男は何だ?」
コロシアム内一見通しが良い場所に作られた王族専用席スペースの横で大会を観戦する黒髪黒目の勇者達の一人が俺達、特にエレニールを穴が開くほど見つめる高校生の外見をした男子生徒を発見した。
彼のみ他の勇者達とは違う服装を着用し、腰に差した一本の剣は豪勢に装飾され眩しい光を照らしている。実に趣味の悪い金ぴかの剣だ。
「ああ、アキト殿だな。…少し前に騎士団の訓練場で部下を鍛えていたら、丁度王城に招かれていた勇者達と遭遇してな。その時に彼から摸擬戦のお誘いを頂いて一戦剣を交えたのだが、結局二人共勝つことも、負ける事も無く引き分けに終わった。まぁ両方メンツや周りの目があったからそう終わらす他なかったのだがな。…それからだな、私に求婚を申し込んできたのは。もっ、勿論私は断ったぞ!それは心配しなくとも大丈夫だ」
初めは微妙な表情を見せ語り始めたが、求婚の言葉が出たところでは顔を真っ赤に染めながらも俺の目をジッと見て言った。
「エレニールの事は信用している。まぁ、今の君の様子で彼は察した感じだが」
先程まで視線はエレニールの一点に集中していたのに、今は俺に殺気を放ち睨んでいる。
「…うん。何回か誘われる度に色々理由を付けては断っていたが、私達の振舞いで普通の関係では無いと思っただろうな」
「お姉様は甘いです。あんな気持ち悪い男性さっさと蹴散らせば良かったのです。あの摸擬戦だってお姉様がわざと引き分けに持っていったではありませんか?幾ら異世界から召喚された勇者様と言え、あれは些か少子抜けでしたわ」
俺が貸した銀孤お気に入りのブラシで彼女の尻尾を丁寧に一本一本とかしている少女姫アンジュが毒を吐いた。うんアンジュは将来立派なお姫様になれるな。俺も心の中で応援しているぞ。
彼女の頭を撫でながらそう思った。
妹が吐いた毒にエレニールも困った顔のまま愛想笑いを浮かべ更に続けた。
「それに、一回「人類を救うため、僕達と魔王討伐の旅に出ませんか?」と誘われたが、それは即断ったぞ?ランキャスター王国はバンクス帝国と違って魔界とは協力国だからな。実際、魔界で生まれ育った魔族の貴族も存在している」
「魔王セシリアを討伐する事なんて一生かかっても無理だけどな」
その瞬間この場が凍り付いた。エレニールは何故か面食らってぽかんとしている、尻尾をブラッシングしていたアンジュも顔をグリン、と振り向いて驚きで目を見張っているし。背後に立っている近衛騎士なんかは、何も聞いていないと背を向けているし。
ああ、ナビリスだけは何処かあちゃーとした表情を見せていた。
「現魔王の名を知る者はこの国でも数知れない。それどころか歴代魔王の名前も歴史には出てこない。小国など頂点の王ですら知り得ない情報だ。……ショウ教えて、何処でその名前を聞いたの?」
先の照れた表情は遥か彼方に消え、真剣な面持ちで俺を見ていた。睨んでいるというほうが近い。可愛い顔が台無しだ。
「俺の知り合いに魔王に詳しい奴が居てさ、そいつからもし魔王に危険が迫っていたら助けてやってくれ、お願いされただけ」
そうか、魔王の名前がそんな重要な情報だったとは。リッシュが現れた時はフルネームで名乗っていたけど。
「…そう、分かったそう言う事にしておく。でもこれだけは覚えていて、魔王の名前は決して出したらダメ。もし他の人に聞かれでもしたら私も庇うことが難しくなるの。お願いね?……理解したかお前達!」
「「っは!我々は何も聞いておりません!!」」
後ろを向いたままコクコクと犬のように頷く騎士の二人。まぁ彼女の言った通り気を付けよう。そもそも俺が魔王の話題を出す必要も理由もない。
休憩の時間が終わり二人が王族専用ブースに戻っていくと、残しの試合が始まった。
それから数時間の内に全予選試合が終わり、本戦出場を果たした24名は試合場に並んでいた。全員が並んでいるのは、今からトーナメントの抽選が行われる為だ。その中にはシード権を貰った勇者。カサ・ロサン王国からの推薦枠で本戦に出場する選手も並んでいる。
そして準備が終わったスタッフが彼等の前に並ぶと、闘技場全体に設置されたスピーカー魔道具から聞こえる声が響き渡った。
『それでは、闘武祭の抽選を行いたいと思います』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます