第79話 本戦 その5

「高め!『魔力増加マジックブースト』!追加に、我の身を守れ『プロテクト』!」


 魔法の申し子。賢者の末柄、ディアナ・キャビンディッシュは相手選手ガーランドの攻撃に備えて魔力を一時的に高める魔力増加と、防御魔法のプロテクトを唱えた。


 彼女はこの日の為に学園が終わると参加選手の情報を使えるだけのコネを使って収集してきていた。


 一度でも本戦に出場した経験を持つ選手は勿論の事。帝国からやってきた勇者達ですら、第四王女兼生徒会長のティトリマ・エル・フォン・ランキャスターに借りを作りながらも、鑑定スキルで看れたステータスの情報を貰っている。


 天才魔法使いと名高いディアナが本戦に出場出来たのは恵まれた強運と、入念に情報収集を行ってきた成果である。ここまで実戦経験と、レベルの差はそれらで補ってきたが、相手のガーランドはそう生半可で勝てる相手では無い。ディアナ自身それは十分承知している。


「(でも…ここで弱気には絶対にならない!)」


 そしてチラリと王族が観戦するスペースに視線を送る。視線の先には豪華な素材が使われた椅子に座り、停止したオートマタ―のように無表情なティトリマが顔色一つ変えずにステージをぼんやりと眺めている。整いすぎ、美しすぎ、退屈であまりにも生気のない表情。だが、ディアナは知っている。本物のルビーより美しい張のある瞳は新しい玩具を見つけたようにディアナを見ている事を。


『ティトリマ様の為にも、絶対に負けられない!』


 敬愛する生徒会長の期待に応えようと、内心そう呟き思わず両手に持った杖を力強く握りしめる。


「その歳で詠唱短縮を習得しているか…流石魔法の名家と言った所か。しかし、若いな」


 ポケットに手を入れ、隙だらけのガーランドを復習の相手とか思う程彼をジーっと睨んでいると。突然彼の開いた口から言葉が飛び出す。侮辱とも取れる発言によく締まった口が歪み、口惜しそうな表情になる。


 だが、その瞬間をガーランドは見逃さない。

 気付けば彼の手はポケットから出しており、よく観察すれば手の平にはゴルフボ―ルサイズの鉄球が手の平一杯に握られていた。


「風の力よ、暴風となれ『ウィンドバースト』」


 親指と人差し指で挟んだ一個の鉄球に魔法を唱え、ディアナの心臓部分目掛け高速の速さで放たれた。


 ガーランドはその屈強な見た目から剣や槍等が得意武器と思われがちだが、しかし彼は誰もが認める立派な魔法使いだ。この試合は魔法使い同士による魔法の打ち合いによって勝者が決まる。


――ガンッ!


 ジャイロ回転で放たれた鉄球はディアナに当たる寸前、先程唱えた魔法の壁にぶつかった。そのまま魔法の壁事破壊するだけの威力を持っている鉄球攻撃だったが。彼女は始めから角度を付けて設置しており、そのままステージ台に流された。


 大砲で岩を砕くような爆音が大きく響き耳を聾する。キーンと鳴り続く耳鳴りを気にする暇も無いディアナはたった一度の衝撃で消滅した防御魔法を再度唱える。


「(っう!馬鹿正直に攻撃を受けた訳じゃ無いのに、とんでもない威力だわ…これが上級冒険者の実力って言うことね)」


 唇を食いしばり、出来るだけ苦しい表情を出さないと踏ん張るが彼女の額からはにじみ出た冷や汗が胸元を濡らす。


「――ッツ!!」


 反撃の魔法を唱えようと前へ杖を構えるが、既にガーランドの手には新たな鉄球が放たれる寸前であった。


 魔法詠唱を咄嗟に解除し、思わず右へ転がるように飛びつき一回、二回横回転したディアナは学園で習った動きで身軽に立ち上がり即座に魔法の高速詠唱を始めた。


「火の魔力を、我が敵を撃ち焼け『ファイアーランス』!」


 ディアナの足元に赤色の魔法陣が浮かび、向けた杖の先から高熱の槍が飛んでいった。


「追加よ!『クイック連続魔……アイススピア!ツインサンダー!』」


 たったの一撃で勝てるとは思っていないディアナは杖を向けたまま更なる魔法を唱えた。


 瞬間彼女の足元には青色と、黄色の二重魔法陣が浮かび上がり追加の魔法が放たれた。しかし、彼女が発動した攻撃は全てガーランドへ届く前に全て鉄球で打ち消した。鉄球がまるで生命を持ったかのようにガーランドの周りの高速で旋回している…それは大海を泳ぐ魚の群れに似た動きに見えた。


 本当は一発でも当たって欲しいと願っていたディアナは思わず口惜しさに強く握った杖が微かに震えていた。


「高速詠唱に、習得を困難としている多重魔法陣の制御。敵ながら凄まじいな。…これからも訓練を続けてれば五年後には立派な魔法使いとなり、将来俺すら超える事だろう」


「…ありがとう、と言えばいいのかしら。随分と上から目線な殿方ですこと…」


 ガーランドからの誉め言葉に、思わず侮辱されたと受け取ったディアナが口を尖らせて言葉を返す。立派とまで言われると皮肉のように聞こえる。


「おっとこれは失敬、失敬」


 彼女から飛び出した言葉の棘にも、気を悪くさせた様子を見せないガーランド。しかし、良く見てみると彼の手に追加の鉄球が握られていた。


「ッツ!魔力の壁を、我の身を守れッ!『マジックウォール』」


 一瞬でその意味を知ったディアナは咄嗟に全方向に新たに魔法の壁を作る。


「君はまだ若い、その心意気、折れないでくれよ。…風よ、荒ぶる竜となり、大気を揺るがす、烈風よ『テンペスト』!」


 ガーランドが魔法を唱え、重々しい響きとともに爆風が巻き起こる。全方向に発射した十数個の鉄球と共にばら撒かれる。

 観客席を守る結界魔法にぶつかった鉄球はバウンドするように反射され、無作為にぶつかり合い。鉄球同士もぶつかると予測がつかないイレギュラーな動きを見せる。回転していく鉄球の速度がどんどん上昇していく。


「キャッ!」


 ガトリンガンのように全方向からディアナを目掛けて飛んでくる無数の鉄球。マジックウォールが破壊されないように魔力を注ぎ込むが、そう長くない内に魔力は朽ちるだろう。


 それでも彼女はそれ以外の行動を取ることは出来ない、それどころか一歩足を動かす事も出来なかった。


 精一杯出来る事は魔力が朽ちるまで注入続けるのみであった。



『ディアナ選手、身代わりの魔道具破損を確認!勝者っガーランド選手!!』


 諦めずに踏ん張るのもの虚しく、大会から渡された魔道具が壊れディアナはあっさりと敗北したのだった。観客席に座り応援してきた観衆は罵倒する言葉も投げず、選手専用の入り口に戻る二人に向かって拍手の嵐が響き渡った。


 第三試合目が終わり、それから立て続けに何も問題なく闘技大会は進んでいった。


 第四試合目。メルシエ対カサ・ロサン王国から代表して出場したアルルの対決は召喚術士であるアルルの圧勝。


 第五試合目。ゼル対バッファリーノの対決は軽拳士ゼルの勝利。


 二回戦最後の試合、第六試合目。異世界の勇者アキト対剣聖の息子アスモードの対決は異世界から召喚された真勇者アキトの勝利で終わった。


 30分間の休憩後、準々決勝の第三回戦が行われる。


 第一試合目はテトロア対ウーラー。

 第二試合目はガーランド対アルル。

 第三試合目はゼル対アキト。誰が優勝の栄光を手に入れるかは神すら分からない……。

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