第80話 休憩時間での談話

『あーっと!?強烈な斬撃を生身に食らったセルジオ選手!身代わりの魔道具が壊れ試合終了~!第二回戦、最後の試合はアキト選手による華麗なる勝利となりました!…これより三回戦へ向けて準備を行いますので、今から約30分間の休息を取りたいと思います!観客の皆様~!席にお戻りになる際に混雑する可能性がありますので、他の観客を押し出しなど気を付けてくださいね~?さもないと…一週間は蒸し暑い牢で過ごす事になりまーす』


 勇者のアキトの勝利で終わった二回戦。休憩を知らせるアナウンスと同時に、大勢の観客が一斉に席から立ち上がり、それぞれ行動し始める。ひんやりと冷えたエールのお替りする者、空腹を覚えた小腹を満たすために屋台へ向かう者、試合が終わるまで我慢してトイレへ向かおうと人波をかき分けむ者。様々に異なる状況となり、会場はごった返している。


 どこもかしこも押し合うような混雑を俺は、熟練の職人の手によって大変丁寧に作られた真っ赤なソファーに背中を預けてテーブルの上に置かれた目をむくような値段をする大皿に盛られたシュークリームを一つ手に取り熱意もない目で眺めている。


 手に取ったナビリス特製シュークリームを心置きなく味わう。頂はこんがり、キツネ色に焦げた皮の上に降りかかっている粉砂糖は舌の上で春の淡雪よりも早く溶けて、その甘みを捉えることができないうちにふとっ消える。


 その様子を隣に座ったナビリスは何処か嬉しそうに喜びを瞼に浮かべている。まるで、やんちゃなガキに愛情たっぷり込めて作った聖母のように…。


「ん~怪異のよぉ」


「どうした銀孤。何か不思議な点でもあったか?」


 シュークリームを食べながらそんなちっぽけな事を考えていると、ナビリスとは反対側に腰を下ろしている銀孤がルメラパ産の高級ハチミツ飴を舐め、何やら不思議そうに小首をかかげている。

 一応気になった俺は彼女に聞いてみる。


「なぁ~おにぃはん。些細な事やなの、異世界から召喚された勇者はんの戦い方やのぉ何処か可笑しいさかいな」


 …成程、彼女が不思議に思った部分はそこか。


「ああ、高いレベルに見合った動きじゃ無い。と言いたいんだろう?」


 勇者たちは此方の異世界に召喚されるまで武芸の心得は持っていない。足運びはもちろん、剣裁き、重心…体の動きや視線が完全に素人、武器に振り回されっぱなし。


「おぉ~そう言われてみれば、そうしっくりくるの、……ふむふむ。…しかし勇者の故郷には片側にしか刃のない刀を器用に使う武士が大勢いと記憶に残っておるが?うちが焼き殺しすぎてしもうたか」


 彼女の言葉に思わず微笑みを零す。膨大な年月を一ヵ所で過ごした彼女がそう考えても仕方ない、銀孤がいた頃の日本は現代日本から遥か古の時期だったからな。


「それは彼等の遥か昔の時代だ。召喚された勇者達がいた今の日本…つまり日ノ本では武器を所持するのは法によって禁止されている」


「ふーん。成程のぉ。あ~だから勇者はんの動きが初心者ぽかったかいなぁ」


「そうだな、勇者の称号を持つ者達は尋常じゃない速度でレベルが上がり。スキルも簡単に覚えやすく、ステータスも他に比べ全体的に高い。しかし、実戦で得られる経験、激しい死闘の先に覚える覇気。それらは平和な世界から召喚された彼等じゃこの上なく欠けている経験値。それに恐らく召喚されて間もない彼等は特に対人戦闘は少ないと一目で分かる。先の試合でも剣が防具に守られていない部位に当たる時、無意識に手加減をしていた」


 勇者代表のアキトは高いレベルとステータスに物を言わせここまでごり押しの火力で三回戦まで上がって来たが、それより上は厳しいかもしれないな。まあ、それも相手次第だが。


「ほーん。それよりおにぃはん、折角やし屋台巡りに行ぃてもよいかの?」


 銀孤にとって同じ故郷から召喚された人よりも食べ物が重要な様子。


「それは構わないが…、護衛は付けるか?銀孤の外見なら人目に目立ってしまうが」


 背中一杯に溢れるほど広がる白に近い銀髪艶やかさを持つ美しい髪。頭の上からぴょこんと飛び出ている狐耳。彼女の背中、正確には腰下から見える九本の優美な長い尾は波のようにうねっている。身に着けているものは、どれも上質で趣味が良く、ほどよくくたびれ。彼女にプレゼントした金色のアクセサリーが肌の魅力を注意深く封印するみたいに配置されている。


 そんな銀孤が護衛も付けずに一人で外へ行けば、五分後には荒くれ者がダース単位で彼女を誘拐しようとするだろう。それだけの美貌を放っている。


「心配には及ばなんよおにぃはん。ぱぱっと屋台巡りを終えたら、ちゃちゃっと戻ってくるさかいなぁ」


 そう言うと、尻尾を動かし俺の頬を優しく一撫でするとそのまま気品良く立ち上がり、ソファーの横に立て掛けていた日傘を手に取った。傘布は彼女が好きなピンク色のフリルで全体に覆い、数か所ミルクのような柔らかい白色のリボンが縫われており。そのリボンの真ん中に埋め込まれた複雑にカットされた深緑のガラスが本物の宝石のようにキラキラと光っていた。傘布を支える骨組みは贅沢にミスリルでコーティングされ、日傘の先端部分である石突は軽銀で出来ている。勿論彼女の要望を聞いて俺が一から作り上げた銀孤専用の日傘だ。とても気に入って心が晴れやかな気持ちになる。


「面倒事に巻き込まれるのは残念ながら確定してるが…銀孤がそれでも構わないのなら、俺も煩く言わない。思う存分楽しんで来い、金はコレから自由に使って構わない」


 ウキウキ気分で颯爽と扉に向かおうとする銀孤を止め、振り向いた彼女に向けてポケットから取り出した魔物の革で出来た巾着袋をポイっと投げる。


「ありがとうおにぃはん!片っ端から巡っていくやの。お土産、期待しておきなぁ」


 金を受け取った銀孤が口元がほころぶ。喜びをほほに浮かべ、ぱっと音を立てて朝開く花の割れ咲くような笑顔。彼女が幸せそうに満面な笑みを見せる度、俺も嬉しさに動かされて反射的に微笑む。


「ああ、期待してる」


 それだけ伝え、そのまま銀孤が扉の向こう側へ歩く後ろ姿を見送った。



――コンッコン。


「入るぞショウ」


 銀孤が屋台巡りに行ってから数分後、扉からノック音が聞こえてきた。魔力の流れでノックした人物を分かっているので返事をしようと許可を言う前に、婚約者であるエレニールが返事を待たずに中へ入って来た。お姫様があんな振舞いで良いのかは疑問だが別に気にしない方針でいこう。


 ほら、扉の両端に待機している奴隷がいきなり王国の王女様、参上でびっくりしているじゃないか。


「今日もこの部屋には鼻翼をくすぐる甘くていい匂いが充満してるな。ナビリス、私の分も用意してくれないか」


 命令と取れるお願いに、表向きは俺のメイド長ナビリスはきちんと整った色の薄い唇が、二ミリ程やさしい形に笑いをつくり、キッチンの傍に置いてある冷蔵魔道具へ向かっていった。


「うん、今日は銀孤は留守番か?」


 しっかり知っている筈なのに、そうわざと俺に尋ねながらさっきまで銀孤が居た場所に今度はエレニールが深く腰を落とした。とても上品な動作でソファーに座ると同時にふわっと極薄い、フローラルな香りが鼻の中の内側へ入ってくる。


「いや、銀孤は今会場外に出ている屋台を巡っている。それより、爽やかで良い香りだ。例えるなら太陽の光を一杯に吸い込んだ森の青い香り。香水を変えたのか?」


 俺の言葉に照れたようで顔を横に向く。しかし彼女の耳は恥ずかしさで赤くなっている。


「う、うん…貴族御用達の香水専門店で新発売の香水を付けてみた。普段はこういった香水をつける機会など無かったからきちんと出来たかは分からなかったが…そうか、良い香りなのか」


「ああ。気に入った」


 それっきり二人の間に会話は無かったが、丁度ナビリスが冷蔵魔道具に入れてた手作りシュークリームを持って来た。


「おお、ありがとうナビリス。恥ずかしいことにナビリスが作る料理はハッキリ言って王宮料理長の腕より上だからな」


「ふふ、ありがとうございます姫様。王女様に絶賛されるお料理を作れて、私とても感激しています」


 今は人の目がある為丁寧な口調で喋るナビリスに素の状態を知っているエレニールが口をへの形にし顔を顰めるが、何も言わずに手に取ったシュークリームをぱくりと口に入れる。


 何も言わない理由は今この部屋には、王女であるエレニールを護衛している近衛騎士が一名背後に待機しているからだ。


「そういえばショウ、一つ尋ねたい事があったのだ」


「うん?何か問題でも起きたのか」


 シュークリームを食べ終えたエレニールが俺と目を合わせ探りを入れるように聞いてくる。


「先程、我が王国の客人である異世界から召喚された四名の勇者達と何やら話し合っていたようだが。会話の内容を私が聞いても問題ないか?」


 ああ…そう言うことか。


「別に大した会話はしていないが。…ああ強いて言えば、彼等から一緒に魔王討伐に参加しないかと誘われた」


 その言葉に手を顎にやると、目を閉じて何やら考え始めた。


「そうか、既にショウの所にも来ていたか」


「やはり俺以外の冒険者にも声を掛けているのか?」


 今度は俺が彼女に尋ねる。勿論全部知っているので知らんぷりだ。


「ああ、特にAランク、Bランクの上級冒険者を中心に聞き回っているらしい。私も詳細は知らされていないが…。どうやら闘技大会本戦に出場している選手には、勇者達が数グループに分かれて全員を誘う会話を聞いた」


「帝国の思う壺だな」


 冗談でそう言うと、エレニールも全く同じ思いだったのか色白の頬に、えくぼが目立つ笑顔を見せてくれた。


「ま、王国は今彼等に探りを入れている状態だ。ショウも何かあったら教えてくれ」


「了解した」


 それから休憩時間終了間近に両手に食べ物を大量に手にした銀孤が戻るまでナビリスを含めた三人で会話が途切れることなく続いた。銀孤が腕に引っ掛けていた日傘の石突に血痕がこびりついていた事は誰も話題に出さなかった。

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