第81話 本戦 その6

『ん~美味しい~。やっぱりたこ焼きに一番合うソースはアルティメット激ピリ辛ソースが定番よね!あーもう一つ欲しいけど、ここ最近食べてばっかりでお腹の肉付きが豊かになってきてるのよね。闘技大会が終了したら本気でダイエットしなきゃ……あれ?もう30分経ったの!?選手も既に待機中ぅ?…………さてっ!ステージの準備が終了したと連絡が来ましたので、早速第三回戦!栄光ある一試合目に出場する選手を紹介しま~す!』


 休憩時間が開始してから丁度30分後。不運にも好物な食べ物を万を超す観客に知られた人気な美人司会者が三回戦開幕の合図を告げた。そんなかわゆく無邪気なリアクションを全観客に披露してしまった司会者に、真っ赤なソファー腰を落とし、ショウの横で優艶な振舞いで音を立てないように静かに飲んでいたエレニールはティーカップを美しい模様を施された縁を彩る厚塗りの金で彩ったソーサーの上にゆっくりと乗せる。しかし、彼女の顔には苦い笑みを微かに頰に含んで司会スペースへ向けていた。


 だが、それも僅かの反応であり。ティーカップを置いた彼女は紅茶を淹れたナビリスに一言礼を言うと、右手をショウの膝にほんのり手を乗せ、そのまま立ち上がった。


「もうこんな時間か。ショウにナビリス、銀孤と話していると会話が弾み直ぐに時間が経ってしまう。もっと三人で話したかったが、これ以上アンジュリカに妬まれたくないからな。そろそろ戻るとするよ」


 そう言ったエレニールが向けた視線の先には、ショウ達を睨みつけるように凝視する第五王女アンジュリカが愛くるしく頬をプクーっと膨らませていた。お気に入りの銀孤の尻尾を撫でれなかったせいなのか、不機嫌な様子を隠そうともせず、王族専用の金細工がされた豪華な椅子に座り地面に届かない足をプラプラさせている。


「アンジュ?お行儀が悪いですよ」

「はーいティトリマお姉様」


 それも隣に座っていたアンジュの姉、第四王女ティトリマが注意した事によって渋々止めた。


「ああ、分かった。次こちらに来るときにはアンジュも連れてきても構わない。銀孤も喜ぶからな」


「おにぃはん、うちを恥ずさないでおくれ。まぁおなごのブラッシングはほんまに気持ちいのは本当さかいなぁ」


「ふふふ、なら喜んで今度はアンジュも連れてこよう」


 そう言い終えると、護衛の騎士が開いた扉をくぐり王族観戦ブースへ戻っていった。


『それでは全ての準備が整ったと言う事で、早速一人目の選手を呼びましょう。彼が手にした大剣に切れないものは無い!全てを粉砕する剛力の前に立ち挑むことは出来るのでしょうか!?『破攻』デトロア選手ぅ!!』


――オオオオオオオォォォッ!


 大勢の歓声と共に選手専用の入り口から現れたの大男。額から左目に掛けて爪痕のような古傷。鋭く、獲物を前にした猛獣の目つき。髪は綺麗に剃っているが、こめかみから顎にかけて、草むらのようなぼさぼさ髭。防具はワイバーンのなめし革で作った黒柿色の軽鎧に身を包み。ミスリル製で出来た手甲をはめている。そして背中には全長二メートルはあろうバカでかい大剣を背負っている。


「ウオオオオオオおぉぉっ!!」


 野蛮人に間違われそうな体躯の大男がステージ台に立つと。突然腰を落とし、両腕を曲げ、上を見ながらすうううっと息をまんべんなく吸い込み、憤激の雄たけびを上げる。空に向かって腹の底から全力で叫んだ気合の声は万人の歓声を上回った。


『おっとぉ!?デトロア選手、感情が極度に高まったのか突如咆哮を発し始めたぁ!では、もう一人目の選手を呼びましょう。…初参加ながら数多な名高い選手をバッタバッタ薙ぎ払うその姿は正に、新星の如く突然と現れた流れ星!彼女の槍捌きは見る者を魅了させる技力!彼女が放つ刺突は正に空にひらめく稲妻のごとく一瞬!くり出される神速の攻防で見事勝利をもぎ取る事が出来るでしょうか!?その名、ウーラー選手ぅ!』


――オオオオォォォッ!


 デトロアの時より歓声は小さめだが、確実に彼女のファンに既になりつつある観客が大勢いる。

 鳴り響く歓声にステージ台に登るウーラーが聞こえてくる応援の方角にサービス良く手を軽く振った。


「ふむ、そちがベイガリオを下した女か。よくぞ奴の防御を破った、天晴だ」


 両者がステージに上がり、二人の間合いが約10メートル程で対峙すると、天に向かって雄叫びを終えたデトロアが対戦相手の女性選手に話を持ち掛ける。裏表無く、単純な誉め言葉にこれまで無愛想な顔を続けてきたウーラーの表情がピクリと改める。


「…意外。てっきり女である私が大会に出てく事に良い感情を持っていないと思っていたけど」


 その言葉にデトロアは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「っふ。俺は元々獣人王国でとある傭兵軍で泥水を啜り生きてきた。俺がクソガキの頃から男より強い女を何度もこの目で見てきた。強え奴らに性別は関係ねえ、全力を持ってすり潰すのみ!」


 言い終えると、彼の背中に背負った超大剣を片手で抜き放ち、刃抜きした切先を向けた。


「そう、女と理由で無条件に手加減してくれない事に感謝するわ。お礼に私も全力で貴方に勝つ」


 ウーラーも左足を半歩後ろに下がり、右手に持った槍を脇にがっちりと固定し、上半身を斜め前に傾け、左手に持つ短剣をデトロアの視線から見えないように隠す。彼女の紫色の瞳が身体全体を見定める。


「っは!!面白れぇ!やってみやがれッ!」


『お二人共既に準備万全な様子ぅ!では早速第一試合目を開始しましょう!レディ――ファイッ!!』


 司会の実況と共に、カァンと鳴らされる試合開始の合図。


「『雷突き』!」


 合図と同時に、初撃に動いたのはウーラーだ。まるで爆発するような威力で大地を思い切り蹴り飛ばし、地面と水平になるように構え、雷魔法のライトエンチャントを付与した槍で突き出す。


――ガンッ!!


 金属同士がぶつかり合った鈍い音が響く。ウーラーの突きをデトロアの巨大な大剣の剣身の刃腹で受け止める。並の剣であれば真っ二つになっていたであろう、と思わせるほどに鋭い突き。


 しかし、大剣に纏わせた魔力にウーラーの初撃は受け止められた。


「――フンッ!」


 台に突き刺した大剣に力強い衝撃を受けたデトロアは柄の握りを変え、勢いよく上へ振り上げる。


 振り上げによってバランスを崩しそうになるウーラーは突いた槍を若干引き、大剣の剣身に足を掛け、振り上げるタイミングを見計らって後ろに飛びすさる。大剣を振り上げた状態をウーラーは見逃さなず、瞬時左手に持っていた短剣を大きな図体を狙って投擲した。


 だが、その投擲もデトロアが手にはめたミスリル製の手甲で弾く。弾かれた短剣がカランコロンと地面を転がる。


 副武器の短剣を手放したウーラーだったが、彼女に気にした様子は無く。槍を両手に持ち替え、構えを取った。


「『身体強化アクセルブースト』」


 一度距離を取り、ウーラーが『身体強化』を使う。自分の体に魔力を流し、肉体を強化するスキルだ。これで力やスピード、更に肉体強度が数倍へと跳ね上がる。


 すると、煙のように彼女の姿が消えた。いや、高速の速さで縦横無尽に駆け回っている。


「おお早え。でもなぁ!勝った気になるんじゃねぇぞ!!」


 槍の鋭い突き、下から斬り上げ、上段からの振り下ろし、首を目掛けて横薙ぎ。ステージを高速移動しながらデトロアの隙を作ろうと様々な攻撃手段を取るが。それを連続で弾き、更に振り下ろしによる追撃でウーラーの肩を狙う。しかし、その攻撃は高速で移動するウーラーに当たることは叶わなかった。


「ちょこまかと、うざいな」


 攻撃が外れた事に徐々に苛立ちを表情に出し始める。大剣を真っ直ぐ上空へ構えたデトロアは一歩右足を前に踏み込む、それだけで踏み込んだステージ台が蜘蛛の巣みたくひび割れる。


「天砕」


 振り下ろされた攻撃はデトロア中心に衝撃波を発生させた。その衝撃は会場に張った防護結界にまで届き、舞い上がった土埃がステージを包む。

 土埃がおさまる。観客の誰かが思わず唾を呑み込む音が何処から聞こえてきた。


 ヒビだらけの半壊したステージの上には、床深く食い込んだ大剣を握っているデトロアの姿と。首に下げた魔道具が壊れ、場外まで吹っ飛ばされたウーラーの姿があった。

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