第106話 一日目

 王都からショウを加えた使節団が出発して数時間が経過していた。ずらりと一列縦隊に並んだ荷馬車の行列に、街道を進む他の者が何事かと不信感を持った目で窺い端へ寄る。そして彼等は気付く、列の先頭を進むランキャスター王国の国章が刺繍された真っ赤なマントを風が揺り動かし、白銀に輝く甲冑を身に着けた騎士団の集団。

 そして目を凝らせば他の騎士より一層豪華な鎧を纏い、一段と立派な軍馬に跨った女性の姿を。隠せない王者の風格を放ち、その艶麗な絶世の美女は背筋をまっすぐに伸ばし、手綱を持った両手を膝の上に置き、顎を引いていた。まるで人物画の被写体モデルでも取っているみたいに、その姿勢はぴくりとも動かない。


 王国を愛する心を持った民は慕われる王女の姿に胸が震え、自然に頭を下げる。それだけエレニールが民衆に愛されている証拠。


 今回の使節団ではエレニール専用の馬車も進んでいるがあまり使われないであろう。彼女の代わりに専属メイドが一目で豪華だと分かる馬車で楽にくつろいでボードゲームに熱を上げているのは乙女の秘密だ。


 対して使節団に参加しているショウは王国が用意した長荷馬車の中で同席となった他の冒険者達と会話を楽しんでいた。


「見事依頼の素材を獲得した俺達、だが一瞬にして目の前に三対のオーガが姿を見せた!レベルも低く当時C級だった俺っちパーティーは一目散に逃げようとした、しかし!背後には変異体のオーガが見張っていた。そん時は流石に絶体絶命のピンチだと思ったね。だが後悔していても魔物は気にも留めない!雄叫び上げ俺っち達に襲い掛かってきた!」


「「「…」」」


「今この場に居るって事はどうやって生き残った?パーティーメンバー欠けずに」


「まあまあ、話は最後まで聞くのかお約束でっせ旦那!一秒を争う瞬間、俺っちに名案が急に浮かんできたんだ……」


 ショウと一緒の荷馬車に居るのは彼が東門の集合場所で初顔合わせをした『獅子の咆哮』メンバーにCランクパーティーの四名を加えた総勢9人。荷馬車に詰めた人数にしては多い気がするが歴代の勇者達の努力が詰まった馬車はゴムタイヤにサスペンション搭載されて揺れは驚くほど少ない。それどころか全員が足を延ばしても余る内部の広さ、魔道具も組み込まれているらしく寒さを感じさせない。


『獅子の咆哮』メンバーの一人、ポハマドはどうやら話し上手らしく、彼の誇張して話す体験した場数の会話に引き込まれる謎の人気を受けていた。真実を知る彼のパーティーメンバーは微苦笑頰に含んで沈黙を選んだ。


「っとまあ、ホンマ良く死ななかったと今でも思いますなあ」


 両腕を組んだポハマドが自慢げな顔を見せ顔を上下に頷く。


「それより俺っちが気になるのは『孤独狼』の旦那。あんたの噂っすよ」


「ん?俺がどうした」


 馬車から外の景色を眺めていたショウへ急に声が掛かった。声を掛けた張本人、ポハマドは力強く一緒の馬車に乗るショウへ指差す。


「冒険者ギルド史上最速でA級に昇格した若き逸材、あの神の試験にパーティーを組まずに第51階層を突破、そして闘技大会を制覇した異界の勇者を拳一発でぶっ飛ばし、最後にっ!雲の上の人であるエレニール王女殿下の婚約者!?どうゆうことっすか!」


 小鼻を膨らませて荒い鼻息を吐きながらも破れるように大きく眼を瞠ったポハマドに話を流していたショウの反応は真意を測りかねる物であった。


「俺は運命という名の流れる川に逆らわずに従ってきた。ただそれだけだ」


「お…おう、旦那は文学者なのか?まぁいいや、唯一無二の旦那が使節団に居るだけで今回の依頼既に達成したのも確然だな!あっはっはあ!」


 それっきり馬車に一緒に乗った冒険者からショウへ質問投げつける者は皆無であった。ショウは相手にされなくとも構わない、神とは干渉せずに風の吹くまま気の向くまま物事を目を通すだけ。


 馬車が街道を進む間、彼は愛する女神ナビリスが編んでくれた羽織を撫でさする。寒さを感じないショウだが一人だけシャツ一枚のみは逆に目に付く、そう思った彼は外套代わりに水色の明るい着色を加えた羽織を着ている。アラクネの吐く糸を使用した羽織は下手すればミスリス製の鎧以上の防御力を兼ね備え、防汚も優れている。


 羽織の他にもピッタリサイズの籠手をはめている。素材は王都付近の上級ダンジョンから取れる一般的に流通している防具、ある日暇つぶしに商業街へ遊びに行った時に入った武具屋で見つけた一品。



「は~退屈だあ、飛空船なんて贅沢は言わないがせめて魔導列車が引かれていればな。一カ月も掛からずに隣国に着くのになあ」


 『獅子の咆哮』の他のパーティーメンバーが肩をすぼめて呟く。しかし直ぐに彼等のリーダーアィリーンがその頭を引っ叩く。パシンッと実に叩きなれた良い音が馬車に広がる。


「馬鹿言ってんじゃないよコリー、もし今の言葉を兵士に聞かれてみな、皆牢屋送りだよ。それに帝国を真似ても王国に線路を敷くのは英図とは言えないね。むしろ膨大な金と時間を無駄にするだけだよ」


「どういう意味ですか姐さん?」


 興味深そうな話題にポハマドが即座に割り込んできた。アィリーンは頭を抱えながらため息を漏らすも思いつく言葉を掻き集めるようにして、切り出す。


「ランキャスター王国は北方以外周囲を他国が囲んでいる。西は大国のバンクス帝国、南は砂漠地帯が殆どのカサ・ロサン王国、最後に東は私たちが今向かっているラーヘム魔導国その先にロスチャーロス教国。どの方面へ線路を敷こうが戦争になれば駅を占拠又は破壊されるのが落ちだ、最悪王都に敵兵が送られて国が崩壊する。今は友好国のラーヘム魔導国が将来宣戦布告を吹っ掛けてきても不思議な話じゃない。それに王国は他国より強力な魔物の出現率も高い」


 アィリーンの詳しい内容に聞き入っていた冒険者達が一斉に『へぇ~』とわかったようなわからないような返事を零す。


「っま確かに話を聞く限りじゃ帝国の魔導列車は便利そうだが向こうでも色々問題が再三再四起こっているらしい。賊のレール泥棒、いたずらに線路に木を置いたり。魔物除けの魔道具を設置しても寄ってくる魔物等ね」



「よーし!全隊停止!此処で野宿を行う!荷馬車に積まれた荷物から各自テント等を受け取り食事を取りに来てくれ!魔物の気配が確認出来たら迅速な処理を」


 太陽の光は既に見えなく地上は暑い闇に閉ざされた。灯した魔道具の光を頼りに馬車から降り野宿の道具立ての準備を単独で行うショウ。


 遠くない場所に開けた平野を見つけると、ショウの双子を比類させる一本の木がポツンと寂しく生えている。彼はその木を背に腰を落とし土魔法でこれは立派な窯を生成する。その辺に転がっている落ち枝を拾うと大雑把に竃へ放り込み、生活魔法で火の粉を爆いて燃やす。


 炎の輝きが、河に流れた月のように長くちらちらとゆらめいて雲一つ見当たらない夜空へ向かっていった。


「ショウ、隣いいかしら?」


 近くから彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる、呼ばれた方へ振り向くとそこには鎧を脱いだエレニールが立っていた。体にピッタリとしたワンピースに何故かグリーブを着たままのエレニールの手を見ればそこに湯気が籠った木皿が二枚持っている、香りからしてスープのようだ。


「ああ、勿論だ」


 頷いたショウはシャツの上から着ていた羽織を脱ぐと折りたたんで彼の真横に置いた。


「ありがとう…ふふ、まるで紳士ね」


 礼を告げたエレニールが彼のみ見せる笑顔で隣に腰掛けた。


「当たり前の事をしただけだ。それにスープ、俺の分も持ってきてくれたのか?」


 紳士と言われ何処か嬉しそうなショウ。


「ええ、どうせ他の冒険者達と馴染めないと思ってね。そしたら私の大正解」


 クスクスと上品に笑いつつ片手に持った木皿を渡す。しかし、何か思い出したエレニールは、あっとした顔になる。


「スプーン貰うの忘れたわ、ちょっと待っててショウ、直ぐに従士に頼んで持ってくるね」


そう立ち上がろうとするエレニールの腕にショウの手が掴まれエレニールを引き留める。


「無くとも平気だ。直接皿に口をつけて飲めば良い」


「でも…」


 王族として生まれ十数年宮殿で厳しい礼儀作法を受けてきたエレニールにとって皿に口をつける動作はとても考えられなかった。


「今は誰も見ていない、それに土魔法でスプーンを作れるから問題は無い」


「まあ…ショウがそこまで言うのなら、仕方ないわね。アンジュには決して言わないで頂戴」


「勿論だ」


 こうして使節団の初日が過ぎていった。

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