第105話 使節団出発
エレニール直々の指名依頼を受理してから一週間後、朝日の光が現れるより前に屋敷を出る予定だ。自室の扉を開き長い廊下を渡って一階へ続く階段を降りる。玄関口が見えてくればナビリスと銀弧の二人が暖かい服装で待っていた。
「行ってらっしゃいショウ。何かあれば念話で伝えるわ」
「おにぃはんお土産宜しゅう!」
「何時に依頼が完了するか判らないがそれ程長くならないと思う。それじゃ行ってくる」
二人に腕を回し抱擁してお互いの唇に接吻する、これで少しでも機嫌が良くなればと願いながら。
見送りの二人に一言伝えて玄関ドアを開く、玄関から出ればまだ日も登っていない時間帯。薄暗さが目の前に広がり、空の先へ見上げれば曇った銀のような薄白い明るみが広がり始めている。ポケットから取り出した懐中時計を確認すれば針の先が五の数字を指している。後30分も経てば薄明に照らされた眠りの世界より太陽の光が目覚まし時計代わりに国民の目を照らすであろう。
石畳で舗装された道を進み閉じられた門扉が見えてきた。
「ご、ご主人様!こんなお早いお時間どうされましたか!?」
「何か本館にて問題でも!?」
侵入者防止に門番を任された戦闘奴隷二人が突然現れた俺の姿に些か驚きに目を丸くして駆け寄ってくる。
門番を任せる護衛係は三つの時間帯に分けて24時間体制で私有地へ続く大扉を守護してくれている。門番に任ずる戦闘奴隷はどれも一品の戦闘力を備え、掲げた装備も一級品。これまで何度も昼夜絶えず侵入を試みた曲者を撃退した功績を持つ。
「情報が届いていなかったのか…、俺は今日から王国直々の指名依頼で出立する。俺が留守の間ナビリスの指示に従ってくれ。本日も努めご苦労、異物には目を光らせておけ」
「っは!我ら一同ご主人様のご無事をお祈りしています。命を懸けてでもメイド長と銀弧様をお守り致します!」
「俺らにお任せくだせい!」
「ああ、期待している」
感激のあまり目にキラキラと涙が湧きながらも威風堂々たる敬礼で俺を見送った二人に手を振りながら開かれた門扉を潜り大通りへと繋がる道を進む。
予定の時刻より早く出たのは良いものの、自然に囲まれた屋敷から東門までは結構の距離がある。流石に徒歩では到底時間に間に合わないので、時折人影が見えない路地裏に転移を繰り返して目的地へ進む。
目先に東門が見えてくれば転移での移動を止め、ナビリスから見送りの際に手渡されたバスケットに詰められたカツサンドを口に入れた。
東門を守る王国兵士に冒険者カードと依頼書を提示して門を通してもらう。そして少し離れた集合場所らしき野外に集まった集団の影が確認出来る。そこには横に並んだ多くの荷馬車に軽装の防具に槍を持ち、腰に剣を差した王国軍に所属する兵士。それに冒険者らしき格好をした姿も見受けられる。一目集まった冒険者の人数を数えれば31人、…成る程エレニールが指名したAランクパーティーが揃っていないのか。
「へぇ~アンタも依頼を指名されたのか。っま、姫殿下の事を少し考えれば妥当な線だな」
多様な意味で顔を知られる俺の姿を認識した冒険者の中から一人の女性が近づいてきた。汚れを目立たせない茶色の外套に身を包んだ高ランク冒険者らしき女性、その目には獲物を定める獣如く俺をまじまじと見据える。
「っと初対面の人族に無用なお喋りをしちゃまったね。Bランクパーティー『獅子の咆哮』リーダーのアィリーンだ。宜しくな!」
「Aランクのショウ、『孤独狼』の二つ名で呼ばれている。此方こそ宜しくアィリーン、素敵な名前だ」
差し出された手を握り名前を名乗る。先の闘技大会での騒ぎで俺の名と二つ名が広まっているらしいと街を散策した奴隷から聞いている。
「っはは、私の名前を褒めた男はアンタが初めてだよ。…うん悪くないね」
「おいおい、おい孤独狼さんよ~ウチのリーダーに殺し文句を言っても無駄だぜ!この肉体を見たら最後!正気を疑うぜぇ、何と!姐さんの怪力はワイバーンの首を絞め殺すんだぜ!」
すると横からアィリーンのパーティーメンバーらしき男が入り込んできた。彼女の全貌を見渡す。メンバーが言う通り身長は俺より少々低い180㎝程、なびいた一陣の風がさっと吹き外套の内側を一瞬だけ視線を走らせる。剝き出しの腹部には細かな傷跡が残っているが、急所の部位には魔竜の皮が使われた防具で身を固め、武器は両刃の片手剣を鞘で覆っている。そして一番の特徴が頭の上から生えた斑点模様のトラ耳。
「ッふん!余計な事言うんじゃないよポハマド、それに私を化け物扱いするのなら目と鼻の先に居る者は何だい?私でさえ本戦に出場出来ないあの闘技大会の優勝者で伝説の勇者を一撃で沈めた男だよ」
「痛っ!?急に殴らないでくでせいよ姐さん。わっちが悪かった悪うござんでした!」
殴られた頭部をさすりながら文句をつけるポハマドと呼ばれたパーティーメンバー。
「すまないね、こいつはパーティーメンバーの一人ポハマドだよ。口数が減らない野郎だけど索敵能力は私が保証するね、実際ポハマドのお陰で窮地から逃げ出せた闘争の過去も有るんだ」
そう言って腹部に残った傷をスゥーと指で撫でる。
それから暫く早めに集合していた冒険者達と無駄話やこれまで耳にしてきた噂話で時間を潰している間に他のAランクパーティーも集まり、最後にエレガントな身のこなしで軍馬に跨いだ今回の依頼者エレニールが同じく軍馬に付けた鞍に跨った騎士に囲まれ姿を現す。荷馬車の準備に勤しむ兵、装備の点検を怠らない兵士等が一斉に最敬礼を王女へ捧げ、平民の冒険者はその場に跪き頭を垂れる。
いくら婚約者の登場とは言え、依頼主の顔に泥を塗ることは許されないので俺も気休めの貴族礼をエレニールに捧げた。
「我が愛する国民達よ楽にすると良い」
エレニールから人を心服させる凛とした言説に従い楽な姿勢を取る。彼女を初めて目にする者も居るらしい、その真っ赤に染まった顔を見れば一目瞭然。
「ランキャスター王国使節団代表に選ばれたエレニールだ。本日より約一カ月間、我々使節団は東方隣国ラーヘム魔導国、魔都ガヘムへ出発する。各自、道中異変を探知した際己の判断で行動せよ。魔物、賊と対峙する際、決して食料や物資が詰まった魔法袋が備え付けた馬車、文官や回復士等の非戦闘員に手負いを負わせるな。では五分後最終確認を行いその後王都を出発する」
『っは!』
『了解しましった!おめぇらあ!聞こえただろお!さっさと準備に取り掛かりやがれっ!』
別々の所から様々な反応が広場に広がっていく。護衛の騎士や軍に所属する兵士の規則正しい返事、冒険者からは統一が取れていないバラバラな返事。
エレニールとはお互い他者に気付かれないよう巧妙に横目で見合わせ視線で会話をして出発の時間まで待った。
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