第104話 使節団
夏は既に過ぎ去り、小気味よく晴れ上がった秋の一日。冒険者ギルドに寄り貼られた面白そうな依頼や指名された依頼をこなす日々。訓練に励む戦闘奴隷達の輪に加わり稽古を付けたり。銀弧とナビリスで国を廻ったりと他者が聞けばこの生活に嫉妬するであろう閑やかな毎日を過ごしてきた。
とある来者が来るまでは。
「使節団…?」
「ああ」
思わずオウム返しにエレニールが放つ言葉をそのまま繰り返す。まさか神になった俺が使節団と言葉が零すとは人生、否神生とはままならない。
一緒に遊びに着いてきていた制服姿のアンジュも初耳だったらしく、銀弧の真っ白い温柔な尻尾を撫でつつ驚いた表情を隠せないでいる。その元凶と言える婚約者のエレニールは凛とした佇まいでナビリスから注いだレモンティーを堪能していた。
「今回は王国直々の指名依頼だ。勿論ショウ以外にも王都ギルド支部に滞在するCランク冒険者5パーティー、Bランク冒険者2パーティー、そしてAランク冒険者1パーティーを指名させて貰った。この依頼書に詳しい内容が書かれている」
そう言って懐から取り出して、ダマスク系のローズの香りが残った丸められた一枚の紙を渡された。手の平に伝わる最高級の質感を感じつつ、巻き付いたリボンを解いて紙を開いて依頼の内容を読み解いていく。
その間、俺の背後に立つ住むナビリスはジッと依頼書に目を通している。エレニールも中を読まれても気にしないのか、何も語らず銀弧の膝に腰掛けたアンジュの頭を愛情込めて撫でていた。
「目的地はラーヘム魔導国、ガヘム魔都。確かランキャスター王国より東端を超えた位置にある隣国だったか?」
「そうだ。…ラーヘム魔導国。王国とロスチャーロス教国に挟まれた国だ。魔導国と言うだけあって政策に魔法使いの育成に力を入れている。これまで幾程もなく戦争を吹っ掛けてきた教国側からの侵略を防いできた実力と実績もある。と言っても、教国との間に流れる大河のお陰か近頃は戦の音沙汰なしだが。それと魔導兵器の生産も盛んだな。国境に建てられた要塞に設置された魔導胞には思わず圧巻されたよ」
他国なのに詳しいなこのお姫様は。
「よく知っているな。要塞に搭載された兵器なんて普通他所の国家が知る筈も無いだろう?」
「ふふ、良く聞いてくれた!実は魔導国が発行しているパンフレットにデカデカと写真付きで載っているんだ。わざと民衆に広め、その脅威を皆に知らしめる為だな。それに魔導国の第三王子が我が国の学園に通っているのもあるな、ティトリマと仲が良いらしいと耳にしている。…癪に障るが」
まるで意地悪が成功した笑みで俺に教えるエレニール、しかし妹のティトリマの名が出ると彼女の表情は一変する。相も変わらずシスコンっぷりだな。
「ふ~ん成る程。それでこの使節団の主な目的は?」
渡された依頼書に内容は書かれているが隠された本当の依頼は目の前に居る人物に聞いた方が早い。
「うむ…本題に入る前にショウ、前に王都にてティダハム辺境伯が起こした惨劇は覚えているか」
「勿論だ。忘れるはずが無い」
嘘では無い。魂の弔いも俺が取り運んだ。
「正式に発表していないが、ティダハム邸でショウが見つけた証拠の書証にはロスチャーロス教国の名も記載されていた。だが証拠を存在して尚かの国に弁明を追求してものらりくらりと躱すのが落ち。信者は我が国にもある程度居るからな、信者の力が強い村や都市で反撃される可能性もある。…それでも私は秘密裏に教国をずっと調べていた」
「…」
俺は無言で聞き入っていた。宗教とは本当に厄介な観念だ。頼んでも居ないのに我々神に助けを求め、思った結果にならなければ勝手に誹議する。下界の住民がどれだけ祈ろうと神の力が増加する事も無い。
「私の努力が実を結んだのか、ある日やっと教国が魔導国にて謀略を企んでいると掴んだ。他国だがこのまま放っておけば王国にも魔の手が伸びよう。…さて依頼に戻そう、表向きには闘技大会で頂いた祝いの御礼が目的の使節団、だが本当は教国の底巧みを突き止め、即座に潰すことだ!」
少々興奮気味になったエレニールは息抜きにお替りのレモンティーを喉に流し込む。
「私が志願してランキャスター王国代表の使節団団長になった主な理由だ。私の護衛として王国騎士団15名と、女性騎士のみで結成した紫薔薇騎士団からも6名程加わる」
「そっか、何故外交官を任された大貴族では無くエレニールが王国代表に選ばれたのか不思議に思っていたがそれで…、分かった俺も出来る限りサポートしよう」
可愛い婚約者の為だ。此処で行動を起こさない紳士は紳士では無い。
「ありがとうショウ…コホン、思えばこれが初めて一緒に旅行となるのか。フフ、何だか恥ずかしいな」
はにかみながら頬を赤く染めるエレニールに手を乗せる、更に赤く染めながらも俺の手を握り返す。そこに嫉妬を露わにしたアンジュリカも横から加わってきた。
「あー!二人してズルいです、私も皆様と旅行に行ってみたいです!勿論銀弧様も参加ですよ♪」
「ふふ、そうね使節団のお仕事が終わったら何処か気温が暖かい地域でも遊びに行きましょう。だから今回は我慢してね私の可愛いアンジュ」
凛とした表情を崩し愛情を込めた表情で頬を膨らませた妹の頭を大切そうに撫でる。
「ふぅ~、ショウが参加するなら安心出来るものだ。早速だがこの誓約書書にサインをしてくれないか?」
再度懐からもう一枚紙を取り出しテーブルの上に乗せる。手に取った誓約書に目を通すが、すんなり了解して構わない内容だった。
内容を纏めると極秘情報の開示禁止、もし誰かに漏らせば最悪極刑もあり得る等々…。
異議は無かったので内ポケットから取り出した翡翠色のガラスペンをインク瓶に浸し自分の名を記入した。俺の記名を確認したエレニールは満足そうに頷き書類を丸め背後で待機していた女性騎士に渡した。
女騎士が一瞬だけ俺を睨み付けるが、即座に無表情へと戻る。
「良しこれで全て終わりだ。使節団の出発は今日より一週間後の早朝、東城門前に集合してくれ。すまないナビリス、お前の主人を少しの間貸してもらうぞ」
「いえご心配なく、ご依頼の完遂お祈り申し上げます。それに…どれだけ離れて居ようとご主人様とは心で繋がっておりますので」
『そうよねショウ?』
『お、おう』
「フフッ、五月蠅い邪魔が入らなけらば是非ナビリスにも使節団に参加して貰いたかったが、私が留守の間アンジュの遊び相手になってくれ」
「光栄の極みで御座いますエレニール殿下」
芝居掛かったナビリスの言葉使いに酸いも甘いも噛み分けたような表情を浮かべたエレニールだったが、背後に控えた女性騎士の「姫様、お時間です」と呟きと共に立ち上がる。
「もうそんな時間か、そろそろお暇する事にしよう。またなショウ、一週間後に。ほらアンジュ、もう行くわよ?」
仲良く妹の手を繋いだ彼女は慣れた廊下を進み王宮へ帰った。
「「……」」
ナビリスと銀弧から伝わる無言の視線に俺はわざとらしく二人を音速の速さで抱きしめる。機嫌が戻すまで彼女達を慰める。
指名依頼を受理してから一週間後…。王国使節団が出発する日になった。
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