閑話2 召喚されし者

「それでは、ダンジョンに挑む!周辺を良く確認し!冷静に動け!戦闘が苦手な者は後ろに下がって他をサポートしろ!」


豪華な鎧を纏い、腰に括り付けた剣に手を添えた騎士の男性は大声で叫ぶ。熟練された動きは一朝一夕で身に付かない場数を踏んだ猛者。


「「「はい!」」」


 騎士団副団長の声に負けないように僕たちも大きな声で返事をした。


 僕がこの摩訶不思議な剣と魔法のファンタジーな世界に召喚されて一週間が経っていた。



 あの日、起こった出来事は一生忘れないだろう。


 普通の朝に起きて。普通の朝食を食べ。普通に学校へ向かい。普通の教室に入り。普通に授業を受けていたら、いきなり足元が輝きだし余の眩しさに思わず瞼を閉じ両手で顔を庇った。

 眩しさが無くなり、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じた。

 両手をどけ、ゆっくりと瞼を開けると呆然とした。

 そこは今まで居た教室では無く、巨大な広場に居た。よくよく周辺を見てみると映画などで出てくる城内、いわゆる謁見の間に居た。美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、真上を見渡すと、天井からテレビなどでしか見たことの無いシャンデリアが下がっていた。


 いきなりの出来事に誰も状況が理解出来なかった。一瞬、ドッキリか映画の撮影かと思ったが、そうは考えられなかった。瞬時に他の場所に移動させるなんて現実的に不可能だ。そう判断した。

 チラリと周りを見ると、そこには教室に居たクラスメイト達と先生が呆然しながら周辺を見渡していた。

 …数人の生徒は叫びながらガッツポーズをとっていたが。


「ねぇ陸君…ここは何処なの?どうして私たちはお城?に居るの」


 奥に置かれた豪華な椅子に座っている王冠を被り多分金と宝石で出来た杖のような物を置いた王様?らしき人物を確認していたら、隣から鈴の様な心地良い声で僕の名前が呼ばれた。


 顔を横に向けるとそこには、学校一美少女と言われ、その性格故男女問わず壮大な人気誇っている。

 肩に掛かった艶やかな黒髪、大きな瞳に、スッと通った鼻、薄いピンク色の唇も黄金比が完璧な配置に整っている。体も出るところは出て、ウエストは普段から鍛えているお陰かキュッと引き締まっている。

 

 僕の幼馴染で、彼女でもある『北条 茉莉』が震えた手で僕の手を握っていた。


 怪我はないようで僕、『飯坂 陸』はホッと胸を撫で下ろした。



 僕と彼女は小学校の頃から付き合っている。勿論親公認だ。母親同士が親友であり、物事付く前から強引に一緒に遊ばされ、いつの間にか好きになっていた。

 僕たちが小学四年生の時、草むらで偶々見つけた四つ葉のクローバーで作った自家製のペンダントを渡して告白した。

 いきなりの告白に彼女はキョトンとしたが、何故かそのまま泣き出してしまった。僕は嫌な思いをさせてしまったと、オロオロしていたが彼女は直ぐに笑顔を見せ僕に抱き着いて来た。

 その日から、僕たちは付き合い始めた。

 意見が合わずに喧嘩も何度かあったが、最終的には二人で一緒に謝り、笑いながら買ったお菓子を食べる。そういう関係だ。


 周りの男子からは僕と茉莉の関係が気に入らずちょっかいを受け、周りから浮いているが、茉莉は全く気にしていない。もう少し僕がイケメンなら良かったけど、残念ながら僕の顔は普通だ。


 茉莉は裏で、僕を虐めてくる人達をぼろくそに言っているけど。


 そんな彼女が震えながら泣きそうな表情を見せている。

 僕は彼女を安心させるように空いている手で頭の上に置き、優しく撫でた。

 周りの男子生徒から舌打ちが聴こえた…。


「大丈夫だよ茉莉。ここが何処か僕も分からないけど、必ず君を守って見せる」


「陸…うん。ありがとう、少し楽になった…」


 決死に涙を見せないよう笑顔を作り、そのまま顔を僕の肩へ乗せ目を閉じた。

 また舌打ちが聴こえた。敵意の目線も増えた…。


「ようこそ、異世界より参った勇者の諸君達。余はこのバンクス帝国を治める皇帝、バンクス十六世だ」


 周りで騒いでいた生徒達を、一段高い玉座に座る男性が置いていた杖で床を突き音を鳴らし、騒ぎを辞めさせた。


 …異世界?…勇者?


 困惑する僕達に皇帝と名乗った中年男性は続けた。


「この国は魔王率いる魔族によって侵略されている。このままでは人族が魔王に蹂躙され、滅ぼされるであろう。勇者方には是非その力を発揮し、魔王を打倒し人族を救ってもらいたい」


 …まるで小説だ。


 皇帝の話を聞いて、一番最初に思ったのがそれだった。


 皇帝の説明を聞いた生徒たちはまた騒ぎ出した。今度は違う意味で。


「皇帝…様?一つ宜しいでしょうか?」


 手を挙げ、皇帝に声を掛けたのが『入来院 煌斗』。いかにも勇者っぽい名前の彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。クラスの委員長でもある。


 サラサラの茶髪と、優しげな瞳、高校生ながら百八十センチメートル以上ある高身長。誰にでも優しく、正義感も強い。代わりに思い込みも一段強いが。


 そして、茉莉に惚れている。


 学校を関係なく毎月、女性から告白を受けているが。全て断っており、裏では何かと僕にちょっかいを出してくる。それで茉莉からは嫌われているが。


「うむ、なんだ」


 両側に居る豪華な服装をした貴族のような人から「無礼!」やら、「平民」なの聴こえてくるが。王座に座る皇帝が軽く手を上げ落ち着かせた。


「僕たちは元の世界に帰れますか?」


 その質問に他の生徒達も食いかかる様子で二人を眺めていた。皇帝はその質問に目を閉じながら腕を組み、その膨れた腹の上に乗せた。


 暫くして、目を開けてた皇帝の次の言葉に僕等は凍り付いた。


「余の力ではそちらを元の世界に戻す事は出来ない」


 場に静寂が満ちる。貴族達のよそよそ、とした喋り声がはっきりと聴こえる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情で王座にでっぷりと座る皇帝を見やる。


「…え?ふ、不可能…。ど、どういう事ですか!?喚べたのなら帰せるはずでしょう!?私達が住んでいた国で、これは立派な犯罪です!!」


 煌斗が叫ぶ。すると、言葉を理解した生徒達も口々に騒ぎ始めた。


「はあ!?帰れないってどういうことだよ!」

「そうだ!そうだ!元の場所に返せ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「なんで、なんで、なんで……」


 パニックになる生徒達。


 勿論陸も平気ではなかった。しかし、彼はよく、異世界物の小説を少し読んだことがあった。それに、「っう、お、お母さん…どうして…」と泣き始めた茉莉を心配させない為、手を握りしめて他の生徒達よりは平静を保てていた。


 パニックになった生徒達を貴族たちは侮蔑な目で陸達を眺め。生徒達を囲むように直立不動の姿勢をとっていた騎士が手を剣に掛け何時でも抜けるようにしていた。皇帝が手を上げ制し、続けた。


「しかし、魔王が住む魔王城の宝物庫にある空間の魔晶石があればそちらの元の世界に戻す事が出来よう」


 希望の言葉に縋るように、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めた。

 崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。


 陸は泣き続ける茉莉の頭を撫で続けた。彼女が壊れないように。そして、陸自身。自分を保つために。



 詳しい話は翌日と言う事で生徒各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。

 今日は色々な出来事が起こりすぎて、正直ありがたかった。

 床にカーペットを惹かれた廊下を移動中、窓ガラスから外へ目線を向けると、真っ暗だった。

 こっちの世界に召喚される直前はまだ昼前だったのに。

 生徒と先生を案内したメイドたちの美貌に男子生徒は鼻を伸ばし、女子からは絶対零度の目線を彼等に向けていた。


 僕もメイドを見ようとした瞬間、手に痛みが走った。

 横を見ると、頬を膨らした茉莉が僕の手の甲をつまんでいた。それ以降メイドに目線を向ける事は無かった。…出来なかった。


 個別に用意された部屋に入ると、その豪奢な部屋に愕然とした。

 僕は落ち着かない気持ちになりながら、天蓋付きのベットにダイブするように倒れ込んだ。


「あ―あ~。これから僕はどうなるんだろう」


 今日の出来事と、これからの事について色々考えていたら。いつの間にか溶けるように意識を落とした。


 意識を落とす瞬間、何かに見られる気配を感じた…。

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