閑話3 職業:勇者
「知らない天井だ…」
一度は言ってみたい言葉、第5位ぐらいの言葉が無意識に口から出た。
フワフワのベットの二度寝の魅力に対抗しながら無理矢理、上半身を起こした。
未だに覚醒しない意識のまま昨日の出来事を思い出していた。
「あ~、そうだ。僕は異世界に召喚されたんだ…」
窓の向こうに広がる城下町をボーっと見ながら、現実だと気づき、吐き気がこみ上げてきた。
部屋に設置されたバスルームで顔を洗っていると、ドアがノックされた。
ノックに返事をすると、扉が開き昨晩見掛けたメイドが入っていた。
「おはようございます勇者様。朝食の用意が出来ました。食堂の方までお越しくださいませ」
朝食と言う言葉を聞いた瞬間。丁度お腹の音が鳴り、恥ずかしくなり顔が赤くなった。
「あ、ありがとうございます!直ぐに向かいます」
クスクスと手で口を隠し、上品に笑っているメイドに早口で答え、洗面台に置かれた心地が良いタオルで、濡れていた顔を拭いた。
メイドの後を追い、食堂へ向かった。食堂と言っても、陸達が居た高校の食堂とは全く異なり、この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。天井からシャンデリアが幾つも下がっており、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。
食事をとる為のテーブルも15メートルはありそうな真っ白なテーブルクロスが掛けられたテーブルが幾つも並んでいた。
陸より早く来た生徒達が周りの高級感溢れる空間に窮屈そうに背中を丸めてた。
テーブルには茉莉が既に座っており、陸の姿を発見した瞬間今までの表情が嘘のように笑顔になり、手で陸を呼んだ。
既に茉莉の両側は埋まっていたが、茉莉のお願いに寄り陸に席を譲ってくれた。
茉莉の右隣に座った瞬間、陸の手を強く握った。陸も掴まれた手を離さないように痛くしない程に強く握り返した。その光景を入来院 煌斗が睨みつけていた事に気が付かなかった。
全生徒と先生が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。
彼女等が押すカートから美味しそうな、そして身に覚えがある匂いがしてきた。
匂いの正体にいち早く気づいた、生徒のざわめきが聴こえてきた。
陸の傍にきたメイドの一人が、カートに乗っていた料理を陸達が座っているテーブルの上に音も立てず、乗せた。テーブルに置かれた料理を確認すると、そこには柔らかそうな白パンに、日本で良く食べていたカレーだった。
異世界でいきなりお馴染みのカレー料理に困惑する生徒達。陸は給仕してくれたメイドに聞いてみた。
「あの~。何故この異世界に僕達が来た世界の料理が?」
いきなり話しかけられたメイドは一瞬驚いた表情を見せたが、そこはプロのメイド。即座にニコリとした表情に戻った。
「ああ、そちらは昔召喚された勇者様から伝えられたお料理となります。こちらの料理以外に色々な知識を歴代勇者様が広めた、と言われております」
「そ…そうですか、ありがとうございます」
意外な事が判明し、反射的に頭を下げお礼を言った。
「ふふ、それが歴代の勇者様が広めようとしたドゲザですね!?こ、コホンっ…それではごゆっくりと。食べ終わりましたら謁見の間までお越しください」
うん?…土下座?こちらの文化が少し変わっているのか?
周りの見渡すと、見慣れた料理を嬉しそうに食事を取っているクラスメイト達が居た。
「ねぇ、陸君。一つ良いかな?」
陸の手を繋ぎながら行儀よくカレーを食べていた茉莉から話しかけられた。
「なに?」
手に持っていた銀製のスプーンを一旦皿に置き、彼女の方へ振り向いた。
「さっきのメイドさん、昔召喚された勇者がこのカレーを広めたって言ってたよね。それって少し変じゃない?」
「え?どういうこ…いや。…確かに少し矛盾しているね」
茉莉が言いたい事を理解した陸は、食べるのも忘れ、思考し始めた。昨日皇帝が言っていた事。先ほどのメイドが言っていた事。
「それってつまり、昔から僕達のような人間を召喚していることだよね?」
一つピンっと来た事実に茉莉は小さく頷いた。
「うん。それにメイドさんが言っていた昔って、どれぐらいの年月なんだろう。もし私達の数百年前にこの世界に召喚されていたら、今私達が食べているカレーの作り方なんて分かるはず無いよね?」
周りの生徒達に聞こえないように陸の耳元で話す茉莉。
彼女の言いたい事を理解した陸の背中には冷や汗をかいていた。
「それって…まさか。…そう言いたいんだよね」
茉莉に念を押しながら確認を取った。
「……うん。そうじゃないと、辻褄が合わないよ。…どうしよう陸君」
「そうだとしても!必ず方法があるはずだ!絶対に!」
泣きそうな彼女を心配させようと、目を見ながら大声で伝えた。
いきなり聞こえてきた大声に、料理を食べていた生徒達の目線が集まる。
「飯坂君、何かあったの?」
目の前の席に座っていたクラスメイトから心配そうに話しかけられた。
「い、いや。な、なんでもないよ!僕のカレーが少し辛かっただけだよ!」
アハハと笑いながら誤魔化した。聞いて来た生徒は一言分かったわ、と答え残ったカレーを食べ始めた。
『…』
天井から何か感じたことも無い視線が陸を貫いた。
普段から感じている妬みや、侮蔑では無い。全く別物の視線を一瞬感じ取った陸は、即座に天井に目線を向けた。
しかし、目線を向けた天井にはシャンデリアが下がっている。他に何も見つけられなかった。
いきなり上を向いた茉莉が心配そうに陸の横顔を見ていたので、陸は慌てて目線を茉莉に戻し。笑顔で何でもないと答えた。
「(さっきの奇妙な視線。確か、昨日寝る直前にも一瞬感じた…。あの時は気のせいだと思ったけど)」
あれから食欲を無くしたが、折角出された料理だったので、全て食べ終えた。
給仕された飲み物を飲んでいると、どうやら全員が食べ終えたようで、食堂から出ていった一人のメイドが立派な鎧を身に纏った騎士?を連れて、戻って来た。
五十台だろうか?顔に皺や、切傷があるが、鎧の上から分かる鍛え抜かれた肉体と威圧感がある。
騎士の男性が食堂へ入って来た瞬間。無駄話をしていた生徒達が一瞬で無言になった。
メイドと一緒に入って来た騎士は静かになった生徒達を見渡しと、口を開いた。
「全員食べ終わったか?それでは、謁見の間へ向かう!そちらには皇帝陛下がおらっしゃっている。無礼が無いように皇帝陛下の前では膝を床につくように!では、私についてこい」
彼の声に従い、全員が席から起立すると、騎士の後を追い始めた。
数名の女子生徒と、先生が熱っぽい視線を送っている。
先生も年上好きだったのか、と。密かに想いを寄せていた男子生徒が、肩を落としていた。
長く、そして煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様、期待や、希望を込めた目で陸達を見ている。
居心地が悪そうに歩くクラスメイト達。数人は胸を張り、ドヤ顔で歩いているが。
どれだけ歩いただろうか?美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人が陸達の姿を確認すると、大声で「勇者様のご入場!」と叫び、扉を開けた。
開かれた扉に恐る恐る潜る生徒達。入来院 煌斗が真っ先に潜り、余裕な感じを見せながら悠々と謁見の間へと向かった。
昨日と全く変わらない内装に。謁見の間の奥中央に設置された王座に座る皇帝。横には貴族たちの姿は見える。昨日と変わらない見下した表情を見せながら。それに一つ、違和感を感じた。
「(なんだ?…昨日より兵士の数が多い?どういう事だ?)」
意味も分からず、陸達を連れてきた騎士の男性が真っ直ぐ延びたレッドカーペットを歩き、玉座から十メートルほどの位置にまで接近した。
生徒を誘導した騎士がひざまづいて頭を下げたので、陸達も即座にひざまづいた。
「皆の者、頭を上げるが良い」
言われた通りに頭を上げると、王座には昨日と変わらない、でっぷりと腹を膨らませた皇帝が座っていた。昨日と違うのは、皇帝の後ろには二人の高貴そうな女性が座っていた。
「昨晩はよく寝れたようじゃな。では、訓練の前にステータスについて語ろう」
『おおっ!』っとステータスの言葉を聞いた瞬間、ゲームが趣味である生徒達の声が聴こえた。陸も心の中では興奮していた。その事に気づいていた茉莉が呆れた目で陸を見ていたが。
皇帝が続ける。
「こちらの世界では己の強さや、所持しているスキルをステータスによって確認出来る。まず最初に右手を伸ばしステータスと唱えてみよ」
ゲームのような仕様に興奮した生徒達が次々と、ステータスを唱え始めた。
『おおっ!』
周りから驚いた声が上がったのは煌斗がステータス画面を出した時だった。
陸も周囲の視線が集まった煌斗のステータス画面を確認した。
名前:入来院 煌斗
種族:人族
職業:勇者
レベル:1
HP:150
MP:200
攻撃力:100
防御力:100
体力:110
魔力:140
俊敏:90
器用:142
運:10
魔法スキル:
火魔法Lv.1 光魔法Lv.3 聖魔法Lv.2
水魔法Lv.1 土魔法Lv.1 風魔法Lv.2
無魔法Lv.1 魔力操作Lv.2
生活魔法
スキル:
剣術Lv.2 聖剣 全属性耐性Lv.1
気配感知Lv.1 魔力感知Lv.2 鑑定
称号:
召喚されし者
「え~と。これって凄いのかな?」
あはは、と笑いながら。近くで興奮している騎士に煌斗が少し引きながら聞いてみた。
「流石勇者様です。普通の人族はレベル1での数値は約10です。それに魔法の属性もゼロか、一つです」
「おおー!やっぱすげえぇな煌斗!」
「流石入来院君!凄いよ!」
騎士の説明により、煌斗がどれだけの強さを持ってるか理解した、生徒達が彼の周りに寄ってきた。
「あはは、ありがとう皆!この力で魔王を倒して見せるよ!」
笑う煌斗の白い歯がキラリと光る。
でも陸は知っていた。煌斗が周りから褒められている瞬間、彼の目線は茉莉に向いていたと。
続々にステータスを唱え、騒ぎ出す生徒達。どうやらチートは煌斗だけじゃないらしい。
周りを見渡し、陸もステータスを唱えた。
名前:飯坂 陸
種族:人族
職業:勇者
レベル:1
HP:100
MP:100
攻撃力:10
防御力:11
体力:10
魔力:10
俊敏:12
器用:11
運:10
魔法スキル:
魔力操作Lv.1 生活魔法
スキル:
身体強化Lv.1 鑑定
称号:
召喚されし者 逾槭?蜉?隴キ
「(あれ…?弱くない?それに、何だこの文字化けは?)」
一般のレベル1と変わらないステータスを確認した陸は何故か嫌な汗が噴き出る。間違いだと信じて。ステータス画面を消し、もう一回唱えてみたが、数字は変わらなかった。文字化けもそのままだった。
「(あれ。これやばくない…)」
「陸君どうしたの?」
陸の雰囲気を感じた茉莉が、ステータス画面を出したまま、固まっている陸へと寄った。
「あ、ああ。…えっと。僕、他の人より弱いみたい」
頬を指で掻きながら、残念そうに伝える陸。
「陸君のステータス見てもいい?」
「…うん」
確認を貰った茉莉が陸の後ろから覗き込み、彼のステータス画面を見た。
「え~と。ごめんね、不安にさせちゃって。例えステータスが他の生徒より低くても、私はずっと陸君と一緒にいるからね!」
彼女の優しさに思わず泣きそうになる陸。
彼等に他の生徒のステータスを確認していた騎士が寄ってきた。
「次は君達二人の番だ。ステータスを見せてくれ」
陸の番となり、言われた通りにステータスを出した。さっきまで笑顔でいた騎士のおじさんが、陸のステータスを見た瞬間。彼の笑顔が固まった。
ジッと凝視し、瞼を数回パチパチとして、もう一回ジッと凝視した後、物凄い微妙な表情で苦笑いをした。
「ま、まあ。身体強化は使えるスキルだ。諦めず、訓練を行えば必ず強くなれる!……多分」
「(最後の言葉は聞きたくなかったよ!)」
無性に元の世界へ帰りたくなった陸。
次に茉莉のステータスを確認した彼は、珍しいスキルがあったと。また笑顔になり、離れていった。
陸の様子に陸を目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。
チートなスキルが無い。ステータスも他の勇者に比べて低い。これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。
入来院 煌斗が、ニヤニヤとしながらこちらへやって来た。
「あれ飯坂君?もしかして、君。外れだったのかい?ははは、これは残念だ!君の今も力では茉莉さんを守れじゃないか?」
両手を上へ広げながら声を張る。
「心配しなくてもいい飯坂君!勇者なのにステータスが平凡な君に代わって、僕が彼女を守ってあげるよ!」
入来院 煌斗が笑い出した。入来院 煌斗取り巻きも陸のステータスを見た瞬間爆笑し始めた。
「ねえ!ちょっと!それはあんまりじゃない!?」
切れた茉莉が煌斗へ向かおうとしたが、陸がソレを止めた。
「いや、僕は平気だよ茉莉。気にしないで」
「…分かったわ陸君」
あれから僕は無能、最弱勇者、と言われてきた。
でも、僕はあきらめなかった。何度もステータスの差に訓練を諦めようと思った。
しかし!茉莉が居る限り!
無能と言われようとも!
最弱勇者と言われようとも!
僕は諦めない!
必ず!茉莉を守る!
何を犠牲にしようとも!!
『面白いな。お前に力を与えよう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます