第19話 Bランク昇格試験 その3

 スキル「ナビゲーター」


 ナビリスと言う名を授かった彼女はショウから生み出された一つのスキル。

 彼女が何処から作り出されたのかは創造たるショウすら知らない。気が付いたら彼女と言う意思が存在していた。最初は質問された事だけを機械の様に蓄積された知識を答えるだけだった。

 だが、ショウから様々な感情を読み取り、世界のアカシックレコードを読み取ったせいでいつの間にか彼女に感情が芽生えた。ショウと話し、彼女は喜び、嫉妬し、怒り、悲しみ、安心し、苦しみ、そして愛した。

 実体が無く、スキルとして自我だけが実在する彼女は、神界で他の神々からも色々学んだ。

 スキルの仕組み。

 世界の理。

 …そして無限に等しい人の欲。

 そんな成長するナビリスを可愛がってくれた神々の中に、一柱だけナビリスを特に可愛がってくれた神が居た。


 慈愛の女神 アティナ。


 彼女から愛と言う感情を学んだ。しかし、彼女は愛した人間によって邪神に堕ちた。


 ナビリスはその時、憎しみと言う感情を理解した。

 彼女は人間を滅ぼしたかった、でも何も出来ない。彼女はただのスキルであって、肉体を持っていない。彼女が出来るのはショウのサポートのみ。


 何も出来ない自分に絶望した。人間を恨み、滅ぼしたいが何も出来ない自分に。

 結局邪神となったアティナは主のショウによって消滅させられた。

 ナビリスはアカシックレコードを使い禁術でショウを消滅させようとした。

 しかし実行する事は叶わなかった。

 ショウが泣いていた。神になった瞬間から泣かなかった、いや、感情の制御により泣けなかった彼が。


 彼女はショウの腕の中にいるソレに気づいていた。邪神化したアティナがショウに、二人の間に産まれたばかりの子供を手渡していた事に。アティナは邪神となった反動で発生する破壊衝動を必死に抑えながら、満面の笑みで笑っていた。憎しみに全てを任せ世界を滅ぼそうが、我が子だけは守り抜いた。


 最後に笑顔でショウの手で殺してもらう選択を選んだ。

 ナビリスは涙した。実体が無く、スキルとして存在する自我だけが泣きじゃくった。



『ふっふふふふふっふ。っはははは~。…久しぶりにこれだけ笑った。…ああ、やはり神の魂を得て強制的に感情が抑えられるのは詰まらないな』


『おはようショウ。今日は元気だね、何か面白い出来事でも起こった?』


 長い年月あんなに笑ったことがなかったショウにナビリスは心配そうに聞いて来た。


『おはようナビリス。ああ、習慣となった勇者たちを神眼で眺めていたら、生徒達が奴隷制度の事を知って、生徒の何人かが全ての奴隷を解放するよう皇帝に異議と唱えているようだ。更に王侯階級を廃止して、帝国を民主主義国家に変えようとしているようだ。面白すぎて笑ってしまった。最悪の場合、契約魔法で彼等が奴隷になるというのに』


『ふふふ、民主主義ですか。現代日本人が好みそうな魔法の言葉ですね』


『ナビリスの言う通りだ。ソレに戦争や魔法、魔物が蔓延る世界では民主主義国家なんてくだらない物は不可能だ。精々共和国が限界だ』


『そうね、でもねショウ?貴方は神よ。人類の国なんて気にしないで』


『…そう、だな。すまんナビリス。現人神になった影響がまだ続いているようだ』


『私は貴方とメティスだけを愛しているわ。他の人種なんて私には興味ないわ』


 「(ばっさり言ったな)」


『感謝するよ。俺もナビリスの事を愛しているよ』


 ナビリスが物凄く嬉しそうだ。彼女から口笛が聴こえる…ってそれアニソン。


『さて今日は昇格試験の日だ。さっさと準備して集合場所へ向かうか』


 ベットから起き上がり服を着替えて、剣帯を腰に巻き付け。昨日屋台で購入した肉串をインベントリから取り出し、食べながら南側に設置された城門へ向かった。



 前回の依頼で火竜の牙と出会った場所からそれ程遠くない距離に、冒険者の恰好をした人達が待ち構えていた。


 人数はショウを含めて10人。結構な人数だと彼は呑気に考えていた。


「よし全員揃ったな!では、これより冒険者Bランク昇格試験を開始する!」


 ショウが彼等のところまで向かうと、歴代の戦士を思わせる傷だらけの防具を装備をした冒険者が開始の言葉を発した。


「俺は今回試験官となったAランクのベルンへイムだ!横に居るのが同じくAランクのトゥーヴァだ」


「トゥーヴァよ。宜しくね」


 試験官ベルンへイムが横に居たもう一人の試験官のトゥーヴァを紹介した。白いドレスを身に纏い、青色の肩まで掛かった髪に、キリっとした紫色の瞳をした美人だった。何故ドレスを着ているかは知らないが、他の男性冒険者の視線が彼女の豊かな胸に視線を向けている。彼女はショウの顔をまじまじと直視しているが。


「目的地に向かう前にお前たちの名を名乗ってもらいたい。それじゃ一番最初に来たお前からだ」


 そう言って一人の男性を指さし指定した。指定された男は周りをキョロキョロしながら答えた。


「は、はい!え、えっと。僕はCランク冒険者のフォラスと言います。皆さん宜しくおねがいします。職業は弓使いです」


「おう!宜しくな!それじゃ二番目に来た奴」


 それから最後に着いた俺の番になるまで自己紹介が続いた。


 背中に弓矢を担ぎ青年フォラス。

 片手剣と盾を装備した戦士、カイエン。

 刀と思われる鞘を装備し着物の様な和服に胸当てを付けた、長い髪を後ろに束ねた女侍、アザミ。

 魔力を流し攻撃力を数倍上げるナックルを装備した女格闘家、フレア。

 白いローブにメイスを装備した回復魔法に特化した聖魔法使い、ランディー。

 背中にロングソードを担ぎ、尚且つ魔法が得意な魔法戦士、ゼルギウス。

 茶色に汚れたボロボロに汚れたローブを被り、二メートル超の杖を持った魔法使い、リカルド。


「っよし!それじゃお前が最後だな。っまあお前は一応名が知られているがな、疾速!がっははは」


「Cランクのショウだ。…周りから疾速と言われている」


「疾速のショウってあれだろ?一人でオークキングを倒したっていう」


 カイエンが疑問を抱き、聞いて来た。


「そうだ」


「っは!嘘にも程が有るぜ!Cランク冒険者が一人でオークキングだぁ!?冗談も程々にしとけよな!防具もまともに着ていない青二才が!」


 整った顔に立派な鎧を装備した魔法戦士、ゼルギウスが胡散臭い目をしながら突っかかってきた。

 挑みかからんばかりの疑惑の眼差しをショウに向けている。


「真実でも嘘でも別にいいじゃないか。面倒くさい奴だな」


「なっ!何だと!…っち生意気な顔しやがって」


 更に突っかかろうとしたが、試験官二人が見てたので、それ以上何も言わずに地面に唾を吐き彼から離れた。


「「…」」


 Aランクであるベルンへイムにトゥーヴァは既に知り合いである大樹灰からショウの人柄を聞いていた。実際に一人でオークキングを討伐した事。ソロで30階層の門番を撃退した事。


 …そして、不意討ちとは言え無魔法でAランクの一人を一瞬で戦闘不能にした事。


「終わったな?それでは俺達が向かう森にアジトを築いた盗賊団の名は「黒狼ブラックウルフ」。人数は50人以上いる大規模な盗賊団だ。ここ最近、村や護送中の商人への襲撃が増加している。この事態を重く受け止めた領主様は、今回親戚であるギルドマスターに依頼を出した」


 50という大人数に集まった試験者の何人かが唾を呑んだ。


「いいかよく聞け!盗賊団を一人残らず壊滅は決定事項だ!だが!!どれだけお前たちが才能を持っていようとも賊を殺す事が出来ないなら一生Cランクでとどまっておけ。奴らに弱みを見せた瞬間、お前か、大事な人を死なす羽目になる。分かったか!?」


「「「はい!」」」


『熱血だな…でも彼が言っている事は正しい。あの時弱みを見せたせいで俺は刺されて死んだ』


『…』


『でもあの日刺されたお蔭でナビリスや女神達と会えたんだ。後悔はしていない』


『そう……』


「っよし!いい掛け声だ!…こちらで馬車を用意している。さっさと向かうぞ!」


 後ろに用意した馬車を親指で差し、そちらへ歩き始めたベルンへイムの後を追うように他の試験者も歩き始め馬車に乗った。流石に10人は乗れないので、二つの馬車に分けて。


 最後となったショウが乗り込むと、既に乗り込んでいた試験官であるAランク冒険者の二人が彼の事をじっと見てきた。ショウも彼らを見つめたまま空いていた場所に座った。


「「…」」


 二人の男女は一言も言わずショウと目を合わせた。この異常な雰囲気に一緒の馬車に乗った試験者達も喋らなかった。彼等の後ろを走っている馬車から笑い声が聞こえる程静かだった。



「(この青年は不気味だ…)」


 俺達がBランク試験官と決まった時、仲間や顔見知りの冒険者から噂を聞いていたが、それ以上だった。

 最初、一人でオークキングを討伐したと聞いた時、あり得ないと思った。しかし、彼を見た瞬間、強制的に理解させられた。


 俺より強い、と。


 青年の目を見ていると吸い込まれるような感じになる。そこに感情が感じられない。

 まるで仮面を被った人形のようだ。トゥーヴァも彼の事を観ている。だが俺には分かる、彼女の手が僅かに震えている。

 

…不気味だ。

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