第31話 ショウと言う男

「……ふぅー、行ったか」


 ショウと名乗った男の姿が見えなくなると私は右手に持っていた剣に付いたエンチャントを解き、鞘に戻した。

 

 実は彼の名は前からアレキシア叔母様から聞いていた。アレキシア叔母様の孫娘であるエリンに掛けられた呪いを治したと感謝していた。私もエリンとは数回会った事があるが、元気がありあまった女の子で私と、アンジュにとても懐いてくれた。不幸にも呪いに掛かり寝たっきりの生活を送っていると聞いて胸を痛んだが。


 どれほどの実力を持った男か少し気になっていた。…しかし、奴の実力は桁違いだった。逆立ちしても勝てないであろう。戦闘になっていたら即座に全滅させられていただろう。そう思うと冷や汗を掻き始め、身体が震えてきた。


「…お姉様。大丈夫ですか」


「ああ、アンジュが平気で安心したよ」


 私の手が握られた。握られた方へ振り向くとアンジュリカが心配そうに私の事を見ていた。鎧のせいで手の温度は感じられない。がそれでも心を保つことが出来た。


 …ああ、今の私にはアンジュがいる。愛する妹の前で弱気を見せる訳には行かない。

 そう思い、地面に膝を着くと頭を優しく撫でながら出来るだけ精一杯の笑顔を見せた。


 それに、あの男は私達を助けると、何も求めなかった。これには驚いた。冒険者は金にがめついと聞いていた。

 お互いに名を名乗っただけであいつはそのまま王都の方角へ歩き始めた。マカイヤ隊長は何か裏が有ると疑っているが、私にはそう思わない。


 もう一つ、気になることがあった。

 彼の表情が読めなかった。王家の血が流れ、王族として産まれた私は幼い頃から、様々な人と接し、そして顔は笑っていても、心の内は欲望で汚れた大人達を知った。


 他国から来た王族はランキャスター王国は実力国家と言われ、その武力を羨ましがれた。


 私はソレが嫌で嫌で仕方なかった。

 でも剣は決して私を裏切らなかった。

 剣術に己をつぎ込んでいるといつの間にか、私は周りから戦乙女と呼ばれていた。


 しかし、周りの汚れた大人はそんな私も自らの欲の為。利用しようとしていた。自らの父上さえ。

 政略結婚という形で。勿論私は反対した。大反対した。私は弱者の嫁になりたくないと、名だけの玩具になりたくないと。


 あの日、私は初めて家族と喧嘩をした。今思うと恥ずかしいけど、嬉しかった。初めて私と言う存在を見てくれた気がした。

 それでも諦められなかった大人達に私は結婚する為に一つの条件を付けた。


 神聖なる決闘で私に勝利した男と結婚する。


 それから私は幾度なく勝負し、全員の鼻をへし曲げた。


 一回、魔法を使う貴族に負けそうになった時から剣術に加え、魔法にも手を出し始めた。


 以外な事に私には魔法の才能もあった。この時は勇者の子孫として産まれてきたことを感謝した。

 剣術に加え魔法も使い始めた私には正に敵なしだった。それでも私は傲慢にならず、剣と魔法を極め続けた。いつの日か必要になると信じて。


 …まぁそのせいで、もうすぐで19になるのに、恋人も婚約者が居たことが無いが。


「お姉様?」


 おっと、考え事に夢中になっていたようだ。アンジュにまた心配されてしまう。


「私は大丈夫だ。それより私は怪我した兵士たちの治療をしなきゃいけないから。馬車で待っててくれる?」


「はい!お姉様頑張ってください!」


 ええ。アンジュの笑顔が見れるならいくらでも頑張るわ。


「あの…一つ宜しいでしょうかお姉様」


 馬車に向かったアンジュが途中で何か思い出したかのように私の方へ振り向いた。


「なにかしら?」


「ショウ様って、何処かの国の王子様でしょうか?」


 私はアンジュの口から出た言葉を理解するのに少々時間を要した。


「………え?なんでそう思ったのかしら?」


 笑顔を崩さないようにアンジュに問う。まさか、惚れたとか言わないでしょうね?そしたら私、泣くわよ。


「その…雰囲気がお父様に似ていたので」


 …アンジュの言葉に私は否定できなかった。確かに今思うと、ショウが放つ雰囲気は国王であるお父様が謁見の時に放つ雰囲気に似ている。でも彼はもっと自然だった、無意識にあの男が上だと理解されていた。


「彼は自分の事を冒険者だと名乗っていたわ。でも…確かに彼の事情は気になるわね。王都に付いたら一緒に調べましょ?」


「はい!」


 うん可愛い。流石私の天使だわ。


 余計に私とアンジュに襲撃を仕掛けた者達が許せなくなってきた。

 …楽には殺さない。私の全力を持って情報を吐かせるわ。


 今の私の表情は決して人に見せれないものだろう。私の顔をチラっと観た兵士の怯える顔を見れば分かるわ。



「殿下!負傷者の回復終わりました!しかし、今日はこの辺で一晩を過ごす事を愚考します」


 情報を吐かせた後。時間も惜しかったから慈悲深く一閃で首を刎ねた死体の処理を部下に任せ、馬の世話をしていたら部下の一人が近くに寄り、地面に跪くと私に状況を伝えてくれた。


「そうか、報告ご苦労。では近くで広場を見つけ次第。今夜は野宿で一夜を過ごすとする」


 兵士にそう伝えると。ッは!敬礼をすると、同僚の元へ戻っていたった。どうやら、マカイヤ隊長にも同じ報告を伝えるようだ。

 本音を言えば私は今すぐにも王都へ戻りたいが、今王都へ向かうとまたショウと出会う確率があがる。


 余計な戦いは出来るだけ避けたい。それに負傷者も休めなきゃならない。



 周りは既に暗く、私とアンジュ。それと数名のメイドを含めた女性のみここに設置された魔道具のテントで料理を取っていた。彼女等が乗っていた馬車の中にあったマジックバッグに入ってた食材を使った料理はそんなに悪くない。戦場で食べた時の料理に比べたら天と地の差だ。アンジュも満足では無いが、これ以上贅沢は出来ないと理解しているので。何も文句を言わない。不満げな顔を見せているそんなアンジュも可愛いわ。


「お姉様今夜は一緒に寝てくれますか…?」


「ええ、勿論いいわよ。ではそろそろ寝ましょ?」

 

 料理を食べ終わり、メイドの手によって私の鎧を取り外し。夜着に着替えていたら、既に着替え終わっていたアンジュが私の横まで寄り手を握りながら一緒に寝ないかと提案された。私は即座に賛成した。手を握り返したアンジュの手は震えていた。…仕方がない、彼女は今日襲撃されたのだ。平気なはずがない。


 先程拷問した襲撃者から凡その目論みを聞いたが、何とも馬鹿げていた。

 これだから無能貴族は…。


 しかし、確実な証拠は無い。王城に帰還した際に証拠を集めなければならない。それに今の状況では王都すら安全とは言えない。…そうね、もし危ない事に巻き込まれたらショウに指名依頼を出すのも悪くわない。うん…私ながら名案だ。



ショウが知らないところで面倒事に巻き込まれる瞬間が決定したのであった。



 目の前に広がる巨大な城壁を見渡す。


 そこにはラ・グランジの城壁を遥かに越す高さと、長さを誇る純白色の城壁を眺める。


 王族貴族以外が利用する城門の前には大勢の人が列を作っていた。その長さはラ・グランジの時の倍近い。中に入るだけで何時間かかるのであろう。ショウは憂鬱な気分になった。


 視線を少し奥へ向けるとそこには第二の城壁があり。その中心には壮大な大きさを誇る王城が立っている。ここからでも壮観だ。初めて見るであろう、列で待つ人が呆然とその城を見上げている。

 

 神眼を使用しながら列で並んでいると、昨日助けた馬車を見掛けた。一番前には漆黒の馬に跨ったエレニール王女が率いている。馬車を守る彼女に気づいたショウが眺めていると、その視線に気付いたエレニールがショウの方へ振り向き二人の目線が合った。


 何秒経ったのだろうか。彼女は顔を正面へ戻し、王族専用の城門へ向かった。



「身分証の提示を」


「ああ、これでいいか」


 何時間経ったのだろうか、やっとの思いで門の前までやって来た。

 

 不審者から王都を守っている門番から身分証の提示を求められたのでポケットから黄金に輝くギルドカードを取り出した。魔力を流した状態で。


 ギルドカードを手にした門番は少し驚いた表情を見せ、こちらに話しかけてきた。


「Bランク冒険者様でしたが。Bランク以上の冒険者でしたら次から列に並ばなくても大丈夫です。この書類に署名だけお願いします」


 っお、流石実力国家の中心。強い奴程利息が多いのか。


 そう思いながら渡された書類に俺の名を書き、門番に渡した。


「…ショウ様ですね、ありがとうございます。では最後に…ようこそっ!王都ランキャスターへ!貴方のご活躍を期待しております!」


「ああ、感謝する」


 気分良く迎え入れた門番へ礼を言うと、開いた城門を潜り抜けた。…さてこれからどんなイベントが始まるか楽しみだ。

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