第30話 エレニール 

 袖を掴み泣きじゃき、駄々をこねるエリンを数時間に渡って説得したショウはそのまま王都へ向かうため北区の城門へ行き、ラ・グランジを後にした。


 尚、ショウと一緒にエリンの父親でもあるエリックも一緒に加え説得しようとしたが、その際にエリンによる「お父様!嫌い!」と言う強烈な精神攻撃の一撃によって速攻でダウンした。


 今頃、中庭に置かれたパラソル付きのチェアーにぼんやりと座り、紅茶を飲みながら全力で痛んだ心を癒しているだろう。


『ここから王都ランキャスターまで、徒歩で三日程掛かるわよ。馬車を使わなくてもいいの?』


 広く真っ直ぐな道をのんびりとしながら歩いていたら。ナビリスが王都までの道が示されたマップを俺の真正面に表示し、王都まで向かう馬車を使わないかと提案してくれた。


『そうだな…。まぁもう街から出たし、このまま徒歩でもいいかな』


 本当は馬車を使う事も別に悪くないが、絶対絡まれる可能性があるので。歩くことにした。そのほうが気楽だ。


『そうね、分かったわ』

 

 俺の遥か背後から監視している者が居るが気にしない。例えその者が有名な冒険者だろうが。


『どうする、消す?』


 物騒な事を聞いてくるナビリス。しかし、そうだな邪魔者がいるとインベントリも使えない。…さて。


『いや、放っておこう。料理も道中狩ったウサギや鹿でも気にしない。旅の醍醐味だ』


 目線を前に伸びた道へ向けたまま歩き始めた。


 王都まで続く道を歩く。今回は俺を監視している者が居るため何回か休憩を取った。野宿に丁度良さそうな場所を見つけた時は遅く。神眼による夜目を発動していないので日はとっくに沈み、周りは真っ暗だ。真上には地球に居た頃より大きな月が、うらうらと靡いた霧の中に、まるで爪の痕かと思うほど、かすかに白く浮んでいる。今晩は満月であり、寝てしまうには惜しいほど月が綺麗だ。まぁ寝たふりで神眼を使用するが。


 土魔法で簡易的な竈を造り、その辺に落ちていた木の枝や、葉っぱなどを中に入れ、生活魔法を発動し火を点けた。


 竈に火が燃え上がる。狩りで獲ったウサギを綺麗に解体し串に刺した肉を食べた後、周りにあった一本の木に寄ると背を向け、地面に寝転がった。両手を頭の後ろで重ね枕代わりに。瞼を閉じ、神眼を使用すると世界を眺め始めた。


 …っお、勇者が今日もダンジョンに挑むのか。この間犠牲者が出たばかりだというのに、えらいな。

 いや、ただ彼等は必至なのかもしれない。生まれた故郷に帰る為。もう一度。愛する人、家族に会うため。悲しきかな、誰も真実を知らないとは。


 近くで創った竈からぱちぱちと快活な音を立てて小枝が鳴る。煙が生きよ良く空に向かう。

 瞼を閉じていても分かる。感じる。


 彼等は魔王を倒した後どうするのだろうか?帰れない事に絶望するのか?裏切られた帝国をその武力を使い破壊するのか?


 …それとも、召喚されたこの世界ごと壊すのか?

 国一つ滅ぼすのは構わない。例え平和な国も何時か滅び、そして新しい国へと変わる。

 だが、この世界を破壊しようとしたら俺は管理者として、一柱の神として。彼等を消さなければいけない。

 せめてそのような事が起きないよう願おう。


 日が昇り始めた頃には俺は既に朝食を食べ終わり、森の間に広くそして真っ直ぐに整地された道を歩く。道中休憩を一回取り、暫く進むと。森が終わり、前から草原が見えてきた。ポツンポツン、畑に植えられた今は実っていない麦畑が風に吹かれ、海波のように鮮やかに揺れている。直ぐ近くに流れる川面を渡る風に吹かれる。清冽な空気の流れの中に体を浸しているようだ。


 麦畑の向こう側には小さな村が見える。木製で造られた素朴な柵で守られたとても小さな村。いや、集落と言っても誰も疑わないだろう。しかし、外で与えられた仕事をしている農民や、外で遊ぶ子供達の顔には笑顔が溢れている。この土地を治める貴族が立派な領主と言う理由だろう。


 柵の入り口で槍を構えながら魔物から村人を守っている門番に宿の場所を聞き、代わりに銅貨1枚渡すと、先程教えられた宿がある場所へと足を運んだ。


 この村は小さいといってもラ・グランジと王都の程中間の位置にある為、宿はこの村に不釣合いな大きさをは誇る煉瓦と木製で造られた二階建ての建物であった。…途中薄っすらと見えた村長の家より大きさを誇る宿だった。


「一夜過ごしたいんだが、部屋は空いてるかい?」


 年季が入った扉を鈍い音を出しながら押し、中へ入る。思ったより人が多かった。

 中へ入りすぐ傍に設置されたカウンターまで向かうと、女将に部屋を借りたい事を聞いた。


「今日は一杯お客さんが多いね~。勿論空いてるよ。一晩、銀貨4枚だよ」


 言われた通りに銀貨4枚を支払い、カウンターの上に置かれた名簿に名を記入していると。一つ気になった事を聞いた。


「今日はそんなに客が多いのか?」


「そうだね、先程騎士様がいらっしゃって空き部屋が30程有るかと、聞かれたんだよ。でもさ流石にそれ程の空き部屋は無かったからさ、そうお伝えしますと。一言いうと、そのまま戻っていったよ」


 騎士…か。そういえば先程村に入る前、近くの広場に一際豪華な馬車と鎧を着た兵士たちがテントや、ゲルを組み立てていたな。そのグループか。一つだけ魔力が込まれたテントがあったが。どっかの大物貴族がこの村に居るのか。


「そうか、ありがとう」


 女将に礼を言うと、渡された鍵を受け取り、奥の階段を上がり。言われた番号の部屋に入った。

 部屋の中は何処にでもありそうな平凡な部屋で、ベッドと小さな机が置かれただけの部屋だった。


 ベッドに腰掛けると全く沈まず、硬い感触だけが残った。


 夕食まですることは無く、硬いベッドに横になると神眼を使用し、世界を眺め始めた。


 …っお、俺の後を監視している上級冒険者も一部屋取ったのか。しかも隣か。



 翌朝、一階の食堂でふんわりと膨らんだ白パンと、鹿肉入りのスープを堪能した俺は北に位置する王都ランキャスターへ向かい始めた。


今日は運よく天候も良く、空は雲一つなく冴え渡っている。それでいて生暖かい風が吹き、身体を貫く。木の根元で日向ぼっこでもしたら最高だろう。


『ショウ。数キロ先で馬車が襲われています。どうする』


 鼻歌を歌いながらのんびりと真っ直ぐな道を歩いていたら突然、ナビリスからの念話が入った。

 別に見過ごしても別に気にはしないが。道中何事も無く、退屈していたんだ。暇つぶしには丁度いいかも。


『分かった。人助けしてくるよ』


『……どうせ暇つぶしなんでしょ』


 良く分かっているんじゃないか。

 

 そう心の中で笑うと、歩く速度を速め。一瞬でその場から消えた。

 後ろに監視していた冒険者もいきなり消えたことに目を見開いていた。同時に手に持っていた肉串も地面に落としていた。…勿体無い。



「貴様達っ!襲撃者に臆するな!敵は我々より多いが、武力は我らが上だ!馬車を絶対に傷つけさせるな!」


「「「っは!」」」


 ナビリスから言われた通り真っ直ぐに移動していたら。前から剣の打ち合う音、魔法を唱える声、そして立派な鎧を着た女性騎士の大声が聴こえてきた。

 俺は一旦足を止め、近くにあった大きな木に飛ぶと一本の太い枝に着地した。これで戦闘の状況が見える。


 魔法で気配を消し、目線を戦闘が行われている場所を見る。そこには昨日村の外れで見掛けたドラゴンが金糸で刺繡された紋章に豪華な作りをした馬車。その周りを囲み、守護する兵士や騎士達に攻撃を仕掛ける黒ずくめ襲撃者。


 数は襲撃者の方が圧倒的に多く、既に五人以上の兵士が地面に横に倒れている。しかし、不利な状況になりつつも。誰よりも前に出て、綺麗に輝く宝石と金糸で刺繡された真っ赤のマントを羽織り。一人だけ圧倒的に豪華な鎧を着た女性の騎士の一喝すると、士気が上がった。

 それに彼女は誰よりも実力を備えている。今も雷を灯した剣技により二人切り裂いた。

 どうやら珍しい雷魔法のエンチャントも使えるようだ。


 だが、これだけの数でも彼女一人では捌き切れないだろう。俺も見物を辞め、手を出すか。


 今まで乗っていた木の枝から地面に降り、気配を消す魔法を解除し。鞘からミスリルロングソードを抜く。

 腰を落として、上半身を右側へと曲げた。


「剣波」


 周囲に聴こえる程の声を出し、そして左足を一歩踏み込み右手に持ったロングソードを下から斬り上げた。俺の声に女性騎士に加え、数人の騎士も気付いたようだ。俺の姿を見て驚いている。


 俺が斬り上げる剣から不可視の刃が放出される。中間で襲撃者と同じ人数分だけ分離し更に、空気の刃が形を針上に変換するとリーダー格っぽい襲撃者のみ太腿を貫き、他の襲撃者達は心臓を貫かれ即死した。

  

 一瞬の出来事で襲撃者が全滅した事に時が止まった。誰も動かなかった。


 だが、それは一瞬で。俺が剣を鞘に納めると女性騎士の真横に居た騎士が彼女を庇うように前に出ると、俺に剣を向けた。気づくと他の騎士や兵士達も俺に武器を向けている。


「そこから動くな。お前は何者だ」


 一歩でも動くと攻撃する意味合いで気圧を俺に当ててくる。


「俺はBランク冒険者のショウだ。ほら、ギルドカードも本物だ」


 そう言うとポケットから出した黄金に輝くギルドカードに魔力を流し、一番近くで武器を構えている騎士の足元に手裏剣を投げる風に二本指で投げた。勿論塔の階数はファイアードラゴンを倒した51階を表示させている。


「隊長!本物です。間違いありません」


 警戒しながらも俺が投げたギルドカードを確認した騎士が、女性騎士の前で武器を構えた騎士に伝えた。ギルドカードが本物だと分かると彼等から発せられる威圧が軽くなった。まだ隊長と呼ばれた中年騎士からは威圧が当てられているが。


「ショウ…まさか、孤独狼のショウか?」


 隊長と呼ばれた騎士よりも豪華なマントと鎧を着た女性騎士が俺の二つ名をポロリと零した。髪は燃えるように黄みの強い赤色、銀朱色か?ゆるく三つ編みにした長い髪を、うなじの上で巻き上げて留めている。顔は凛としているが、とても整っており。恐らくこの国でも人形以外には見た事のないであろう絶世の美女。体型は鎧を着ているので判別できないが、胸甲は大きく膨らんでいる。俺の事を観察するような瞳も真紅のルビーを思わせる赤色だ。


「ああ、最近では孤独狼とも呼ばれているな」


「貴様っ!!この方になんて無礼な事を!?この冒険者風情がっ!恥をしれ!」


 言葉使いが気に食わなかったのか隊長騎士おじさんが喚きだし。即座に俺を殺そうと剣を持った手を震わせている。でも実行はしないだろう、力の差は既に嫌な程見たばかりだから。


「マカイヤ隊長、私は気にしていない。彼は私達の命の恩人だ。それより負傷者の回復が最優先だ!それとあそこで怪我を抑えている者を逃がすな!情報を吐かせる」


「…っは!畏まりました殿下。お前ら!!足を止めていないでさっさと行動しろ!」


 殿下…か。他の騎士と風格が違うと思ったがまさか王族だったのか。調べていないけど、神眼で見れば一瞬で分かるが。


「お姉様!怪我はございませんか!?」


 騎士に渡したギルドカードが返されポケットに入れていたら、皆が守っていた馬車の扉がいきいなりバタンと勢い良く開き。明るい色のドレスを着た一人の少女がスカートの両端を持ちながらお姉様と、呼んだ方へ駆け出した。年齢は12,3歳だろうか幼さを残しつつも、将来の美貌を確信させる整った容姿は異性の目を惹いてやまないだろう。胸元は控えめだが、それを補って余りあるだけの魅力は備えている。


 少女の後ろからメイド服を来た女性も慌ただしく外へ出て来た。


「アンジュ!?大丈夫だったか!私は平気だ。…それよりまだ外に出てきたらダメだろ?」


 お姉様と呼ばれた女性騎士は飛び掛かって来た少女に凛とした表情を崩し、鎧にぶつからないよう優しく受け止めた。怪我か無いか体中を触り安否を尋ねる。怪我が無いことを確認した女性騎士は一息つき、胸をなでおろした。


 頭に置かれたティアラが落ちないように頭を撫でられていた少女は俺が二人を目撃している事に気づくと、顔を赤く染め。お姉様と呼んだ騎士の後ろに隠れるように背後に周った。でも俺の存在が気になるのか、マントの端から顔をチラチラと出している。頭が動くたび、ティアラが日の光に照らされ、輝いている。


 お姉様騎士はその少女の様子に微笑みを浮かべていたが、小さく咳をすると凛とした真面目な表情に戻った。


「まだ名乗って居なかったな。私はここランキャスター王国第三王女、エレニール・エル・フォン・ランキャスター。そして私の背後に隠れているのは妹の第五王女、アンジュリカ・エル・フォン・ランキャスターだ。先ほどの助太刀感謝する」


 第三王女と第五王女か。こんな道中でお姫様と出会うとは、これだから旅は辞められない。

 妹の王女様も名を呼ばれると、彼女の真横に一度移動すると優雅なお辞儀を見せてくれた。俗に言うカーテシーだ。騎士のお姉様は鎧を着ているため敬礼だったが。


 お辞儀をすませば、即座にエレニールの背後へ戻った。…さて、俺ももう一回名乗るか。


「Bランク冒険者のショウだ。田舎からのポット出故、俺の言葉使いは許してもらえると嬉しい」


「……ああぁ、了解した」


「殿下!?あの冒険者風情の言葉など気にしてはいけません!」


 俺の言葉をエレニールが承諾すると、真横で同伴している隊長騎士が憤激し始めた。

 心が小さいな、と勝手に思っていたが、これ程まで小さい人族とは。彼の下についている部下に同情するよ。

 まぁ、俺はもうここから立ち去るのでこれ以上の関係は無くなるが。それにエレニール王女も未だ俺の警戒を解いていない。豪華な剣も抜いたまま、雷魔法のエンチャントも解いていない。


 俺との距離も上手く取っており。人質になり得る可能性を持った妹もマントで巧妙に隠している。あのマントも強力なマジックアイテムだろう。


 暇つぶしはもう終わった。さっさと王都へ向かうか。


「まぁ別に構わない。俺はもう行くよ。安全な旅が有らんことを」


 治療を行っている兵士達の集団を抜き去ると、そのまま真っ直ぐに伸ばされた道に沿って歩き出した。


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