第113話 魔導士

国境検査の為、案内役の軍人に付き添い魔導国が誇る要塞の手前まで連れてこられた俺はずらりと並んだ列の最後尾で待っていた。しかし、冒険者の人数が向こう側にとって予想以上な人数だった為か随分と時間が経っている。あまりにも退屈になり始めた俺は前に立つC級冒険者に一言伝え一旦列から離れる。


列から離れた俺は付近の要塞の外壁まで近づくとしっかりとした鋼鉄の垂壁が天に向かって立ち上がっている。だが、壁に近寄り、目で見入れば無数に刻まれた残痕がそこら中に広がっている。この世界の記憶を熟知したナビリスに聞いても良いが、恐らく襲撃を仕掛けてきた魔物から受けた傷だと見て間違いないだろう。鋭い爪で引っ搔いた傷跡に歯型も残っている。それに魔法を扱う魔物にも攻撃を受けたのか壁の天辺手近には茶色に濁った焦げ目が目に映る。


「あの…どうかされましたか?」


「おーい『孤独狼』、さっさと戻ってこい。もうすぐ俺達の番だぞ」


長らく防壁を眺めていたらしく、列を巡回していた魔導軍の兵士と先程声を掛けた冒険者が此方へ寄ってきた。二人の表情を見る限り「お前何やってんだ」と困惑した目つきで視線を俺に投げている。


冒険者の男は純粋に俺の行動に疑問を持ち、見回り中だった若い兵士は何時でも攻撃魔法を発動出来るよう俺から見えない角度でローブの下に着装した杖ホルダーに手を添えている。もし俺が変な行動を取れば即座に杖を抜くつもりだろう、右手の掌から流れる魔力操作も穏やかで良く訓練されている。魔力制御も素晴らしい物だ。


「壁に付いた激戦の痕を観察していたんだ。ほら、あれなどドラゴンの爪痕じゃないか。…魔物の襲撃が度々起こるのか?」


折角なので要塞の部隊に配置された兵士に聞いてみる。すると俺の視線の先に気付いた冒険者の男も気になるらしく、兵士に耳を傾ける仕草を取っている。


「詳しい事情は機密保持の為話せませんが、…そうですね。年に100は下らないかと」


「年に100!?馬鹿げた数だなそりゃあ魔物退治に明け暮れている冒険者ですら一年に100以上依頼を受けないっていうのに」


途方も無い数に飛び出しそうに目をむいて些か呆気にとられる如く歯応えに、まだ若さが残る血気盛んな兵士は隠しようもない得意顔で自慢げに鼻をこすった。


「要塞内部では普段、国境周囲の地域で暮らす村に危害が及ばない様に魔物が好む果実を粉末状に加工した後、狼煙として周辺に放っているんです。そして!何と言っても魔導国随一の金城鉄壁と名高いヴェンロン要塞に所属する軍人は皆、銀級シルバー魔術士以上ですので」


「なぁ、さっきのアームド何某も金級ゴールド魔術士とか言っていたが。魔導国軍特有の階級とかか?」


「ん~簡単に説明しますと、魔導国に住まう者達の中で魔法を極め、最高位の魔導士にならんと目指す者は全員魔導評議会が決めた段階に従う事になっているんです。段階の序列は下から魔法見習い、鉄級アイアン青銅級ブロンズ銅級カッパー銀級シルバー金級ゴールド白銀ミスリル金剛石級ダイアモンド、宝玉級、アダマンタイト級、そして最後に魔導士となっています」


 詳しく聞かされた説明に前を歩くCランクの冒険者は腕を組みつつ、ギリギリ何となく分かった風に「階級多いんだな!」呟いて相槌を打つ。俺の背後で歩く兵士は真正面に進む冒険者の理解出来ていない表情を見る事無く説明を続ける。


「多いのは否定出来ませんが、貴方方に会われたアームド部隊長ですら並外れた魔法の才能を持つつ、傲慢にならず努力を続けてきた結果、若くして金級に抜擢された逸材なんです。っとまぁ、そんな彼等を部下に持つ白銀級魔術士エギルット・バハン指揮官は一流中の一流魔術士ですよ!」


 尊敬する上司の話になるとまるで機関銃並みの早口で語り始める。その状況に思わず後ろを振り向いた冒険者が何処かドン引きした表情を浮かべている。


 しかし、そろそろ俺も一つ話題になりそうな物をだすか、このまま無口を続行していれば痛くもない腹を探られる可能性がある。余計な面倒事は王国だけで充分。何も言わないエレニールも既に何か感づいている。


「現魔導士はどんな人物なんだ?」


 俺が発した話題に気まずそうに少し悩んだ後、苦笑交じりに口を開く。


「魔導士様はそうポンポン生まれて良い存在ではありません。今まで魔導士の位へ至ったのは、分かっているだけでたった三名。魔導国を創国された偉大なる魔法使いアルベルト・デ・モールト・ラーヘム導師。辺り一面を火の海に出来る魔法を独自に開発された『焔の魔女』キャスタリーゼ・サンベルト導師。最後に、あらゆる得意属性を持ち、同時に4つの異なる魔法を扱う事が出来た賢者。杖の一振りで街を覆いつくす嵐を起こし、二振りすれば洪水を呼び、三振りで隕石を落とした魔法を極めし者マジックロード、ルオン・サバタクエル導士の御三方」


「何か…凄そうな人達だな、特に最後の奴とか隕石をぶち落とすのか。魔導国パネ―」


 驚きで顔がこわばっている冒険者を横目に俺は他の事を考えていた。


 やはり四人目の魔導士の名は出さなかったな。それか存在自体魔導評議会によって隠蔽されたか、魔法の神に一番近づいた災厄の魔導士の人物を。


 その者をナビリスから聞かされた時は『こいつ本当に人間か?』と疑問視したぐらい狂った人だったからな。


「とっ、どうやら話もこれまでのようです。ようこそヴェンロン要塞へ。彼方の兵の指示に従って入国検査を受けてください」


「あぁ!色々と国柄を知れて助かったぜ!」


 正門の間近まで辿り着いた俺達、此処まで付き添った兵士と別れば分厚い門で待機している門番の兵士に身分証であるギルドカードを手渡し、代わりに渡されたクリップボードに挟んだ羊皮紙に名を署名すれば驚くほど門を通された。


「っじゃな『孤独狼』俺もメンバーと集合しなきゃならないから!」


 俺と一緒に要塞内に入った冒険者も手を振りながら彼を待つパーティーの所へ戻って行った。


 思えば正規の方法で国を跨いだのはこれが初だ。うむ、そう考えると少々興味深い。変更が無ければ予定によれば要塞から魔都まで繋いだ魔導列車で一直線に向かうと聞いている。ナビリスと銀弧が気に入りそうな土産が見つかると良いのだが…。

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